menu9 スパイシーすぎるチキン

単行本5巻が発売され、1週間が経ちました。

そちらも面白いので、是非ご賞味ください。


~ ※ ~ ※ ~ ※ ~ ※ ~ ※ ~ ※ ~ ※ ~ ※ ~


「はあ……。はあ……。はあ……」


 荒い息づかいが、戦場に響き渡っていた。

 アセルスの周りには、死屍累々と火喰い鳥が倒れている。

 聖騎士は1度、剣に付着した血を払い、息を整えた。


「どうだ……。これが【光速】の聖騎士の力だ」


 高々と誇る。

 満足そうに微笑む一方、垂れた涎を反射的に吸い込んだ。


 一方、ウォンは涼しい顔だ。

 あれほどの激戦であったのにも関わらず、息1つ乱していない。

 さすがは神狼フェンリルの子供といったところだった。


「全部切っちまうとはな。さすがだな」


 振り返ると、ディッシュが立っていた。

 側に転がっていた火喰い鳥の傷の具合を確認している。

 指示通り、内臓は傷つけられていなかった。

 かなり長時間の戦闘であったのに、アセルスもウォンも集中を切らさなかったようだ。


 もはや神業。

 こちらもさすがSSランクの聖騎士といえた。


 その騎士様はまた涎を吸い込む。

 よっぽどお腹が空いているらしい。

 朝から何も食べていないのに、全力で戦ったのだ。致し方ない。

 若干目が血走り、怖いぐらいだった。


 今の姿は良い子には見せられないだろう。


「よ、よし……。早速、食わせてくれ、ディッシュ」


「これ全部か?」


「だ、ダメか?」


「全部は無理だ。さばきが追いつかねぇよ」


 アセルスはがっくりと肩を落とす。

 本当に全部食べるつもりで切ったのだ。

 少し残念だった。


 ディッシュは短剣を抜く。

 ギラリと刀身を光らせた。


「でも、お前の腹の中を満たすには十分だろうな」


「…………!」


 アセルスは顔を輝かせた。


 ディッシュは早速、調理を始める。

 最初にお湯を沸かし、さばく前の火喰い鳥を鍋の中にどんどん入れていく。


 アセルスは首を傾げた。


「いきなり煮込むのか?」


「火喰い鳥は体温が高いからな。今、内臓に手を突っ込むと火傷をしちまうんだ。だから、一旦温度を下げる必要があるんだよ」


「では、水や魔法で温度を下げる方が早いのでは?」


「そうがっつくなよ、アセルス。……急激に冷やすと、身が萎縮して固くなっちまうんだ。そうなると、元には戻らねぇ。だから1度、熱湯で冷ますヽヽヽ必要があるんだよ」


 鍋から上げると、しばらく置いた。

 人肌ぐらいになったところで、ディッシュは一気にさばいていく。

 その工程はヴィル・クロウと同じだ。

 毛抜きをし、アセルスやウォンにも手伝ってもらいながら、処理をしていく。


 いよいよ、胸肉を取りだした。


 赤い……。

 まるで炎がそのまま塊になったかのように、綺麗だった。


 ぽたぽた……。


 ふと何かが垂れる音を聞いて、ディッシュは短剣を止めた。

 まな板から顔を上げると、アセルスとウォンがこちらをじっと見つめている。

 ウォンがぽたぽたと涎を垂らす横で、アセルスは剣ではなく、フォークとナイフを握りしめていた。


 SSクラスの騎士は、最近マイフォークとナイフを持参するようになったのだ。


 ともかく、今にもまな板に飛び込んでいきそうだった。


 ディッシュはふっと笑う。

 胸肉を一口サイズに切り裂いた。

 軽く湯引きをして、アセルスとウォンに差し出す。


「食べるか?」


 アセルスは首がもげるのではないかと思うほど、何度も頷く。

 ウォンも「うぉん!」と自己紹介し、べろりと舌を出して顎を舐めた。


「何もつけないのか?」


「そのままでも十分味がついているぞ。いいから、食べてみな」


 アセルスとウォンは口に運ぶ。


 パクッ……。


「からぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁああああいいいいぃぃぃ!」


「うおおおおおおおおおおおぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉんんん!」


 辛い……。辛い! 辛い!!


 ともかくなんといっても、辛い!


 お肉の食感はいい。

 ぷにぷにしてて、異常なまでに柔らかい。


 しかし、辛い!


 さらに噛むと果実のように肉汁が溢れ、口の中に広がっていく。


 しかし、辛い!!


 でも、美味い!

 ただ辛いのではない。

 肉汁の甘さと旨味が混じり合い、まろやかな辛さなのだ。


 気が付けば、額一杯に汗を掻いていた。

 鼻の下にも大量の汗滴が付着している。

 異常なまでの発汗は、肉の辛さを物語っていた。


 だけど、身体が欲している。


 もっとよこせ……と――。


 喉から手どころか、足まで出てきそうだった。


「で、ディッシュ……。もう一切れくれないか?」


「構わないが……。いいのか? これからもっと美味しく調理するのによ」


 にしし、とディッシュは笑う。


 ああ……。いつもの悪魔の笑みだ。


 アセルスは頭が痛くなるほど悩んだ。

 やがて「待つ」ことを決断する。

 どうやらウォンも同じ構えらしい。

 そっと自分の心を落ち着けるように、地面に座った。

 アセルスも倣い、じっと待つ。


 一通り火喰い鳥をさばいた後、ディッシュが瓶から取りだしたのは、白い粉だ。

 馬鈴薯で作ったでんぷん粉。

 どうやら揚げ物にするらしい。


 油を塗った鍋を熱し、でんぷん粉を降った肉を投下していく。


 カラカラと気持ちよい音が山野にこだます。

 美味しそうな匂いが辺りに立ちこめた。

 野生の獣たちが興味を示したらしい。

 そっとこちらをうかがっている。

 だが、ウォンが首を上げて威嚇すると、どこかへ行ってしまった。


 途中、肉から出た油をかける。

 すると、綺麗な飴色になってきた。


 アセルスは再び涎を飲み込む。

 超が付くぐらい空きっ腹なのに、食べることができない。

 もどかしい……。

 頭がおかしくなりそうだった。


「出来たぞ!」


 わっとアセルスは立ち上がる。

 木皿にのった飴色の肉を凝視した。



 火喰い鳥のでんぷん揚げのできあがりだ。



 アセルスは早速、フォークを刺した。

 まさに【光速】。木皿まで貫いてしまうほどの勢いだ。

 次にゆっくりとナイフを入れる。

 じわりと黄金こがね色の肉汁が溢れてきた。

 つん……。肉の匂いが鼻を突く。


「いただきます!」


「うぉん!」


 1人と1匹は口に入れる。



 サクリ……。



 じゅわぁ……。



「むぅぅぅぅぅううううおおおおお!!」


「わぉぉぉぉぉぉおおおおおおおお!!」


 アセルス、そしてウォンの声がこだまする。


 気持ちいいぐらいサクサクだ。

 噛むたびに楽しくなってくる。

 そして何より、このサクサク感が、肉の持つ辛味とベストマッチしていた。


 サクッとした瞬間、辛味が直接脳髄に食感を伝えているような感覚だ。


 何より肉本来の弾力性ともマッチする。

 歯が浮き上がりそうな軽快な感触から、ボリュームのある柔らかな肉の厚みが混じり合い、やはり食べていて楽しくなる。


 そして、「じわっ」と出てくる肉汁が溜まらない。


 肉の旨味、甘み、そして辛さが荒波のように押し寄せ、口の中はおいしさの嵐になっていた。


 こと……。


 アセルスはナイフとフォークを置く。

 澄ました顔で口元を拭ってはいるが、聖騎士の皿は空っぽになっていた。


「はあ……。もう食えん……」


 満足げにアセルスは吐息を漏らし、身ごもったのかと思うほど大きく膨らんだ腹をさする。

 さすがに舌と喉がヒリヒリしていた。

 まさか火喰い鳥の肉がこんなに辛いとは思ってもみなかった。


「なんだ、お前? 基本的なことを知らないんだな?」


 ゼロスキルの料理人は笑った。


 魔獣の血は魔力だ。

 そして魔力には、それぞれ属性がある。

 火、水、土……といった感じにだ。


 その属性の違いは、そのまま味にも反映されている。


 火喰い鳥の属性は見た目からもわかるとおり、火属性。

 火属性の魔獣は総じて身が辛くなる傾向がある。


「そ、そんな違いがあったなんて」


 驚愕の真実だった。

 いや、そもそもアセルスが魔獣を食べ始めたのはつい最近のことだ。

 知らなくて当然といえる。

 しかしその知識は、大賢者たちが集う王院大図書館ですら知り得ない知識かもしれない。


 そんな貴重な情報を、まだ16歳の青年が知っている。


 スキルを持っていない山の料理人が……。


 ますますアセルスは惹かれていく。

 その料理と、その人物に。

 ゼロスキルの料理人に。


 だが、いまだその底は見えなかった。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る