第35話 少女漫画でお約束のアレ



「無理無理無理無理、ムリですって!僕には無理!!」


若草色のモッサリ頭をブンブン振りながら全力で拒絶する青年が居た。


「彼はアルデバラン、長いから『ルディ』って呼んでいいぞ。」

「え、シリウスがそれ言っちゃうんだ?」


俺は部屋の中央に置かれた机の上にツィーを寝かせる。


「うぅぅ……ぐぐぐぐぅっ!」


呻いている彼女を見て、ルディは1歩後ずさった。


「ひいぃっ、本当に痛そうにしてるぅぅぅ!」

「当たり前だろ……痛みの原因、わかるかな?」


俺はルディを見た、ちょっと……いやかなり頼りない青年だが、大丈夫だろうか。


「えぇと、どこが痛いですか?」

「うぅ、うぅーー!」


ツィーは右下腹部あたりを抑えてルディを見た。彼はおそるおそるだが、ツィーのお腹の服をまくりあげて確かめている。

手つきは意外と躊躇が無い。


「人を診るのは初めてなんですか?」

「生きてるのは……って、当たり前じゃないですか!『科学者』ですよ!!」


ルディがこちらを見ずに答えた。

そうか、科学者は人にバレると処刑されてしまうんだったな。当然、人間に治療を施した経験は無いか……。

ルディがツィーの腹のある箇所を押さえると、呻き声が激しくなる。


「うぐぐぐぐぐぐ!」

「ツィー頑張って、きっと治るからね。」


スピカがツィーを励ます。


「ここか……ううーん。」


ルディは弾かれたように自分の鞄から紙を取り出し睨み付けるように固まる。

俺は彼の手元を横からのぞきこんだ。


「……人体解剖図。」

「これが?人間の中身なのか??」


シリウスも反対側から覗き込んでいる。

ちょっと気持ち悪そうにしているのは、きっとヌメヌメ系が嫌いだからだろう。腸とかすごく良く書けてるしな。

とか言ってる俺も、生物の教科書くらいでしか見たこと無いけど。あと医療ドラマとか?


「むかし祖父(じっちゃん)に貰ったものなんです。祖父(じっちゃん)は旅の行商人から。祖父は薬師で一緒に死体を解剖した事があって、本当にここに書かれている通りでした。」

「お祖父さんは……。」

「一昨年亡くなっちゃって。」


そうか、お祖父さんなら頼りになるかもとか思ってごめんなさい。心の中でルディに謝っておく。


薬師はこの世界ではセーフだ。

治癒魔法で治せないツィーのような子に痛み止めを売ったり。タバコに似た嗜好品なども扱っている。あと、魔物避けの薬とか。

植物から作られるものは幅広く取り扱っているのだ。


「痛いのは、このあたりですよね……張った感じもありましたし。」


アゴに指を当てて悩んでいるルディを横目に見ながら、俺も考える。

地球の知識で分かることは無いだろうか、白い巨搭とか、ドクターなんちゃらとか見たんだけどな。


「なんっかひっかかるんだよな……見たこと?ある?いや、違うな……むかし……。」

(なーんか思い出せそうで思い出せない、モヤモヤする。ここまで出かかってるんだよなー。)


俺は落ち着き無く、首をかしげている。


「虫垂炎。俗に言う『盲腸(もうちょう)』では?」

「それだーーー!!!中学の時に俺がなったやつ!」


ルナの一言に、俺は手を打ち指をさす。モヤモヤがスッキリと晴れ、喜びのあまり結構大きな声がでてしまった。


「「もうちょう??」」


シリウスとスピカが目を見合わせている。


「私にも零史の記憶があります。零史が盲腸炎になった時とソックリだと思ったので。」

「そうだよ、ルナ!あの時ソックリだ!」


ここにはレントゲンも最先端の機械も何も無い、だからハッキリそうだとは本当は言っちゃいけないのかも知れないが、今のツィーは、盲腸炎の俺とあまりにもソックリだった。


「盲腸炎なら、手術の前に怖くて調べまくったから分かりますよ!何なら手術の跡も見ますか?」


俺は服に手をかけながら、力強くルディに語りかける。どちらにせよ、俺たちがどうにかしなければ、ツィーが助かることは無いのだ。

家を飛び出し、処刑覚悟で科学者を訪ねてきた彼女の意思でもある。


「虫垂ってここの事ですか?え、詳しく教えてください!」


ルディは、さすが医学者らしく前のめりで俺に掴みかかり、お腹を覗き込んでいた。


「その……盲腸炎ってのは何なんだ?治せるのか?」


シリウスが解剖図と俺を交互に見ながら聞く。俺は解剖図の下腹部を指差して答えた。


「ここ!腸の下のニョロって出てるとこが虫垂。そこに膿が溜まってるんだ。ちょんって切れば治る。無くなっても大丈夫な臓器だし。」


ルディが俺の言葉を感心して聞いている。


「へぇ、切るんですか!誰が?」

「ルディさんが。」

「僕が?」

「そう、あなたが。」

「………………………………え?」


沈黙が流れた。ルディは固まっている。


「俺は知識はあっても、手術は出来ませんもん。」

「ぼぼぼぼぼ僕が!やるんですか!?無理ですよおおお!」


シリウスが叫び後ずさるルディを押さえる。


「前に解剖したんだろ?」

「死体ですよ!」

「魔物は?」

「いや、家畜ならありますけど、人間じゃないですよ!?」

「でもお前がやらなきゃ死ぬぞ?」

「……っ!!」


ルディがハッと机に横たえられているツィーを見た。


「うぐぐぐぐぐぐ……。」


彼女は背を丸め、スピカに励まされながら呻いている。

ツィーに声をかけていたスピカが、ルディの方を見た。


「お願いです、ツィーを助けて。」

「……。」


瞳には涙まで浮かんでいる。

健気な少女にお願いされて断れる野郎がいるだろうか、いや居ない。

ルディは1度ため息がちに下を向いて、顔をあげた。


「はぁぁ……、分かった!分かりました!助けますよ!祖父(じっちゃん)の名にかけてね!」


ルディは、意外に度胸のある青年のようだ。やればできる子に違いない!

何だかんだと弱音を吐きながらも、決意してくれた。


「俺にも手伝える事はあるか?」


シリウスは冷静にルディに指示をあおぐ。


「じゃあ、うんと度数の高いお酒とお湯を。殺菌に使います。」

「私にも手伝わせてください。」

「清潔な布を、たくさん用意して。」


ルディはスピカにも指示を出しながら、自分の持ち物から道具をドンドン取り出していく。


「では私は魔法を使って、この空間の不純物を取り除きます。」

「そんな事ができるの!?」


ルナは、簡易手術室と化したこの部屋を、能力(ブラックホール)を使って無菌室にするようだ。ルディは驚いてルナを二度見している。


「俺は何を……。」

「あ、君は僕に手術の手順を教えてください。」


ルディが俺を振り返りながら言う。彼はモッサリしていた髪を、鞄から出した布でまとめながら俺に駆け寄ってきた。

前髪に隠れていた顔は、タレ目と泣きボクロがチャーミングなイケメンだった事を報告しておこう。


少女漫画かよ!




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