第45話 開戦の狼煙


(私はきっとこの日の為に生まれてきたに違いない。ドラゴンを倒し、名実共に『英雄』になる、この日の為に。)


シャウラは皇都騎士団で一番の魔力量を誇っていた。

いままで戦いで負けた事が無かった、遠征の時に遭遇した、凶暴化した魔物も一撃で屠(ほふ)ってきたのだ。

足りないのは英雄になるチャンスだけだった。

シャウラは高鳴る胸を抑えて、南西の空を仰いだ。

先程から、微弱な地面の振動を感じる。

まだ視認出来ないが、もうドラゴンは近くまで来ているのだろう。

砂漠と山に挟まれた国境にシャウラは立っていた。


「いよいよだ!敵は数千、だが怯むな!お前たちには私がついている!聖霊に勝利を捧げよ!!」

「「「「聖霊に勝利を!!」」」」


シャウラの掛け声に騎士たちが雄叫びを上げる。

だが、シャウラは知らなかった。

皇都騎士団で最強であっても、所詮『悪魔の子』に届かない程の魔力量。

『皇都騎士団最強』は、『皇都騎士団最強』でしかないのだ。

自信に満ちた目で空をあおぐシャウラを、レグルスは静かに見ていた。

表面は取り繕っているが、内心では歯をくいしばって死を覚悟している。


(RENSAのメンツ追い出しやがって、なにか策があるようにも見えない。名目は援軍だが、実際はあいつらも皇都に見捨てられたって事か。)


レグルスは、早々にシャウラたちに見切りをつけている。

だが、諦めたわけではない。


レグルスは、零史たちならラーヴァを守ってくれると信じていた。

シャウラは確かに強いのだろう、だが……自分と同等か少し上くらいの実力だろうと思う。

騎士団での対戦で見た、ベラトリックスの方が強者の物腰をしていた。


そして、懸念点はまだある。

ガラヴァ皇信教は長きに渡り大規模な戦争がなかった、せいぜい国境付近の小競り合い程度。

ガラヴァ皇信国の奥で守られている皇都の騎士団が、どれほど戦争の経験値があるのかはお察しである。


しかも今回の相手は魔物だ、出方はまず読めないだろう。

シャウラは魔物相手に真っ直ぐすぎるのだ、先程伝えられた作戦は『正面突破』。

シャウラを戦闘に皇都騎士団が防御ラインを張り、ラーヴァの騎士団が左右にこぼれた魔物を倒していくというものだった。


レグルスは、地雷魔法や土魔法での背後からの奇襲も立案したが「騎士道に反する。」と棄却された。

汚い手だろうがラーヴァを守る為なら何でも使うレグルスと、英雄として恥じることなく正々堂々とドラゴンを討ち倒したいシャウラ。

お互いの目的が違っていたのだ。

こうしてレグルスは皇都騎士団に見切りをつけたのである。


(騎士団(俺たち)が倒されたら、零史が出てこられる。)


ラーヴァの為に犬死にするのだ。

レグルスはすでに、拠点に設置したラーヴァ騎士団の簡易テントをまわり、表向きは激励をしながら真逆の作戦を命令していた。


「お前ら!ドラゴンは皇都の騎士様が相手してくれるらしいから。回りの魔物をテキトーに相手しつつ、ラーヴァまで逃げろ。いいな?」

「何を言って……!」

「シーッ!!俺たちに勝ち目はねぇ、頼みの綱は零史たちだけだ。」


騎士団の団長にあるまじき発言に、リゲルが驚きの声をあげた。

すかさずレグルスが遮る。

もし「逃げろ」と言ったのがバレたら反逆罪で即刻殺されてもおかしくない。

それほどの事を言っているのだ。


「正直、皇都騎士団のおかげで大ピンチだ。あいつらがRENSAを追い出さなきゃ……あいつら死なないかな。」

「団長!!」


これももちろん、打ち首ものの発言だ。

リゲルの叱責が飛ぶ。

だが、リゲルの声の威勢が無いのは、少しは自分もそう思っている所があるからだろうか。


「ドラゴン以外の魔物を、でかい魔法でも目眩ましに発動して数減らしつつ逃げろ。全速力で逃げろ。騎士団にある"黒電話"で連絡を取れ!ラーヴァで……籠城戦(ろうじょうせん)だ。」

「隊長はどうするんですか!!」


リゲルが不安を瞳に浮かべてレグルスに問いかける。

レグルスはリゲルを見つめ返して、不敵に笑ってやった。


「俺は隊長だろ?敵前逃亡なんかしたら軍法会議もんじゃないか。せいぜい時間を稼ぐさ。」

「どの口が……私も残ります。」

「リゲル、お前が1番足早いんだぞ。残ってどーするんだよ。」


呆れた目線を投げたレグルスを、リゲルが睨み返す。

拳を握りしめすぎて震えるリゲルの肩を後ろからアダラが叩いた。


「いやん、ワタシも残るに決まってるじゃな~い?団長と副団長が残るのにオネェさんだけ仲間はずれはイヤよ♡」

「あーアダラなら残っても仲間と勘違いされて大丈夫そうだよな。」

「どういう意味よ!!」


後につづくように他の騎士団員たちも残留の声をあげる。

だが、誰かは戻らなくては零史に連絡が取れない。

なので、ルナーを隊長とした中隊200名を伝令班としてラーヴァに帰還する事にした。

街の守護に残してきた300名と合流して500名になるはずだ。

その500名と零史たちで、ドラゴンを倒す。

ここに残るラーヴァ騎士団800名と、皇都騎士団8名がドラゴンと衝突してその時間稼ぎだ。

これが、レグルスが考えた作戦である。


そしていよいよ、ドラゴンと騎士団の戦闘が始まろうとしていた。

国境に隊列を組んだラーヴァ騎士団とシャウラたち。

なだらかな砂丘の向こうからまずその禍々しいドラゴンの眼光が覗いた。

そして日が昇ると共に暑さで揺らめく地面から無数の魔物が這い出してくる。

距離は1㎞弱、それだけ離れていてもドラゴンの大きさが手に取るようにわかり、冷や汗が出る。

恐怖に、1歩下がる者も居た。


「敵は前方にあり!英雄(わたし)につづけ!!輝我道(クルータ)!」


先手はシャウラたち皇都騎士団の精鋭部隊だった。

掛け声と共にシャウラは馬上で魔法を展開する。

集中を高め指揮者のように右手を振ると指を鳴らした。

すると他の皇都騎士団7名もその音を合図に魔法を放つ。


パチン!


走り来る地平を埋め尽くす魔物たちの前方に無数の光がまたたいた。

そしてその一瞬後に、先頭を走っていた魔物たちが爆発する。


ドドドドドドドドドドドドォォォオオン!


と連続した爆発音と炎、爆風で舞い上がる魔物たち。

これが援軍に馳せ参じた、皇都騎士団の力だ。

シャウラは笑みを深くして次撃に備えた。

鮮烈な開戦の一撃を見せつけたのである。


もし零史がこの光景を見ていたら『粉塵爆発』だと分かっただろうか。

7人が土魔法で敵前に作り出した、可燃性の金属の粉塵にシャウラが点火したのである。

その絶妙なタイミングは、並大抵の訓練ではないだろう。

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