第36話 迷ったらGO!
自分が手術に関わるなんて、微塵も考えた事がなかった。
やったことのある医療行為なんて、市販薬を飲むか、カットバンを貼る程度が限界だ。
例えば江戸時代とか、中世とか、現代よりもずっと昔はどんな風に病に対処していたのだろうか。
手術なんて、機械も無くどうやって行っていたのか……想像もつかない。
現代でも、家で出産する人が居ると聞いた事はあるが、俺は男だし関係の無いことだし、と思っていた……のに!
盲腸炎(もうちょう)なんて現代医療だったら笑い話になるような病気に、必死になっている。
こんなにも汗を流し、脳ミソをフル回転させて。
(ああぁぁぁああっ……ここが日本なら!!)
ルディの麻酔薬と医療器具、そして俺のなんちゃって知識だけで進む手術が……今、終わった。
ただ1つ、異世界で良かった事もあった。
傷口の縫合だ……。
「切開部を、縫うのではなく治癒魔法で修復してはどうですか?」
というルナの発案で、傷跡を残さずくっつける事が出来たのだ。
これには、俺もルディも目からウロコだった。
この前代未聞の手術は、開始から数時間で終わった……終わったんだ、ツィーは助かった。
俺は安堵に、ドサリとその場に尻餅をつく。
「本当に……ルディのお陰だよ……ルディが居なかったらと思うと……。」
自分の想像にブルリと震える。
彼は的確に臓器を探し当て、直前までの緊張を微塵も感じさせない手さばきだった。
「いや、正確な知識と指示のお陰ですよ……ほら、今さら手が震えてます。」
ルディが力無く笑って、俺に手を差し出す。
「どこで、こんな知識を?」
「俺、実は聖霊なんですよ。異世界の知識を持ってるって言ったら信じてくれますか?」
俺はルディに向かってニヤリと笑う。ルディは降参するように、両手を顔の横にあげた。
「こんな手術の後では、信じるしかありませんね。」
ルディが両手をおろして姿勢を正す。
「僕はアルデバランです。ルディって……呼んじゃってますね。そんなに長いかなぁ、僕の名前……。薬師をやりながら、医学を研究してます。」
「あ、すみません。初対面なのに、俺は黒野零史……零史って呼んでください。聖霊で調査官だけど、科学者やってます。」
俺たちは今さら互いの自己紹介をした。この大仕事を乗り越えた後で自己紹介なんて、おかしくって目を見合わせて笑ってしまった。
そしてその視線を、簡易手術台で寝ているツィーに向ける。
「そして、ルディが助けた子は『ララ・ツィー』って言うんだよ。」
「ララ・ツィー……。僕は、医学を研究していて良かった……彼女の命を助ける事が出来て、本当に良かったよ。」
ルディも眠るツィーを見ている。
ツィーの顔色は悪いものの、もう苦痛に歪んではいなかった。穏やかな寝息が聞こえるだけだ。
きっと今日の夜には起きるだろう。
ツィーに毛布をかけたスピカが、俺たちにお茶の乗ったお盆をさしだす。
「よかったら温かいお茶を。
ルディさん、ツィーを助けてくれてありがとうございました。零史お兄ちゃんもお疲れ様。」
疲れが吹っ飛ぶような笑顔だ。
「ありがとうスピカ。」「ありがとうございます。」
髪をまとめていた頭の布をとり、再びモサくなったルディが、両手でお茶を受けとる。猫舌なのか、フーフーとお茶を冷ましていた。
そんなルディの肩をシリウスが叩く。
「お前たちはすごいな。オレは歴史的瞬間に立ち会ったのか!」
「ははは、誰かに言ったら処刑されちゃうけどね。」
「ふふっ、そーですね。僕たちは命を救ったんだぞー?」
「「「あはははは」」」
お茶を飲みながら、この喜ばしい瞬間を俺たちは笑いあった。
「もー、ツィーが起きちゃいますよー!」
と、スピカに怒られても、この笑い声は続いていた。
いつまでも笑う俺に、ルナが首をかしげている。そんなルナの頭を撫でてまた笑った。
それからの話をしよう。
ツィーは宿舎のベッドに移動された。
夜になって起きたツィーは、それはすごいものだった。
「……私、生きて……るの?」
「起きたのね、ツィー!もう大丈夫よ、貴方は治ったわ!」
起きたツィーに真っ先に気がついたスピカが彼女を助け起こして、背中にクッションを入れて座らせる。
「あなたは?」
「私はスピカ、いま皆を呼んでくるわね。」
スピカは隣の部屋で話し込んでいた零史たちを呼びに行く。数秒もしないうちに、ドタバタと足音が近づき、零史たちが飛び込んできた。
ツィーが俺たちを見る。
「貴方たちが私を助けてくれたのね、ありがとう、ご苦労様。感謝するわ!ところで貴方たちは、どちら様かしら?」
そこには、痛みに呻いていた姿が霞むほど、勝ち気な目をした少女が座っていた。
「へ?……俺は、君をここに連れてきた、黒野零史です。こっちはルナ。」
「はじめまして。」
ルナがペコリとおじきをする。
「ルナと、黒野零史ね。お腹が痛くてマジマジと見れなかったけど、意外と若いのね。いくつなの?」
俺がこの世界に聖霊として誕生したのは一年半前だ。だから……。
「えーと、まだ……一歳半かな??」
「そーなの、私より年下じゃない!私の事は『お姉ちゃん』って呼びなさい。」
「え、は?……え?」
ツィーはとてもジョークが好きな子なのかな?
ルナがツィーを睨み付けているような気がする。
「私ちょうど弟が欲しかったのよ。」
彼女は満面の笑みだった。渾身のボケ?をボケ返されてしまった俺は恥ずかしさでいっぱいである。
(『一歳半』って所にツッコミが欲しかったんだけどなーーー!!!)
「分かった?お姉ちゃんって呼ばないと返事しないわ!」
「……はい、お姉ちゃん。」
ツィー俺の言葉にうなずくと、彼女は次とばかりにルディを見る。
「……僕はアルデバランです、ルディって呼んでください。26歳です!」
ルディは聞かれていないのに、年齢を強めに主張していた。
「ルディが私を治してくれたの?」
「そうです、手術で貴方の病気の原因を取り除きました。」
「まぁ、ありがとう!私を助けてくださって!」
ツィーが年相応の顔で喜び、そして更に隣のシリウスを見た。
「貴方も私を助けてくださったのですか?」
「ああ、オレはシリウス。一級調査官だ。」
その言葉に、ビシッとツィーが固まる。
「チョ……チョウサカン?」
にっこりと笑っていた顔がひきつり、ベッドの上で後ずさった。
「調査官ですって!?……いや!いやよ!助かったばかりなのに処刑されたくないわ!!」
どうやら、シリウスが調査官と名乗った事により、科学者もろとも処刑にきたと勘違いしてしまったようだ。
「落ち着いて!大丈夫だよ、シリウスは味方だから。」
スピカが咄嗟にツィーをおさえる。
「うっ!うぐぐ……。」
急な動きに、手術した所が痛んだのだろう、ツィーが呻き声をあげた。
「オレは味方だ、安心しろ。お前を殺したりしない。」
シリウスが片膝をついて、ツィーを覗き込む。
スピカがツィーの手をとって語りかける。
「私たちは、RENSA(レンサ)。科学者の組織よ。」
ルナが一歩前に出て胸を張っている。
「そうです。私たちはある崇高な目的の為、貴方のような者を救おうとしています。」
(崇高な目的って……宇宙の事かな?)
「ルディもツィーも是非、考えてみて欲しい。俺たちはこの国の間違った知識の為に苦しむ人たちを助けたいんだ。」
(もちろん、宇宙飛行士も同時進行で目指すけど。)
二兎追うものはどっちも欲しい、だから超頑張る。
「今すぐは返事できないかもしれな……。」
「いいわ!私もRENSAにいれなさい。」
ツィーが俺の言葉を遮る。
「へ!?いいの?ツィーは科学者じゃないのに?」
「貴方たちは命の恩人ですもの。それに、治癒魔法の効かない病気を治した技術……無くすのはおしいわ。」
ツィーの目がギラリと輝いている。
小さな女の子とは思えないほどの眼光である。おそろしや。
俺の隣のルディは、そわそわと落ち着かない様子だ。
「僕は……魔物の狂暴化を調査しに、この村に来たんだ。だかれそれが解明するまでは……。」
「あ、それはもう解けてるよ?」
「え!?……はぁぁあ??」
どうやらルディは、魔物の凶暴化を調査しに、この村に来ていたようだ。
この後、凶暴化の真相を根掘り葉掘り聞かれ、シリウスとの出会いまで話すはめになった。
「俺たちはラーヴァの騎士団と協力体制にあるんだ。凶暴化については、騎士団が黒幕の捜査をしてる。」
「……は、はぁ。」
ルディは呆けた顔で、突っ立っている。
そんなルディに、我らがRENSAの採用担当シリウスがキリッとした目で問いかけた。
「どうだ?ルディ。仲間になってくれるよな?」
最高のイケメンスマイルで威圧していく。
「え、あの……えっと……。」
そこへなぜかツィーも参戦した。
「煮えきらない男ね、本当に私のお腹を切った人かしら。そんなんじゃチャンスを逃しちゃうじゃない。迷ったらGOよ!」
ツィーはベッドに座ったまま、白い歯を輝かせてガッツポーズをきめている。
ツィーって、中身オジサン入ってるんじゃないかって思うのは、俺だけかな?
ツィーの横のスピカは、胸打たれたように瞳を輝かせていた。
(スピカ!?)
この後、無事?にルディもRENSAの仲間となり……騎士団も含めると、かなりの大所帯となった気がする。
フリーメイソンには遠くおよばないが、ようやく軌道にのった気がする。
ツィーの回復を待って、一行はラーヴァへと帰還した。
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