第37話 人間になりたい
一方その頃、零史の居ないラーヴァの街。
この国で3番目に大きなこのラーヴァの街の中心に位置する大きな建物、そこは零史が市役所と呼んでいるラーヴァの公共機関の集合体だ。
もちろん騎士団もその1つである。
常時勤務しているのは総勢500名ほど、鉱山都市ラーヴァの屈強な男たちに負けず劣らずの猛者が多く。隣国との国境近くという事もあり、精鋭部隊が集められていると言う。
その猛者どもの長、ラーヴァ騎士団団長のレグルスは、昔はヤンチャして『ガラヴァの鬼』の異名を持つほどの賞金稼ぎだったが、25歳の時に志願して騎士団に入ったという経歴を持つ。
その後、ケンカで鍛えた腕っぷしの強さと元々の魔法の才能で、トントン拍子に騎士団長まで登り詰めた。そんな中途採用のレグルスを面白く思わない連中は拳で納得させてきた。
そろそろ40歳になるし、もういい加減落ち着いてきたと自分では常々思っている。黙っていれば見た目はナイスミドルな敏腕上司に見えるが、血の気の多さは筋金入りだ。
彼は今日もリゲルに見張られながら、苦手な書類仕事をしている。
そして書類仕事をしながら、たまに来る部下からの知らせに、的確な判断をくだすのもレグルスの仕事だ。
たとえば……
「隊長!炭鉱夫が殴りあいのケンカしてます!」
「ケンカするなら飲み比べで決めろって言っとけ。」
「隊長!鉱山近くで爆発が起きました!」
「屁に引火でもしたのか?面白そうだ調べて来い。」
「隊長!いま街で『かき氷』が流行ってるそうですよ!」
「知ってるか、アレ考案したの零史のとこのスピカちゃんらしいぞ。」
「隊長!ドラゴンが攻めてきます!!」
「はぁぁぁああ!??」
書類仕事のしすぎで、椅子とくっついたと思っていた尻が、離れた瞬間である。
その突拍子もない報告に、レグルスは自分の耳を疑ったのもしょうがないだろう。
ドラゴンとは伝説の魔物である。知恵があると聞くが、どこに生息しているのかすら謎、その寿命は1000歳を遥かに越えるらしい。
まず人間がお目にかかれるような魔物ではないのだ、最後に目撃されたのが500年だか700年だか前だったはずである。
そんな魔物の王とも言うべきドラゴンが……なぜ!?
レグルスはアゴが外れたのでは無いかと思うほどに口を開いて、固まっていた。
ラーヴァは、今日も見渡す限りの快晴である。
かき氷が飛ぶように売れるだろう。
……その頃、ラーヴァへの帰路を進む零史たちである。
治癒魔法でくっつけたからか、術後の回復が早く、ツィーは元気一杯に零史を質問攻めにしていた。
「貴方は何者なの!?」
「聖霊は何ができるの!?」
「どうしてこの国に来たの!?」
「科学が嫌いじゃないの!?何で好きなの!?」
「宇宙ってなに!?私も行きたいわ!!」
「聖霊でも関係ないわ。私の方が年上なんだから、お姉ちゃんって呼びなさい!」
零史はあまりのマシンガントークに閉口し、口が挟めないでいた。
元気になったツィーに、スピカはニコニコである。今まで年下の子と接する機会も無かったスピカは、初めての年下の女の子ツィーが嬉しいのだろう。
ルナは見た目は小学生だけど、中身がアレだしな。
「ねぇ零史!この馬車の車輪はなに!?変な形をしているわ!」
ツィーは馬車から身を乗り出してキャタピラを指差して俺を見た。
「……あぁ、それは。」
「この形のお陰でガタガタ道も進むことが出来るのね!脱輪も少なそうだし、安定感バツグンだわ!」
「あ、その通りです。」
「それにこの馬車、揺れが少ないわね!」
ツィーが今度は立ち上がり、跳ねている。
「え、あ、ちょっと危ないよ!」
ツィーが跳ねるのに合わせて揺れる車内にルディが悲鳴をあげる。
「わぁぁあああっ揺れるのでやめてくださいぃ……酔うぅぅ、吐くぅぅ。」
どうやらルディは乗り物酔いするらしい。
気にせず跳ねるツィー。
「おぉい!ツィー座ろう!」
「『お姉ちゃん』!」
「お、お姉ちゃん……座ろう……。」
「んふふふっ!」
ツィーは満足そうな顔でおとなしく座った。
「ブッ!!」
御者台でシリウスが吹き出していたのを、俺は見逃していない。
(覚えてろよぉ……。)
完全に八つ当たりである。
「それより零史、この馬車は素晴らしいわ!絶対に売れるわよ!売りましょう!!」
「え、でも、これは1台しかないし……たくさん作るには時間が……。」
グイグイくるツィーに押されて、俺はドンドン仰け反っていく。
「バカねぇ、作るのは職人に決まってるでしょ!私に任せなさい!!ジャンジャン稼いであげるわ、RENSAにも活動資金は必要でしょう?」
「その通りです、お姉ちゃん。」
ついに俺は、ブリッジのような姿勢になっただろう。
ツィーが俺の上に乗って、目をお金マークに輝かせながら高笑いしている。
「オーホホホホ!お姉ちゃんにまっかせなさい♪そうと決まればラーヴァに『エルナト商店』の支店を作るわよ!」
その言葉に1番に反応したのはシリウスだ。
「エルナト商店?ファウダー領グラースの街に本店のある貿易商だろう?」
小首をかしげているシリウスに、ツィーがウインクを飛ばした。
「そうよ!社長のエルナトは、私のお父さんだわ。」
「「エルナトの娘ぇ!?」」
シリウスとルディが飛び上がって驚いた。
世間知らずの俺とスピカとルナは、おいてけぼりである。
「そんなにすごいお店なんですか?」
スピカが俺の上からツィーを優しくどかしながら聞いている。
「社長のエルナトが一代で築きあげた大商店で。今では老舗商店を押し退け、この国一の人気店です。外国の新しい物や美容品が揃う注目度ナンバーワンの店ですよ!」
なるほど、新発売とか新商品とか、ここでしか買えない!みたいなの、みんな好きだもんね。俺も好きだ。
ルディの説明を聞く感じでは、輸入なんでも雑貨店といった所か。
八百屋や魚屋などの専門店が多いこの世界で、百貨店のようなエルナト商店は珍しいだろう。
「ちょうどラーヴァに支店を作りたいって話してたもの、私がラーヴァの支店長になるわ!だからこの馬車の秘密洗いざらい吐いてくれるわよね?」
ニッコリと俺の胸元をワシ掴むツィーはそれはそれはドスの効いたナイス悪役でした。
(なんで!?)
THE☆ヒーローみたいな人募集中。
けして悪役ではないはずなのだが、たまに分からなくなる俺です。
「ラーヴァに着いたぞ。」
シリウスの言葉で馬車が止まる、関所を抜けるために一度みんな馬車かれ降りなければならない。
そして馬車から降りた俺を迎えたのは、
「おかぁえり♡」
「なんでここに居るのかな、ベラトリックスさんや。」
ベッタリと貼り付くほどの歓迎ぶりな変態こと、ベラトリックスだった。
「たまたぁま、ベラも調査官の仕事から帰る所なぁの♡」
「へぇー。」
棒読みで返す、俺は無心で変態(ベラトリックス)に接している。微塵も怯んだ様子が無い。
「かぁわい♡」
「……っ!!(ゾクゥッ!)」
ベラトリックスの低い一言に背筋が凍る。(なんか悪寒が!悪寒がしました!!)
俺は近くに居たルディを、手招きして必死に呼び寄せる。
「ルディ!ルディ!!ねぇ!」
「どうしました……うぅ。」
ルディは少し酔ってしまったようでうつ向きがちだ。今日もイケメンがモサ髪で台無しである。
「このへんたi……ベラトリックスも、RENSAの仲間なんだ。紹介するよ!」
「あ、はじめまして。アルデバランです。ルディって呼ばれてます。」
「えぇーなんでぇ!?ベラの事も『ベラ』って呼ぼぉーよ!」
ベラトリックスが挨拶をしてるルディを放置して、自分をベラと呼べと言ってきた……。
しかし、俺がかたくなにベラトリックスの名前を呼ばなかった理由……それは。
(ベム、ベラ、ベロ、人間になりたい!!妖怪人間しか出てこないんだよぉぉおおお!)
ベラトリックスが俺にしがみついてくる。
ベラトリックスさん、首しまってます。
「ねぇ、ほら呼んでみて、ベーラ♡」
「ぐふっ、ぐへぇっ!(人間になりたい!)」
何故かそこへルディが参戦する。
ベラトリックスとは反対側の肩にしがみついて
「だったら、逆に僕を『アルデバラン』って呼んでも良いんですよ!」
「ぅぐっ!!」
(二人とも、落ち着いて、落ち着いて!)
「二人とも、零史が苦しんでます!離れてください!」
気づいたルナが俺たちに近づき、二人を叱る。
「げほっ、けほっ……ありがとルナ。」
俺はむせてはいるものの、無事に救出されたのである。
ほっぺたを膨らませて不満顔のベラトリックスと、申し訳なさそうなルディがルナに睨まれていた。
俺は締められていた首をさすりながら、二人を見た。
「別に、呼び方なんでどっちでも……。」
「ふぅん?」
ベラトリックスからただならぬ妖気が立ち込める……ピーン!父さん、妖気です!
「あ、今度からベラって呼ぶね。」
「はーあーい♡」
しょせん長いものにはグルグル巻きでありまして。これが俺の処世術だ!
ルディがガクンっとスッ転んで、俺にくいかかってきた。
「えっ、ずっと『ベラトリックス』って呼んでたんですよね?こだわりとか無いんですか!?」
「無いです!」
だって、ベラの方が後が怖いもん!
ベラ、短くて良いじゃないか!人間になりたい。いや、人間だったわ一応。
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