menu15 例の飴入り練乳かき氷

 やってきたのは、ディッシュが住む家からさらに山奥に分け入った場所だった。


 四方を山で囲まれ、深緑はさらに深い。

 梢が太陽の光を遮るため、どっちの方向に進んでいるのかわからなくなる。

 それでもディッシュは確かな足取りで、黙々と奥へ進んでいった。


「まだか、ディッシュ!」


 堪らず抗議の声を上げたのは、ウィンデルだ。

 水を浸した小さな桶から顔を出している。

 桶を持っているのはウォンだ。

 下顎に取っ手の部分をかけて、器用に運んでいる。


 ディッシュは足を止めた。

 辺りを見回す。


「よーし。ここらへんでいいか」


「何をするのだ、ディッシュ?」


 尋ねたのはアセルスだ。

 魔獣討伐の途中だというのに付いてきてしまった。


 かき氷が食える。


 食いしん坊の聖騎士には聞き捨てならない話だ。


 それに今日は特に暑い。

 ひんやりとした氷の粉は是非とも食してみたかった。


「穴を探すんだよ」


「穴? なんの穴だ?」


「フロストベイルが冬眠してる穴」


「フロストベイル!」


 アセルスは思わず素っ頓狂な声を上げた。


 フロストベイルは『大きな雪男』という意味で、名の通り雪原のような真っ白な体毛に、人間よりも倍背丈がある魔獣だった。


「ま、魔獣が冬眠をするのか!?」


「するぞ。冬眠っていうより、眠か。夏の間、涼しい穴の中に籠もるんだよ、あいつら」


 初めて聞く話だった。

 けれど、思い返せば確かに夏期にフロストベイルと遭遇したことがない。

 もっぱら会敵するのは、冬の山でだ。


「何故、フロストベイルを探すのだ?」


「会えばわかるさ、会えば……」


 にしし、ディッシュはまた子供っぽい笑みを浮かべる。


 手分けして、それらしい穴を探した。

 だが、なかなか見つからない。

 程なくしてディッシュが手を挙げた。

 指差したのは、フロストベイルがいるとは思えない小さな穴だった。


「こんなところに、あんな大きなフロストベイルがいるのか?」


 アセルスは覗き込むが、中は真っ暗で何も見えない。


「はーやーくー。お腹と背中がくっつきそうじゃ」


 近くの岩の上に置かれた桶の中から、ウィンデルは声を上げた。


「はいはい。ちょっと待ってろよ、聖霊様」


 ディッシュは長い木の枝を持ってくる。

 余計な小枝を短剣で払い落とすと、そのまま穴の中に突っ込んだ。

 中を覗き込みながら、木の枝を差し入れていく。


「お。いるいる……」


 ディッシュはペロリと舐めた。

 枝で中のものをつつく。

 すると、穴の中で一対の赤い光が輝いた。


「ぐおおおおおおおおお!!」


 怒りが混じった吠声が聞こえる。

 瞬間、一気に場の温度が下がったような気がした。


「逃げろ!!」


 ディッシュは一目散に逃げ出した。

 無意識に近くにいたアセルスの手を引く。


 次の瞬間、穴の中から吹雪が吐き出された。

 強烈な凍てつく冷気は近くにあった木や岩、あるいは繁みを凍らせる。

 あっという間に、周りだけが雪国になってしまった。


 夏の空気が、またたく間に冬の空気に変わる。

 しゅん! とくしゃみをしたのはウォンだった。

 どうやら逃げ遅れたらしい。

 長い毛にはたくさんの雪の粒がまとわりついていた。

 身体全体を振るわせ、付着した粒を取る。


 ちょっと恨みがましそうに主を睨んだ。


「うぉん!」


「ごめんごめん。びっくりさせてやろうと思ってな。でも、気持ちいいだろ」


「うぉん!!」


 謝るものの、まだまだ神獣はお冠らしい。


 一方、アセルスは固まっていた。

 今、自分の手をディッシュが握っている。

 思ったよりも小さいが、驚くほどゴツゴツしていた。

 山の男の手という感じだ。


 いや、そんなことよりも……。


「どうした、アセルス? なんか震えてるぞ。心なしか顔も赤いような。風邪でも引いたか?」


「いや、その……。て、手ぇ……」


「ああ。わりぃわりぃ。咄嗟に掴んじまった」


 ディッシュは手を離す。


(い、いや……。そういうことでは――)


 と言おうとするも、すでに後の祭りだ。

 ディッシュの手が遠くへと離れていく。

 アセルスはがっくりと肩を落とした。


 ディッシュは夏の山に積もった雪に触る。

 すくい上げると、かすかな微風だけで、パアッと空へと舞い上がっていった。

 なるべく小さく固めて、ウィンデルに差し出す。


 聖霊は手で雪をすくうと、ぺろりと食べてしまった。


「う~~~~ん!! つめたいのぅ!」


 上機嫌だ。

 さらにディッシュの手の平にある雪をパクパクと食べる。


 その光景を見ながら、アセルスは「もしや」と呟いた。


「まさかこの雪をかき氷にするのか?」


「おう。よくわかったな」


「普通のかき氷じゃと、粒が大きすぎて我の口に入らないのじゃ。……ほれ、ディッシュ。例のものを用意せい」


「わかったよ」


 ディッシュが取りだしたのは瓶だ。

 中には何か入っている。

 かすかな匂いに反応したのは、ウォンだった。

 中身がわかっているのか。

 途端に機嫌が良くなり、尻尾をぶんぶんと振った。


 その瓶をディッシュは軽く火で炙る。

 固形物だったものが、溶けてトロトロになった。


 ディッシュはさらに瓶を取り出した。

 羊の乳だ。

 今朝、野生の羊を捕まえて、拝借したものだった。


 それに例の飴を混ぜる。


 人数分の皿を用意し、雪を盛った。

 飴と羊乳を混ぜ合わせたものを、雪かき氷に注ぐ。


 ふんわりと香ばしい匂いが辺りに立ちこめた。


 ぐるぐる、と腹が鳴らしたのはアセルスだ。

 口に溜まった生唾を飲み込む。


「よし……」



 練乳(スライム飴入り)かき氷の出来上がりだ!



 かき氷はフロストベイルの吹雪。

 味はスライム飴と羊乳を混ぜ合わせた練乳。


 ディッシュが誇るゼロスキルの料理の極致みたいなかき氷が出来上がった。


「うーん。これよこれよ」


 ウィンデルは星のように瞳を輝かせる。

 専用の小さな皿に盛りつけたかき氷を手ですくった。


 アセルスとディッシュはスプーンで。

 ウォンはダイレクトに頬張った。


 シャクッ……。


「「「んんんんんんん! つめたぁぁああああいいいい!!」」」


「うぉぉぉぉおおおおおおおおおんんんん!」


 一行の声と遠吠えが、深緑の山にこだました。


 冷たい。

 まず思うことはそれだ。

 細かな雪の粒が食べた瞬間、万遍なく口の中に広がっていく。

 一気に身体が雪山のように凍てつき、それが暑い外気と相まって溜まらなく気持ちがいい。


 食感も申し分ない。

 細かいのに、しっかりと氷のシャクシャクした感触がある。

 体温で溶けた氷水は、魔獣が吐き出したとは思えないほど、雑味がなく、どこまで清らかな味がした。


 そして練乳だ。

 スライム飴の少し癖のある甘みと香ばしさ。

 牛乳よりも濃く、どろりとしたまろやかな羊乳。

 見事にベストマッチしていた。


 羊乳のクリーミーで濃厚な味わい。

 そこにスライム飴の甘味と香ばしさが加わることによって、優しい味へと変化している。


 少しドロッとした練乳も、さわやかなかき氷の粒によって相殺され、驚くほど食べやすい。むしろ清らかすぎるかき氷に、ガッチリとした味の変化を与え、いくらでも食べられそうな気がした。


 濃厚で優しい甘みと、雪のかき氷。


 だが、これだけに留まらない。

 かき氷の醍醐味はここからだった。



 キィィィイイイイイイイイイインンンンン!!



 3人と1匹は同時に頭を抱えた。

 かき氷を食べた時に起こるあれヽヽだ。


「来おったわ。うーん、かき氷を食べているという実感が湧くのぅ」


 こればっかりは、いかな聖霊でも回避できないらしい。


 それでも聖霊は「おかわり」を所望する。

 負けじとアセルスも器を掲げ、ウォンも主に催促した。


「あんまり食べ過ぎて、お腹壊すなよ」


 注意しながら、ディッシュは嬉しそうだった。



 ◆◇◆◇◆



 ディッシュは家に戻ってきた。

 お腹の中はたぷたぷだ。

 やはり夏はかき氷に限る。

 おかげで身体が一気に冷えてしまった。


 途中で帰ったアセルスは大丈夫だろうか。

 お腹の辺りではなく、手に包帯を巻いて帰ってしまった。

 何故か、嬉しそうだったのが気がかりだ。


 ディッシュは小さな桶を覗き込む。

 水の聖霊がぷかりと浮いていた。

 瞼を閉じ、だらしなく涎を垂らしている。

 その顔は幸せそうだ。


 慎重にすくい上げる。

 家の甕に移し替えると、水の聖霊はそのまま甕底に沈んでいった。


 すると、パアッと光を放ち始める。


 水の中にある邪気が払われていった。


「聖水の出来上がり。これでまた白飯が食べられそうだな」


 ディッシュはまた嬉しそうに笑うのだった。

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