第44話 英雄とは?
夜明け前。
スメールトの町があった盆地に、数人の人影が居た。
あたりはまだ火の手が所々に見え、ドラゴンたちの驚異の爪痕が濃く残っている。
「急げ、死んでから時間が経っている。」
数人の、マスクも服も全身黒い装束の『影』たちは、指示を聞くと各々迅速に何かの装置を手に持つ。
その装置はバスケットボールほどの大きさで、透明な入れ物の中に何かの結晶のような白い鉱石が入っていた。
前面がカメラのレンズのように丸く開き、まるで風景を撮影するかのように様々な方向へむけられていく。
すると瓦礫の隙間から、呻き声が聞こえてきた。
「う"ぅ"ぅ"……誰……か……。」
「生存者です。」
「良かったな、新鮮だ。」
そう言った、隊長だろう男が黒いマスクを脱ぎ口角をあげた。
手に鈍く光るナイフを握っている。
そして生存者の命を、雑草をつむかのように刈り取った。
「……ア"ァ"ッ!」
隣で生存者の報告をした部下が、すっと血のしたたる死体に装置を向けた。
死んだスメールトの人の生命エネルギーを吸って、装置の中の結晶は鈍(にぶ)く赤くマグマのような光を放っていた。
「撤収!!」
隊長の号令とともに、数人の人影はスッと闇夜に消えていく。
辺りには瓦礫と炎と死体だけが残り、生きた者の声は無くなっていた。
一方、ラーヴァへと戻る飛行機の上。
空は白み、夜が明けた。
零史たちは、朝日を横目に偵察の報告と、沈静化失敗の連絡をとっていた。
「ごめん……本当に、ごめん。」
【落ち込んでいる時間は無い、沈静化出来ないなら……倒すしか無いだろ。】
「そう、だね……。」
冷たいともとれるシリウスの言葉だが、今は有事だ。
甘いことを言っている場合じゃない。
命がかかっているのだから、シリウスの言っている事の方が正しいのだろう。
零史も、分かってはいるのだ。
それにドラゴン自身も「殺してくれ」と言っていたではないか。
(ドラゴンも助けたいと思うのは……俺の『エゴ』だ……だけど!)
凶暴化は、人為的なものだろう。
ドラゴンだって被害者なのだ。
『殺したくない』と苦しみ俺に訴えてきたのに、助けられないなんて。
【こんな時にすまない、零史……実はこっちも問題が起きている。】
「問題?」
「問題じゃと?」
このタイミングでの『問題』なんて、嫌な予感しかしない。
零史はアルタイルと目を見合わせた。
【援軍が来た……だが……。】
【私たちは必要無い~って追い出されちゃったのよ。】
歯切れの悪いシリウスの言葉を引き継ぐようにベラの声が聞こえる。
そんなバカな、戦力は一人でも多い方が良いに決まっている。
ドラゴンだけでなく、他の魔物たちまで集まってしまっているのだ、ラーヴァの騎士団と数人の援軍で太刀打ち出来るとは思えない。
零史は驚きに目を見開く。
「なんでだ!?」
【『貴方たちは足手まといになるだけよ』だって、援軍に来たのがあの『シャウラ』じゃぁ~ね。】
【『守られるべき国民を戦地に出すのか。』と言われ、レグルスも何も従うしか無かったそうだ。】
似てるのか似てないのかは俺には全く分からないが、やけに高飛車なモノマネをベラが披露した。
なるほど援軍に来たのは、自信過剰タイプの人なようだ。
シリウスが『シャウラ』という名前に聞き覚えがあったのか、ボソリと呟いた。
【ん?シャウラ……?どこかで聞いたような。】
「知ってるのか?」
【シャウラはぁ皇都では有名なのよ、『英雄シャウラ』ってね。】
「英雄じゃと?ドラゴンを倒せるほど強いのかのぉ?」
【どおかぁな♡英雄も、本人と回りの奴らが言ってるだけみたいよ。】
(自分で『英雄』って自分でも名乗ってるのかよ……。)
「しかし、困った事になったのぉ。」
アルタイルが、後ろを振り向かずにそう声をあげる。
珍しい程の固い声音だ。
この期におよんで、援軍の無謀な特攻……見過ごすことは出来ないだろう。
どうにかしなければ。
「……俺の正体を説明して……。」
【そんな時間は無いわよぉ、素直に信じるとも思えないし。】
「そうじゃ零史、間に合わなかったらどうする。新たな混乱はラーヴァの人々の命に関わるぞ。」
「じゃあどうすればいいんだよ!!」
ベラとアルタイルの言葉に頭を抱える。
加勢したくても、シャウラが拒否している。
正体を明かすのは、危険が大きい。
戦力は確実に足りないし、騎士団に全てを任す訳にはいかない。
「零史、本当に『聖霊のお告げ』をしてしまえば良いのでは?」
「ルナ……?それは、どういう……。」
俺は頭を抱えたポーズで、ポカンとルナを見る。
「聖信教が『聖霊の加護を祈れ』と言うなら、本当に加護を与えるんですよ。ちょうど良い物も、人も、居るじゃないですか。」
「ま、まさか……『英雄シャウラ』!?」
「いえ、シャウラは不安要素が多すぎるので不適当です。」
「じゃあいったい誰を……。」
ルナの兎スマイルに、朝日の後光(ごこう)エフェクトが輝いていた。
そしてこの通信が、ガラヴァ皇信国に聖霊の加護を受けし『救世主』が選ばれた瞬間でもあった。
本人も預かり知らぬところで。
名付けて……
『レグルスを救世主に仕立て上げよう大作戦!』
ルナの考えた作戦はこうだ。
まず聖霊っぽいエフェクトつけたアルタイルと、巫女っぽい服着たスピカが騎士団の窮地に現れる。
そしてレグルスにブレスレットを授ける。
ブレスレットはシリウスから借りる。
(黒電話じゃ、カッコがつかないからな。)
そして、聖霊っぽく厳粛に『力を授けよう』的な事を言う。
そしてルナと俺が、亜空間に繋がっているブレスレットを通して能力を使う。
すると、まるでレグルスが魔物たちを倒しているように見える!
ただ……問題は、レグルスがどこまで即興でついてこられるかと言う事である。
レグルスも死に物狂いで頑張って欲しい、マジ命かかってるから。
「ルナ……お前、天才だな!」
【本当にうまく行くのか?】
「やるしかないじゃろうのぉ。」
【ベラはこーゆーのだぁいすき♡】
偵察班が戻り次第、ラーヴァに戻されたRENSAメンバーも騎士団を追いかける事になった。
ドラゴンとの衝突まであと数時間。
俺は気持ちの整理がつかずにいた。
皆には言えずに居たが……俺はドラゴンを助けたいと思っている。
だけど方法が全く分からないのだ。
沈静化は失敗してしまった、次策を考える時間も無い。
(ドラゴンを救う手だては無いのか?
結局……ゆで卵は生卵に戻らないってことかよ?)
凶暴化を治す手立てが無いまま、俺は煮え切らない思いを抱えて、時間だけが過ぎた。
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