menu1 スライム飴

 この世界の誰もが、スキルを持って生まれてくる。

 けれど、ディッシュ・マックホーンにはスキルがなかった。


 スキルを持たないものに、世界は優しくない。


 まず仕事につくこともできない。当然、ディッシュは常に空腹だった。

 だから、料理人になることにした。

 自分が料理を作ることができれば、少なくともお腹は満たされると思ったからだ。


 おかげで料理の腕前は、それなりになったと思う。


 だけど、料理ができるからといって、仕事に就けるかといえば、やっぱり甘くはない。

 渋い顔をした店主に雇われるのだが、最後には――。


「このゼロスキルが!」


 追い出されるのが、いつものパターンだった。


 ディッシュは街で生活することを諦め、山で暮らすことにした。

 街から1歩外に出れば、危険な魔獣がいる。

 山で生活することは自殺行為に等しい。

 けれど、山にはたくさん幸がある。沢に行けば、魚が捕れる。


 それに気づいたのは、6歳の頃。

 両親が亡くなった直後だった。


 ディッシュは少しずつ山に適応していった。


 初めの住処は水場の側にあった穴蔵だ。

 穴の中で息を潜め、通りかかる兎や鼠、野鳥を捕った。

 魔獣の気配が薄くなる昼間には、沢から水を汲み、可能であれば木の実や山菜を採取した。

 魔獣に見つかって、小さな穴蔵に手を突っ込まれるようなこともあった。


 それでもディッシュはたくましく生き抜いた。


 時には人間が試していない食材を食することもあった。

 魔獣の調理も、彼が試行錯誤して編み出したものだ。

 時には失敗することもあったが、試すことが堪らなく楽しく、おいしい調理の仕方、食材を見つけた時の嬉しさはひとしおだった。


 そして10年、ディッシュは人知れず山の中で暮らし続けた。



 ◇◇◇◇◇



 腹が減った……。


 視界がぐるぐるする。

 実は、昨日から何も食べていない。

 16ともなると食べ盛りだ。

 空腹は街から聞こえる鐘が鳴る度に襲ってくる。


 10年山に住んでいても、獲物が全く捕れない日もある。

 目を付けていた山葡萄ローブルも、昨日魔獣に食い荒らされていた。

 備蓄もない。

 年に数回だが、妙にタイミングが重なることがある。


「もうだめだ……」


 棒きれが倒れるみたいに、ディッシュは地面にキスをした。

 土の味がする。途端、お腹が「ぎゅるるるる」と抗議の声を上げた。

 罵倒の1つでも返してやりたいが、残念ながらそんな気力はどこにもない。


 しばらく地面の冷たさを味わっていたディッシュの頬に、しっとりとした感触が触れる。


 すぐに舌の肌触りだと気づいた。

 これでも料理人であることを自負しているのだ。

 舌の感触がわからないわけがない。


 きっと野犬だろう。

 確かめたかったが、指1本動かすことが出来なかった。


「俺を食ってもおいしくないぞ」


 獣に何をいってんだと思うのだが、ついツッコミを入れてしまった。

 事実、ディッシュの身体はガリガリだ。

 脂だって大して乗っていないし、骨だってスカスカで歯応えは皆無に等しい。


 期待していなかったが、思いも寄らない返答が帰ってきた。


「ぐるぐるぐるぎゅぅぅぅぅぅるるるるるる……」


 ドラゴンの遠吠えもかくや――というような盛大な腹音が聞こえてくる。


 ディッシュは「ぷっ」と笑った。

 ちょっと気力を取り戻す。

 顔を少し上げると、まん丸い獣の瞳とかち合った。


(犬? いや、狼か……)


 狼にしても大きい。

 馬ほどではないにしろ、立ち上がった時のディッシュの胸ぐらいまでの丈がある。

 毛の質も、狼や犬とは多少違う。

 長毛で、馬の尾のように柔らかそうだった。


(触ってみてぇ……)


 ディッシュは料理の次ぐらいに動物が好きだ。

 時々さばいて食うこともあるが、いつか犬か猫を飼ってみたいと思っていた。


 そろそろと手を伸ばすも、すげなく狼(?)にかわされる。

 狼はそのままディッシュの腰の辺りに周り込み、ふんふんと鼻を利かせた。

 気になってポケットに手を突っ込む。


 一昨日作った飴玉が出てきた。


 もう食糧はないと思っていたのに、どうやらポケットの裏に隠れていたようだ。

 それを狼が聡く見つけたらしい。


 ディッシュが摘まんだ飴玉を、狼は凝視している。

 ポタポタと舌から涎が垂れていた。

 摘んだディッシュの腕ごと食べてしまいそうだ。


「ほらよ」


 ほい、と投げると、狼は見事キャッチする。

 ガキッ、と硬い音を鳴らしながら、飴をかみ砕いた。


「うぉぉぉぉぉおおおおおおおおおおん!」


 吠える。

 「う~~ま~~い~~ぞ~~」といっているようだった。

 心のなしか毛が逆巻き、さらにモフモフ度がアップしている。

 眼もキラキラして嬉しそうだ。


「そうか。うまいか」


「うぉん!」


「もしかしておかわりか?」


 残念ながら、飴はもう品切れだ。

 ディッシュがあと供出できるのは、自分の身体ぐらいしかない。


 かさり……。


 不意に近くの茂みが揺れた。


 現れたのは、スライムだ。


 にょろにょろとアメーバ状の身体を動かし、こちらに近づいてくる。

 スキルのないディッシュでも倒せるほどの雑魚魔獣。

 けれど、今は逃げる気力も振り絞れない。


 狼はピンと毛を逆立てる。

 低く唸り声を上げ、スライムを威嚇した。


(俺を守ってくれてるのか?)


 すると、狼は地を蹴った。

 スライムに襲いかかると、その中の核を砕く。

 一撃だった。


(強い。この狼、強いぞ)


 でも、それ以上に嬉しかった。

 ゼロスキルの自分をこうして守ってくれたのは、狼が初めてだったからだ。


 狼は「くーん」と甘えた声を上げる。

 心配そうにディッシュの頬をペロペロと舐めた。


 飴のお礼ということだろうか。


 ディッシュの身体に力が戻ってくる。

 なんとか立ち上がり、手早く火焚きをする。

 背負っていた料理道具の中から小さなバケツを取り出した。


「なあ、悪いけどよ。近くの沢から水を汲んできてくれないか」


「うぉん!」


 任せろという感じで返事をした。

 人の言葉がわかるのだろうか。

 ともかく頭がいい狼らしい。


 小さなバケツをくわえすっ飛んでいく。

 しばらくして戻ってきた。

 急いできたのか。

 だいぶ水が減っていた。


(まあ、十分だろ)


 ディッシュは火にかける。

 沸騰するのを待った後、さらに小さな鍋を用意した。

 昔、冒険者のパーティーが落っことしていったものだ。

 他の調理道具の出自も似たようなものだった。


「よし。お前が仕留めたスライムを持ってきてくれ」


 狼は指示通りに動く。

 賢い相棒だ。


 ディッシュはスライムの一部を小鍋に入れた。

 その鍋をさらに沸騰したお湯に浸ける。


 横で狼が「?」と首を傾げた。


「これはな。湯煎ゆせんっていう調理方法なんだ。焦げやすいものとか、加熱すると硬くなってしまうものを溶かすのに便利なんだぜ」


 小鍋に入ったスライムが徐々に溶けていく。

 すると、あま~い匂いが山の中に立ちこめた。


「くぅぅうんん」


「もうちょっと待てよ。まだ仕上げがあるんだ」


 どろどろに溶けたスライムを今度は、残しておいた水につける。

 ゆっくりと冷やすと、徐々に固まってきた。

 頃合いになった時には、もう狼の周りは涎の海になっている。


「よし。出来た」



 スライム飴の完成だ!!



 スライム飴はディッシュのオリジナル料理だ。

 そもそも普通の料理人は、魔獣を料理しようとは思わない。

 基本的に食ってもまずい――と昔からいわれているからだ。


 けれど、山でずっと獲物を獲って食べてきたディッシュは知っていた。

 魔獣も調理や扱い次第で美味しくなることを。


 湯煎という調理方法も、その1つだ。


 スキルのある人間はすぐにスキルで火にかけようとしたり、氷で冷やそうとしたりする。けれど、急激な熱は食材を壊してしまう。

 だが、ディッシュはそれが出来ない。


 ゼロスキルだヽヽヽヽヽヽヽヽからヽヽ……。


 スキルを持ってないからこそ生まれた考え。

 そこから湯煎という発想に辿り着いた。


 今のところ、ディッシュしかこの調理方法は知らない……はずだ。


 固まった飴を割る。

 その欠片を狼に、そして自分の口にも入れた。


 ぱくり……。



「う~~んんん! あまぁぁぁぁぁぁああああいいい!」

「わぉぉぉぉおおおおおおんんん!!」



 2人の絶叫が山中にこだました。


 まろやかな甘味と、若干の香ばしさが口の中に広がっていく。


 スライムは弱いから人間を食べない。

 その代わり、木の実や岩塩などを食べるため、アメーバ状の身体には独特の甘味が蓄積される。

 これも、ディッシュが長年のその生態を観察してきた成果だった。


「うまいか?」


「うぉん!!」


 1人と1匹は夢中になって食べる。


 これが後に歴史に名を残すゼロスキルの料理番と、神獣ヽヽフェンリルの子供の出会いだった。

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