menu5 聖騎士のステータス
「うおおおおおお!!」
裂帛の気合いとともに、アセルスは駆ける。
目指すは魔獣の群れ。
その奥で指揮する親玉の首だ。
相手はグロード・ウォルフ。
頭と背、四肢に硬い鎧のような装甲を持つ狼。
俊敏な動きと高い知能を持つ魔獣だ。
群で行動する彼らの中には、リーダーとなるものがいる。
他のグロード・ウォルフを指揮し、獣ながら高い統率力を有していた。
彼らを倒すには、まず頭を叩くのが鉄則。
リーダーを失ったグロード・ウォルフなど烏合の衆に過ぎない。
「リーダーはどこだ!」
群を突っ切りながら、アセルスは叫ぶ。
だが、なかなか見つからない。
彼らが持つ俊敏性。
おそらく群を壁にしながら、逃げ回っているのだろう。
「ならば――」
アセルスはスキルの力を足に溜める。
再加速すると、渦を巻くように群を蹂躙した。
一気に過半数のグロード・ウォルフが地に伏す。
視界が改善する。
アセルスの青の瞳がぎらついた。
1匹のグロード・ウォルフと目があう。
灰色の毛並みに、白髪が交じった個体。
「お前か!」
アセルスは走る。
リーダーは吠えると、その間にいくつものグロード・ウォルフが立ちはだかった。
しかし、【光速】と呼ばれる彼女の敵ではない。
魔獣の壁をあっさり突き破る。
リーダーは身を翻し、退却を始めた。
グロード・ウォルフが本気で逃げれば、いかなスキル持ちでも追いつくのは難しい。
だが――。
「逃がさん!」
アセルスは一瞬でリーダーの前に回り込む。
魔獣の頭は軌道を無理矢理変えようとしたが、遅い。
その前にアセルスの剣が、リーダーの眉間を貫いていた。
血が吹き出し、狼の身体が赤く染まる。
しばらくして地面に倒れた。
「リーダーを討ち取ったぞ!」
魔獣の血が付着したままの剣を掲げる。
グロード・ウォルフたちの態度が一変した。
リーダーを亡くした狼たちは千々に乱れる。
アセルスは手を緩めない。
その後も仲間と一緒に追撃する。
まさに【光速】の異名にふさわしい活躍で、残りのグロード・ウォルフを全滅させてしまった。
◇◇◇◇◇
翌日、街のギルドに行き、魔獣討伐の報告を行う。
ギルドは魔獣の情報や住民から依頼された仕事を、ランクごとに区分けし、冒険者に斡旋する仕事をしている。
その報酬も依頼者ではなく、ギルドから支給され、魔獣の一部と交換する決まりになっていた。
アセルスのクラスは【SS】。
現状の最高ランクを獲得し、国からは【聖騎士】の称号を授与されている。
そんな彼女だからこそ、ギルドの中では特別待遇が許されていた。
ずるいと不満を漏らすものはいない。
アセルス以上に働く冒険者はいないからだ。
優遇の1つとして、専属の窓口担当がいた。
名前はフォン・ランド。
山吹色の髪にぴょこんと2つの耳。
鼻の頭は黒く、目がぱっちりした可愛い獣人だった。
小柄で愛らしい犬獣人だが、フォンは優秀なギルドの職員だ。
クエスト先の地形や状況をまるで見てきたかのように伝えてくるため、他の冒険者からの信頼も厚かった。
「さすがは【光速】のアセルスですね。普通の冒険者なら5日はかかるのに、1日で終わらせるなんて」
グロード・ウォルフの爪を数えながら、フォンは喜ぶ。
ほんわりと浮かんだ笑顔。同性であるアセルスですら顔が緩む。
「ホントだよ。あたいはもうちょっとゆっくりやりたかったのによ。アセルスが、すっげぇ頑張るから」
はあ、と息を吐いたのは、健康的に日に焼けた少女だった。
アセルスより一回り大きく、筋肉質な身体。
その上に皮の鎧を装備し、ぼさぼさの赤髪には鉢巻きを結んでいる。
一際目立つ大きな戦斧を肩に担いでいた。
アセルスのパーティーメンバーの1人。
名前はフレーナ・リスリン。
炎属性最高と呼ばれる【炎帝】のスキルを持ち、アセルスに次ぐ【S】ランクの称号を持っていた。
「次からはもうちょっとあたいの分も残してくれよ」
短髪と乱暴な言動が多いことから、よく男と間違えられる。
その彼女が、まるで子供のように白い歯を見せて笑った。
「わたしもぅ、驚きました~。さいきんのぅ、アセルスぅ、とってもつよいですぅ」
間延びした声がギルドの客間に響く。
午後の眠りを誘うような声を上げたのは、フレーナの横にいる白い羽衣を着た少女だった。
名前はエリーザベト・クローゼ。
アセルスの仲間で、みんなからはエリザと呼ばれている。
そのスキルは【聖癒】。
人間の肉体を活性化させるスキルで、自然治癒能力を極限に高めたり、あるいは肉体の強化を行うことが出来る回復・補助両面で使える万能スキルだ。
そのスキルを使い近隣の街や村を回って、慈善事業をしている彼女は【聖女】という異名を持っていた。
ふわふわの銀髪に、雪のように白い肌。
大きな緑色の瞳をパッと開いているが、目の下にうっすらと隈が浮かんでいる。
すると、大きく口を開けて、欠伸した。
「エリザ……。お前、家帰って寝た方がいいんじゃないか?」
「昨日もクエストの後に、小さな村を見つけて、スキルを使って爺さん婆さんの腰痛を治してたもんな、お前」
「ええ……。皆さんの笑顔が何よりのかつりょくぅぅぅううう……」
とうとう寝てしまった。
慈善事業に熱中するあまり、自分の体調管理を怠ってしまうのが、【聖女】の悪い癖だ。
アセルスに持たれかかるようにして眠る少女は、昨日戦場の渦中にいたとは思えないほど、安らかな寝顔をしていた。
「話は変わるけど、アセルス。お前、もしかしてスキルレベルが上がったか?」
「いや、神の祝韻は聞こえなかったが」
スキルを使えば使うほど、そのレベルが上がっていく。
レベルが上がると、神の祝韻と呼ばれる音が本人に聞こえ、知らせが来るのだ。
「そうなのか。でも、昨日は明らかに速かったぞ、お前」
言われてみれば、アセルスもそんな感じがした。
昨日の自分は、いつもより速かったような気がする。
そもそもグロード・ウォルフの討伐も、2日以上かかる想定でいたのだ。
なのに、こうあっさりと終わらせてしまったのは、何か原因があるはずだった。
「もしかして、彼氏が出来たとか」
「彼氏ッッッッ!!」
浮かんだのは山で出会った青年。
ディッシュ・マックボーンが料理をしている姿だった。
たちまちアセルスの顔が真っ赤になる。
ぼひゅん、と音を立てて、蒸気が上がった。
フォンは口元に手を当て、意地悪い笑みを浮かべる。
「あれあれ? もしかして、図星ですか?」
「そそそそそそそそんなことはないぞ!!」
「動揺しているところが怪しいですね」
「そういや、お前……。最近、よく1人で山に出かけていってるよな」
「フレーナ! どうしてそれを!!」
「確かあの山って、魔獣の肉を食べさせてくれた……」
「だあああああああ!! それ以上はいうな、フレーナ」
光速の動きで、アセルスは慌てて相棒の口を塞いだ。
アセルスという支えを失ったエリザはこてんと倒れる。
だが、それでも眠っていた。
「いいじゃないですか。隠さなくたって。アセルスさんも女の子さんなんですから、恋バナの1つや2つあってもいいと思います。素敵です!」
「い、いや……。そういうわけでは。それに私の能力アップはそういう浮ついたものではないと思うのだ」
戦場において、余計な思考は邪魔にしかならない。
ディッシュが如何においしい料理を作ろうと、彼に大恩があろうと、戦場で彼の顔が浮かぶことなどあり得ないのだ。
「わかりました。よろしければ、アセルスさんのステータスを測りましょうか?」
スキルが上がると、その
その威力や効果に合わせるためだ。
フォンのスキルは【鑑定】。
ステータスを数値化するスキルで、冒険者のランクを測る参考にしている。
早速、【鑑定】を行う。
フォンの目がピカリと光った。
「え……。うそ……。ええええええええええええええ!!」
フォンは驚き、ついには椅子からひっくり返った。
フレーナに起こしてもらうと、紙とペンを持ってくる。
鑑定したアセルスの能力を書きだしていくのだが、獣人の受付嬢の手はぶるぶると震えていた。
「え……。えええええええええええ!!」
書き写されたステータスを見て、一同は驚愕した。
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