第39話 静かな街と夜空
俺はレグルスに鷹便を返す。
「それにしても、また皇都からの知らせか……。」
「『聖霊からのお告げ』だそうだ。」
もちろん、俺は何も告げてない。他の聖霊からのお告げなら別だけど、会ったことも無いから何とも言えない。
ルナが……聖霊は基本、人間にノータッチって言ってたから、そんな頻繁に連絡とりあう友達みたいな事は無いだろう。
『魔物の凶暴化は科学者が引き起こしている。』というこも、皇都の聖信教からだった。
これは完全なるデマだったので、誰かが故意に流したか、妄想かだ。
故意に流したとするなら、皇都の……しかも上層部に、今回の凶暴化の首謀者が居るのではないだろうか。少なくとも、何らかの関わりがあるのは間違いない。
いぶかしげにアルタイルが呟く。
「ドラゴンが来るにしては、街が静かすぎるのぉ。」
「ん?どーいう事?」
街の住民たちは寝静まっている。まだ起きているゴロツキとかは居るだろうが、夜なのだ寝ててあたりまえ……。
「……まさか、住民には知らせて無いのか!?」
シリウスが目を見開きレグルスを睨み付ける。
「知らせてはならないとの命令だ。『聖霊の加護を祈れ。信仰を試されているのだ。』だと、聖信教はラーヴァを見殺しにするつもりなんだよ。」
シリウスを睨み返し、レグルスは拳を握りしめ歯軋りをする。
「何でそんな事……。」
俺は、人間の恐ろしさを見て、目の前が真っ暗になった。
聖信教のトップは『教皇』、そしてこの国のトップも『教皇』だ。
聖信教と政府は、ほぼ同一と言っても過言ではない。
三権分立の日本では考えられないだろう。
俺は、レグルスの言葉を信じたくないと怒鳴り付ける。
「いくら信仰深い国だと言っても限度があるだろう、ドラゴン相手に『祈れ』だなんて!
誰に祈るんだ、ああ……俺にか!?レグルスが玄関の戸を叩くまで、何も知らなかった俺にか!?祈りってのはどっから聞こえてくるんだよ、教えてくれ!」
バンッ!と机を叩き、俺は脱力して応接用の椅子へ座り込む。
「私たちは、何に祈っているんだろうな……。」
リゲルが力無く呟いた。
アルタイルの呻き声が聞こえる。
「んん……しかし、まさか本当に祈りで退けられるとも思っておらまいに。」
「RENSA(科学者組織)の存在がバレたから街ごと消すとかか?」
「だったら、手配書ひとつで充分だろう。何か他に理由があるんだ、街を犠牲にしなければならない理由が。」
レグルスの嘆きに、シリウスが淡々と返す。
(レグルスとシリウスは何故そんなに冷静なんだ、俺は怖くて何も考えたくないよ。)
これが、平和な国で育った俺との差なのかもしれない。
今すぐあのベッドに戻って、何も考えずに寝てしまいたい。
唖然とする俺の耳にシリウスの声がこだまする。まるで水の向こうから聞こえる声のようにハッキリしない。
「ドラゴンは、あとどのくらいで、ここに?」
「明日か明後日には。」
そんなに早く……この街の人たち全員を避難させるには、時間が足りない。どちらにせよ、鷹便が来た時点で手遅れだったのだろう、計算されていたなら本当に恐ろしい。人間は恐ろしい。
「い、今からでも避難を呼び掛けようよ。せめて知らせるだけでも……。」
「だめじゃ、零史……信仰を捨てて逃げたと見なされれば、どのみち聖信教に殺される。……科学者と、同じじゃよ。」
「……っ。」
アルタイルの言葉に、俺は唇をかむ。
どっちにしろ、俺たちでドラゴンを止めるしか道は無いのか。
「じゃが、国から援軍はあるじゃろう?」
「あるには、あるが……数名の魔法使いだけでな。」
レグルスの言葉に俺たちは耳を疑う。
この言葉にはシリウスも冷静ではいられなかった。
「オレの聞き間違いか?ドラゴン相手に、援軍が数人だけだと!?」
怒りをにじませてレグルスに詰まる。
「『皇都から援軍を出そうにも、間に合わない。』だ、そうだ。早駆けで明日の朝来る数名の魔法使いだけだよ。」
……皆、喉に何かが詰まったような顔をしている。
「ラーヴァが落ちれば、次は皇都かもしれない、そう思ってるのよ。」
ポツリと……アダラが呟いた。
「……それは、ラーヴァを犠牲にしてでも皇都の守りを固めたいという事かの?」
アルタイルが静かな目でアダラを見る。
皇都は、ラーヴァのさらに北側に位置している。ドラゴンの軌道からして、その可能性が高い事は分かるが……納得が出来るものではない。
再びの沈黙がおとずれる。
そこへ、力強い声があがった。
「皇都も聖信教も、おいておこう。ここで何を言ってもしかたがない。
とにかく今はドラゴンをどうするかだ。」
「そう……だな、シリウスの言う通りだ。今は1秒でも時間がおしい。」
シリウスの言葉に、無理矢理にでも気持ちを切り替える。
(嫌だな、ドンドン世界が嫌いになっていく気がする。)
きっと、ハプニングが起きすぎて、心が疲れているんだろう。
「どうしました?零史。」
俺を心配して見上げてくるルナの頭をなでながら、いままでに会った人たちの顔を思い出していた。
スピカ……ベラ、ルディにツィー。そしてここに居るみんな。
この世界には、俺に優しくしてくれた人たち、同じ目標をもつ人たちがいる。
(大丈夫……俺はまだ、この世界をもっと幸せにしたいと思うよ。)
ドラゴンの件が片付いたら、気分転換に天体観測でもしよう。
望遠鏡ってどうやって作るんだろうか?
リゲルが地図を出し、皆が囲むように作戦会議が始まろうとしている。
「まず今回の戦闘区域だが、ジヴォート帝国との国境付近で迎え撃つ。」
レグルスがラーヴァの街から少し南にいったところ、山脈沿いの場所を指差す。
「俺たち騎士団は、街の警護を残して全軍向かう。……といっても1000がやっとだ。」
苦々しそうなレグルスの言葉にうなずき、アルタイルが後に続く。
「RENSAも全員出ねばなるまいな……偵察部隊は用意しておるのか?」
「いや、騎士団はその特質上、国境を越えてしまうと宣戦布告になってしまうんだ。」
戦時中でも無いのにいらぬ火種を起こせば、ドラゴンだけでなくジヴォート帝国まで攻めてきてしまうという事か。
「ならば、我らが偵察してこようかのぉ。」
「お前たちが?」
髭をなでながら場違いなほど朗(ほが)らかにアルタイルが偵察をかってでる。ルナがアルタイルを見上げた。
「飛行機を使うんですね?」
「そうじゃよ。」
「「「「ヒコウキ??」」」」
騎士団の面々とシリウスは、困惑顔だ。
「ヒコウキとは何だ?乗り物なのか?」
シリウスが興味深そうに問いかける。
「飛行機はの~、空が飛べる!馬とは比べ物にならんほど早い乗り物なのじゃ。」
「空を……飛ぶ、冒涜的な乗り物だな。」
リゲルが唖然としている。
「何を言っとる、私と零史で作ったのじゃぞ?冒涜も何もなかろうて。」
アルタイルが心外そうに怒っている。
そう、科学者と聖霊の共同製作。
「オレたちの常識は、本当に勘違いばかりだったんだな。」
シリウスが顔を少し歪めている。
「でも、こここの場面では、とってもありがたい乗り物ね。」
アダラが手をうって喜色顔だ。
「のぉ、零史。凶暴化したドラゴンの激情を零史の能力(ブラックホール)で消す事は出来んかのぉ?」
アルタイルが俺を振り向いく。その顔には、俺への優しさが浮かんでいた。
「そうか、そうだね!ドラゴンを鎮める事が出来るかもしれない!」
魔力を注がれて凶暴化したなら、俺がその激情を奪ってしまうか、魔力を吸っちゃえば沈静化できるのでは無いだろうか。
ドラゴンさえ正気に戻してしまえば、知恵ある魔物だ。お家に帰ってくれるかもしれない。
「では、零史たちは夜のうちにラーヴァをたって偵察に。俺たち騎士団は援軍と合流次第、国境へ向かう。ドラゴンと戦ったこともないからな、戦略は臨機応変だ。」
レグルスが作戦をまとめる。
さすが騎士団の団長、安心感のあるその声にリゲルとアダラが姿勢を正し。アルタイルとシリウスが笑みを浮かべている。
俺とルナも気合い充分である。
「よし、ドラゴンと戦うなんてまたとないチャンスだぞ?準備にかかれ!」
レグルスの号令を合図に、それぞれ足早に散っていく。
俺たちも早く家に戻り、飛行機を組み立てねば!
今夜は眠れそうにない。
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