第43話 青い闇の中


ドクン……ドクン……ドクン……。

(ここは、どこだ?)


真っ暗闇に、俺は一人ポツンと立っていた。

まず暗闇に驚き、次いで俺は辺りを見回した。

真っ暗に見えていた景色は、よく見ると濃い青だと言う事が分かった。とても、とても濃い青だ。

そう、かぎりなく黒に近い青。

宇宙空間のように、距離感がつかめないどこまでも続いていそうな青い闇が広がっていた。

そしてそれを眺めていると俺は、何故だか悲しい気持ちが溢れて、涙が止まらなくなる。


(ここは、いった……い……っ!……うっ、く。はぁっ。うぅ……。)


どんどん流れる涙が足元を濡らす。

ポタポタと落ちる滴は止まらない。

そして段々と悲しい気持ちが深くなり、絶望に変わっていった。

嗚咽(おえつ)で呼吸までくるしくなってくる。

叫びたい衝動に苛まれても何故か叫べず、膝をつきたくても立っている事しかできない。

喉をかきむしりたい、死んでしまいたい。

そう思いながら、ただひたすらに声を殺して泣いた。


(ひっ、ぐ……あ"ぁ"ぁ"……ぅ。)


すると目の前に、誰かの気配を感じた。

真っ黒なシルエットが現れる。

それは見上げるほど大きなドラゴンだった。


《闇よ、ワシを止めてくだされ……。》


ぐわんぐわんと反響した声が、360度全てから聞こえる。

俺は突然現れたドラゴンに驚く心とは裏腹に、涙を流しつづけている目でドラゴンをジッと見つめた。


(貴方は……悲しんでいるのか……、絶望しているのか……。)

《ワシは悲しい。ワシは絶望している。》

(何に絶望しているんだ……?)


俺を静かに見つめていたドラゴンは、ゆっくりと顔を近づけてきた。

澄んだ瞳に俺を写し、願いを乞うように体を伏せて告げる。


《同胞を……人間を……これ以上、殺したくない。ワシを殺してくだされ。》


その言葉を聞くと、もう時間だとばかりに意識が白く染まっていく。

遠退く意識の中で、俺はドラゴンへ叫んだ。

ドラゴンに届いたかは分からないが、とにかく大声で叫んだ。


(俺は、お前も助けたいんだ!!)


体が後ろにひっぱられていく、どんどん遠ざかるドラゴンに。

俺は右手を伸ばした。


「……じっ!……ぃじっ!零史!?」

「……ハッ!!」


ルナの声が段々と近くなり、俺は意識を取りもどす。

そこは、飛行機の上だった。

そうだ、俺は飛行機に乗りドラゴンを鎮めるべくナザット国に来ていたはずだ。


(さっきのは、いったい……。)

「零史、大丈夫ですか?」

「ルナ?俺、今……。」

「虚ろな目でずっと泣いていました。」

「ごめん、心配かけた。大丈夫だよ。」


どうやら、意識だけどこかへ飛んでいた。

状況は、変わらず魔物の群れの上空だ。

ドラゴンは体勢を崩した状態でこっちを睨んでいる。

意識を飛ばしていたのは、ほんの一瞬だったようだ。

操縦席からアルタイルの心配そうな声が聞こえる。


「いけそうか?零史。」

「もちろん!」


考えている時間は無い、今も地上から届く攻撃をかろうじて避けながら飛んでいるのだ。

当たりそうなものは、ルナも手伝いさばいている。

長くはもたないだろう、時間がない。


グガァァアアアアア!!

「アルタイル、ドラゴンの攻撃が来ます!」


ルナがアルタイルへ叫ぶ。

ドラゴンは俺に魔力を奪われた事に怒ったように咆哮をあげ、怒りに染まった目を向けその口を大きく開けた。

次の瞬間、雷が横に落ちた。

ドラゴンの口から、キャノン砲のような俗に言う『ブレス攻撃』だろうか、太い光の渦が飛行機めがけて至近距離で飛んでくる。


(避けきれない!)


俺は慌てて右手を前に突きだし、光をねじ曲げる。

どんな物質も量子も、ブラックホールの重力には勝てない。光すらも逃れられないのだから。

曲げられた渦は、幾つもの細いスジに別れて、魔物たちへ無差別に突き刺さっていく。

着弾でさらに爆発し、あたりは地獄絵図だ。

俺は脳裏に濃い青に包まれたドラゴンの目がフラッシュバックする。


「……あー、くそっ!」


俺はドラゴンを再び注視した、悲しみの濃い青を……激情を奪えば、凶暴化は静まる。

あの絶望を消してやれば……。

そう思って見たドラゴンの色は、ネバつくほどのドロドロとしたマグマの『赤』だった。


「なんでだ!?」

「どうかしましたか、零史?」

「ドラゴンの感情が……違う!」

「『違う』とは、どういう事じゃ?」


ブレス攻撃を防がれて怒り狂うドラゴンはさらに、憤怒の色を鮮烈にしていく。

さらに、怒りの感情に呼応するように、魔力まで回復していっている気がする。

さっき見たドラゴンの絶望は、幻なのか?


「零史、とにかく。激情を奪ってしまいましょう!ドラゴンを止めなくては!」

「……っ!そうだな!」


ルナの声に、思考で止まりそうだった腕を動かし、今見える『怒り』の激情を奪おうと手を伸ばした。


「鎮まれぇえっ!」


怒りだけを奪う。

マグマのような赤い感情がドラゴンから俺へと触手のように暴れながら吸い込まれていく。

ドラゴンも尻尾や腕やブレス攻撃などで反撃して暴れている。

だがやがて、ドラゴンの動きがゆっくりと止まった。


「ガァッ……グガッ……グゥゥゥ……。」

「……やったか?」

「沈静化したかの?」


一瞬の静寂がおとずれた。

そして、辺りを照らしていた月の光が雲に隠れて濃い闇がドラゴンの姿を覆った。

すると、俺たちが見つめる中ドラゴンの瞳がギラッと光、爆発するような魔力の鼓動が聞こえた。


トクン……ドクン……ドクンッ!!!

「ギィァァアアアアアアア!!!!」

「……なんで……。」


仰け反るように吼えたドラゴンは、回りの魔物を意に介さず踏みつけながら、俺めがけてブレス攻撃を放つ。

一層怒りを濃くした、憤怒の化身のようなドラゴンがそこに居た。


「確かに、怒りを奪ったはずなのに、こんなにすぐ復活するなんて!」

「おかしい……何かがおかしいです零史!」


激情を奪ってもすぐ復活してしまうドラゴン、沈静化の計画は失敗したのだ。

作戦は次の計画に移るべきなのだろう。


「むぅ、いったん撤退して、ラーヴァに状況を伝えるべきじゃろうのぅ。」

「……っ!」


アルタイルはすぐに機体を上昇させ、ラーヴァへと向かった。

俺は苛立ちに拳を握る。

どうにかしてドラゴンを元に戻してやりたい。

飛行機はドラゴンたちの移動速度より早い、すぐにドラゴンは追撃を諦めたようだ。

俺は後ろ髪をひかれる思いで、遠くに見えるドラゴンを振り返った。


あの、濃紺に染まったドラゴンの瞳……どうしてもアレが本心としか俺には思えない。

ならどうしてドラゴンから見える感情は『憤怒』だけなのか。

憤怒はドラゴンの感情では無い、のか?


(ならいったい『誰』の……?)


もしかして、まだ俺たちは知らない謎が、凶暴化にはあるのかも知れない。

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