menu2 焼き鳥パーティー

 多少お腹が膨れる程度に、飴をむさぼったその日。


 ディッシュはねぐらに帰らず、出会った狼と夜を明かした。


 触ると狼はとても柔らかく、温かい。

 それにモフモフだ。

 ふれてるだけで、何か幸せな気分になる。

 おかげで疲れは取れた。


 けれど、空腹は続いている。

 さすがに飴だけではダメだ。


 狼はすっかりディッシュになついていた。

 一緒にいれば、おいしいものが食べられると思っているのかもしれない。


 ディッシュが立てば、立ち上がり、座れば座る。


「うん。可愛いな、お前」


 いーこいーこ、と撫でてやる。

 すると、まだ手の先にかすかに残った飴のかすを舐めてきた。


「ところで、お前。名前は?」


「うぉん」


「いや、名前だよ。な・ま・え」


「うぉん!」


 返ってくる反応はすべて同じだ。

 当たり前だよな。

 獣だし。


 片言でもいいから喋ってくれないだろうか。

 1度でいいから「うまい」という言葉が聞きたかった。


 うまい、という言葉は料理人にとって勲章みたいなものだからだ。


「よし。じゃあ、お前の名前は『ウォン』だ。いいな」


「うぉん!」


 元気のいい返事がかえってきた。

 気に入ってくれたらしい。

 丸い瞳を開き、はあはあと舌を出している。


 そして腹の音を響かせた。


「よし。じゃあ、獲物を取りに行こう」


 火の後始末を丁寧にする。

 街から離れた山中には、野生の獣はもちろん多くの魔獣が徘徊している。

 中には人間を襲うものも。

 ちょっとした痕跡から人間のあとを追う魔獣も中にはいる。

 たかが火の始末、されど火の始末だ。


 しばらく山中を歩いていると、大きな鳴き声が響いた。

 まるで老婆が泣いているようなガラガラ声だ。


 ヴィル・クロウ。

 簡単に容姿を説明するなら、大きな烏を想像してくれればいい。

 地面を見ると、大きな羽根が落ちていた。


 周りは木々が鬱蒼と茂り、その幹の上から声が聞こえてくる。

 どうやらあいつらのテリトリーに入ったようだ。


 少なくとも3匹以上。


 相手が複数でも、ウォンは全く恐れない。

 低い唸りを上げ、毛を針のように逆立てる。

 その横でディッシュは笑っていた。


「ウォン……。ヴィル・クロウの肉はとても美味しいんだ」


「うぉん?」


 え? マジで?

 という感じで、ウォンは眼を輝かせた。

 ぼたぼたと舌から涎を垂らす。

 食いしん坊な狼だ。


「ただ内臓は傷つけないこと。狙うなら首筋だ。出来るか?」


「ウォン(任された)!」


 ウォンは飛び上がる。

 器用に木々を伝い、上に昇っていく。

 すごい脚力だ。

 おそらく日常的に木登りをして、獲物を狩っていたのだろう。


 あっという間に、木の頂点に辿り着く。


「ぎゃあ! ぎゃあ! ぎゃあ!」


 ヴィル・クロウはいきなり現れた狼に驚いた様子だった。

 慌てて翼を広げ、飛び立とうとする。

 大きな羽根が舞い散る中、ウォンの牙が光った。


 3匹のうちの1匹を歯牙にかける。

 ディッシュの注文通り、首筋を狙った。

 抵抗したが、ウォンの牙からは逃れられない。

 やがて力を失い、ぐったりとした。

 その1匹を見殺しにして、他の2匹は「ぎゃあぎゃあ」と逃げていく。


 ウォンが木から下りてきた。

 ヴィル・クロウをディッシュの前に差し出す。


「すごいな、ウォン。お前、本当に強いな」


 スライムは雑魚だが、ヴィル・クロウの機動力はなかなかに厄介だ。

 にも関わらず、ウォンは何もさせなかった。

 やはり、ただの狼ではないらしい。


「うぉん!」


 ウォンは催促する。

 ディッシュはよしよしと柔らかい毛を撫でた。


 やがてヴィル・クロウの解体に入る。


 始めたのは毛引きだ。

 ひたすら毛を毟り続ける。

 とにかく早くだ。


 魔獣の肉体を機能させているのは、人間よりも数倍あるといわれる魔力だ。

 絶命した瞬間から魔力が漏れ出る。

 すると、肉体の機能も停止し、どんどん腐り始める。

 魔獣の腐敗は、人間よりも遙かに早い。

 すぐ解体しても、街の市場に並ぶ頃には、思わず顔を顰めるほどの臭いが立ちこめることになるのだ。


 魔獣が食えない理由は、そういった身体機能上の問題がある。


 だから、その場で調理し、食べるのがベストな方法だった。


「よし……」


 ディッシュは汗を拭う。

 毛抜きを終えると、次は羽根を切り落とさなければならない。

 ヴィル・クロウに限らず、魔獣の骨は硬い。

 ゼロスキルのディッシュにとっては、大仕事になる。


 だから――。


「ウォン。こいつの羽根と首を落とせるか?」


「うぉん!」


「丁寧にだぞ。羽根と首だけな」


「うぉん!」


 すると、ウォンはうまく後ろ足で羽根を押さえ、前足の爪を立てる。

 ザッシュ! という音を立てて、あっという間に羽根と首を落とした。


「おお! うまいぞ、ウォン! お前、いい料理人になれるな」


「うぉん!」


 その声はいつもとちょっと違う。

 どこか誇らしげだ。


 ディッシュはあらかじめ用意しておいた火でヴィル・クロウを炙る。

 これで小さく細かな毛を燃やすのだ。

 またウォンに手伝ってもらいながら、足を切り落とす。

 そしていよいよディッシュは短剣を握った。


 下腹部から刃を入れ、次々と内臓を取り出す。

 またウォンに沢までいってもらい、その水の中に入れて洗浄した。

 やがて胸肉を切り裂く。


 大きい。通常の鶏肉よりも3倍以上はある。

 赤身は鮮やかな色をし、指で押すと確かな弾力が返ってきた。


 ウォンは物欲しそうだ。

 すでに舌から涎が垂れている。

 食いしん坊め……。


 まだ作業は残っているが、2人で食べるには十分な量だ。

 ディッシュは肉を食べやすく切る。

 串で刺し、毛引き用に使った火で炙った。


 脂がとろりと滲み出てくる。

 ただ火で炙っただけなのに、香ばしい肉の匂いが山野に立ちこめた。


 表面に焼き目が入る。

 ディッシュはウォンに差し出した。


「はふはふ……」


 さしもの食いしん坊狼も出来たての肉が熱いと見える。

 それでも口の中に入れ、カンカンと顎を鳴らしながら食べた。



「くぅぅぅぅぅうううううんんんんん……」



 柔らかな毛がモッフモフになる。

 いつもは凛々しくつり上がっている瞳も、垂れ下がり、なんともしまりのない顔をしていた。

 それだけおいしいのだろう。


 ディッシュも肉をパクり。


「うまぁぁぁぁぁぁあああああいいい!!」


 思わず叫んでしまった。

 咀嚼した瞬間、上質な脂の甘みが口の中で弾ける。

 噛み応えもいい。安い肉のような筋張った感触は皆無だ。

 歯の奥で噛んだ瞬間、わずかな抵抗の後、ほろりと消え去り、口内へと広がっていく。

 肉の旨味がドリンクのように口の中でうねった。


「はあ……」


 思わず恍惚としてしまった。

 ヴィル・クロウを食べたのは、これで3度目だが、いつになくおいしく感じる。


(ウォンと一緒に食べてるからかな)


 相棒の毛を撫でる。

 よっぽどうまかったらしい。

 飴を上げたより、毛の艶が良くなっているような気がする。


 一方、ウォンは物欲しそうにディッシュが囓った肉を見つめていた。


「よし。どんどん焼いてやろう」


「うぉん!」


 今日は1人と1匹で、焼き鳥パーティーだ。

 ディッシュはそう決めた。



 ◇◇◇◇◇



 たらふく食った。

 お腹が弾けそうだ。

 通常の鶏肉の3倍の量。

 それを骨の髄に至るまで食べ尽くし、1人と1匹は満足だった。


 ディッシュはウォンの腹を枕代わりにし寝ていた。

 柔らかい。そしてモフモフ……。

 たまらなく気持ちいい。

 しかも、最高のご馳走を食った後なのだ。


 1人と1匹の寝顔は、その満足感を表すように幸せそうだった。

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