menu8 お肉になりたいヤツからかかってこい!

 今日もアセルスはディッシュの家へと向かっていた。

 魔獣討伐の日以外、ほぼ毎日のように通っている。

 当然、お腹を空かしてだ。


「今日は、どんな飯が食べられるのだろうか」


 山奥へ行く足取りは軽い。

 空きっ腹も楽しみらしい。

 軽快なリズムで、腹音はらおとを鳴らした。


 ディッシュが【長老】と呼ぶ大樹に辿り着く。

 すると、家主は玄関の前に立っていた。

 側にはウォンもいる。

 大きな背嚢を背負い、これから出かけるらしい。


「ディッシュ、おはよう」


「おう、アセルス。今日も早いな」


「出かけるのか?」


「そうだ。狩りにいく」


 すると、ディッシュは指を差した。

 その先を見つめる。

 梢の合間から、細い煙が立ちのぼっていた。


「うん? 山火事か?」


 火事なら大変だ。

 もし燃え広がるようなことがあれば、ディッシュの家が大変なことになる。


(そうなれば、ディッシュのおいしいご飯――いやいや――ディッシュが危険だ)


 アセルスは雑念を振り払う。

 緩んだ顔を今一度引き締めた。


 一方、この大事にあってディッシュの顔はゆるゆるだ。

 深刻なアセルスの顔を見ながら、ケラケラと笑う。


「大丈夫だ、アセルス。あれは多分、火喰ひくどりの仕業だ」


「火喰い鳥って……。あの、魔獣の?」


 ディッシュは頷く。


 名前の通り、火を食べる鳥獣だ。

 普段は火山の火口などに住み着き、溶岩を食って生活している。

 ディッシュの話では、火喰い鳥の群の競争から敗れた若い鳥が、たまたま山に迷い込むことがあるという。


「火がないところでは、ああして自分で炎を吐いて、燃やした炭や石を食べて飢えを凌ぐんだ」


 解説を付け加えた。

 いずれにしろ魔獣となれば、見過ごすことができない。

 教えてもらった習性から考えても、火事が起こることが予想される。


 アセルスは腰に提げた剣を確認すると、キッと顔を上げた。


「ディッシュ、私も同行させてもらう」


「いいのか?」


「人の害になる魔獣を見過ごすことはできない」


「そりゃ頼もしいけどよ。でもな、アセルス」


「なんだ?」


「火喰い鳥……。無茶苦茶おいしいぞ」


 アセルスの引き締まった顎がたちまち緩む。

 ぐおおおおお、と魔獣の吠声もかくやという程、大きな腹の音を上げた。



 ◆◇◆◇◆



 ディッシュは少し開けた場所にひとまず腰を下ろした。

 先ほど煙が上っていた所からほど近い。

 空が広く、背の低い草木が鬱蒼と茂っていた。


 ディッシュは周りの野草を刈ると、焚き火を用意する。

 料理を作る時と同じく、ちょろ火だ。

 そこに石や乾いた生木を入れた。


「これで火喰い鳥をおびき出すのか?」


「あいつの好物は火や熱がこもってるものだからな。煙の匂いに引かれて必ずやってくるはずだ」


 焚き火から上る煙を嗅いだ。

 煙たく感じたが、ディッシュはこの中からおいしいご飯を作ってしまう。

 反射的にアセルスの腹が鳴った。

 横のウォンも同じらしい。

 はっはっはっ、とすでに涎を垂らしていた。


 またアセルスとウォンは同じ顔をしている。

 ディッシュはゲラゲラと笑った。


 焚き火から離れ、ディッシュは伏せる。

 だが、アセルスは首を振った。


「もっと離れよう。……火喰い鳥は警戒心が高いと聞く。伏せてても気付かれるかもしれない。そうだな、あの木の側まで」


「でも、あそこまで離れたら、逃がしちまうかもしれないぞ」


 アセルスはふふん、と鼻を鳴らす。

 胸を張った。


「私を誰だと思ってるのだ、ディッシュ。【光速】のアセルスとは私のことだ」


 アセルスにとっては、物理的な距離はないに等しい。


「おお。なんか初めてアセルスが頼もしく見えたぞ」


「うぉん!」


「何か納得がいかないが……。でも、大船に乗った気分でいてくれ」


 今度は己の胸を叩いた。


 2人と1匹は木の側まで後退し、息を潜める。

 さすがに、すぐにやってくるものではないらしい。

 何度かディッシュは石と薪をくべながら、火喰い鳥が現れるのを待った。



 ひいぃぃぃぃぃぃぃぃぃぃぃいいんんん……。



 つと、もの悲しい獣の声が聞こえた。

 一般的な猛禽類とは違う。

 魔獣もこんなに高い声で鳴く種は、辺りにはいないはずだ。

 聞いたことのない鳴き声に、アセルスの心臓が高鳴る。


 最初に反応したのは、ウォンだった。

 鼻と耳を動かす。すると、顔を明後日の方向へと向けた。

 遅れてアセルスとディッシュが反応する。


 雲1つない青空。

 そこに絵の具を落としたような赤い点が見える。

 何かが大きく動いた。


 羽根だ。


 鮮やかな紅蓮の羽根が、陽の光を受けて輝いていた。


火喰い鳥だヽヽヽヽヽ……」


 ディッシュはいつになく声を潜めた。

 暗い声の中に、はっきりと歓喜が見て取れる。

 一方、アセルスは鮮やかな赤に、見惚れていた。


 しかし、今は狩りの時だ。


 それを思い出させるかのように、腹の音が低く唸る。


 火喰い鳥は煙の方へ真っ直ぐ向かってきた。

 警戒しているのか。

 くるくる、と上空を旋回する。

 危険がないことが確認し、いよいよ地上に降り立った。


 首を小刻みに動かしながら、ゆっくりと焚き火に向かっていく。

 それにしても綺麗な鳥だ。

 赤い宝石をそのまま鳥の形にしたかのように、鮮やかな色をしていた。


 今にも飛び出していきそうなウォンを、ディッシュは毛を撫でて、なだめる。

 まだ早い。

 勝負は火喰い鳥が石炭や木炭を口にした時だ。

 お腹の中に食べ物が入れば、それだけ身が重くなる。

 動きが鈍れば、狩りの成功率が上がる。


 いよいよその瞬間がやってきた。


 かくかくと嘴を動かし、火喰い鳥は1個、2個と炭を飲み込んでいく。


「いまだ!!」


 ディッシュは叫ぶ。

 アセルスとウォンは同時に飛び出した。


 先に辿り着いたのは、アセルスだ。

 【光速】のスキルを生かし、火喰い鳥に接敵する。

 剣を振るった。


「ぴぃぃぃぃぃいいいいいッッ!!」


 一瞬にして距離を詰められた火喰い鳥だったが、光速の動きに反応する。

 アセルスの剣を反射的によけた。


 火喰い鳥はBクラスの魔獣。

 鳥獣の中でも、とりわけ敏捷性が高い。

 いかなSSクラスの聖騎士でも初撃で捉えるのは難しい。

 警戒している相手ならなおさらだ。


 攻撃は失敗だ。

 だが、アセルスの口元に笑みが浮かんでいた。


 【光速】の聖騎士は単に剣を振るったのではない。

 ある方向にしヽヽヽヽヽヽか逃げられなヽヽヽヽヽヽいように斬っヽヽヽヽヽヽたのだヽヽヽ


「ウォン! 頼んだぞ!」


 瞬間、逃げた火喰い鳥に大きな影が覆い被さる。

 赤い瞳に映ったのは、神狼の鋭い眼光だった。


 ザシュ!


 見事、火喰い鳥の喉元に食らいつく。

 ジタバタともがいたが、ウォンは決して離さない。

 炎を出して応戦するが、神狼の皮膚や毛をわずかにも焼くことも出来なかった。


 やがて、ゆっくりと力つきる。

 ついには動かなくなった。


「やったな、アセルス、ウォン」


 1人と1匹の狩人を、ディッシュは労った。


 美味い火喰い鳥を食べるためには、内臓を傷つけずに捕らえる必要があった。

 喉元を狙い、一瞬で絶命させることが求められる。


 いかな聖騎士アセルスとて、正確に部位を狙うことは難しい。

 相手はB級の魔獣。それも高い警戒心と素早い身体能力の持ち主なら尚更だ。

 だから、初撃で火喰い鳥の行動を制限し、とどめをウォンに任せることにした。

 結果はご覧の通りだ。


 作戦は、先ほど打ち合わせをし、決めた。

 ぶっつけ本番だったが、アセルスとウォンの連携は、まるで熟練のパーティーを思わせた。


「ぴぃぃぃぃぃぃぃいいいいい!!」


 すると、再び甲高い鳴き声が聞こえた。

 間違いない。火喰い鳥の声だ。

 だが、火喰い鳥は今、ウォンの足元で絶命している。


 顔を上げた。


 空にいくつもの赤い点が並んでいた。

 大きく羽根を動かし、嘴を大きく開けて威嚇している。


 無数の火喰い鳥が、青い空を埋め尽くしていた。


「なんだ! この火喰い鳥たちは!?」


「あらら……。よっぽどこの煙がおいしそうだったんだな。遠くの火喰い鳥まで呼んぢまったらしい」


 そんなことがあるのか、と思ったが、このゼロスキルの料理人ならやりかねない。

 何せ彼は、SSクラスの聖騎士のお腹を掴んだ人間のなのだ。


 ディッシュは、歯を見せいつも通り笑った。


「あいつらは火と煙には敏感だからな。アセルスのお腹と同じだ」


「ひ、一言余計だぞ、ディッシュ!」


「わりぃわりぃ。でもよ。これだけあれば……」


 そうだ。

 たくさんの火喰い鳥を食べることができる。

 おいしい! うまい! 火喰い鳥を。


 アセルスは垂涎を思いっきり吸い込み、飲み込んだ。

 腹の音が、戦場のドラのように鳴り響く。


 やがて剣を掲げた。


「お肉になりたいヤツからかかってこい!!」


 【光速】の食いしん坊は吠えるのだった。

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