第34話 ララ・ツィー
そして急ぎ村へと向かいながら、シリウスに連絡を入れる。
念のため、シリウスにのみ聞こえる暗号通話だ。
指輪をそっと近づけて、リーンと鈴の音が聞こえてから話し始めた。
「シリウス、道中で治癒魔法では治せない病気の子が倒れていた。今からポーレ村に連れていくから、医学者の捜索を急いでくれ。すぐ着く。」
暗号通話は一方通行なので、返事は聞かずに切る。最後にもう1度リーンと鳴って、俺は手綱を握った。
もう遠目にポーレ村は見えている。
シリウスが滞在しているのは確か、調査官や騎士が宿泊する為の、公務員用の宿舎を借りているはずだ。
前は使わなかったが、場所は調べてある。
村が近づき、段々と賑わいも出てきた。
昼間近のポーレ村だ。村の入り口あたりは何軒か店が並んでいるので、小さな商店街みたいなものだ。
【リリーーン♪】
もうすぐ村に入るという所で、指輪から鈴の音が鳴る。
シリウスからだろうか、スピカと目を合わせる。
ララ・ツィーは痛みでぐったりとしていて、気がついていないようだ。顔が赤く、息が荒い。
痛みを治癒魔法で抑えてはいるが、気休めにすぎないだろう。
ようは鎮痛剤みたいなものだ。原因はそのまま、何の解決にもならない。
【零史、医学者を確保した。宿舎に来い。】
「……っ、わかった!もう村に入る。」
【ああ。】
鈴の音で通話が終わる。朗報だったようだ。
村の入り口にある関所へとさしかかる。
はやる気持ちとは裏腹に、慎重に馬車をすすめた。
ここで不審に思われて呼び止められては、そちらの方が時間がかかってしまうだろう。
村の入り口の詰め所にいる兵士に調査官の身分証を見せてにこやかに挨拶をした。
荷台のスピカとルナが無邪気に手をふり、すんなりと関所を通過する。セーフ。
……と思っていた所へ、後ろから呼び止める声が聞こえた。
「ちょっと待ってください!!」
詰め所の奥からもうひとり兵士が出てきたのだ。ドタドタと慌てるように出てきた兵士に、俺は冷や汗が止まらない。
(何もおかしな事はしてないはず!)
大丈夫だ、落ち着け……バレる要素はどこにも無かった。たぶん。
「あのっ!前にシリウスさんと来てた調査官の方ですよね??」
声の大きな、ゴールデンレトリバーみたいな若い兵士がにこやかに駆けてきた。
「自分、前にいらっしゃった時にこの詰め所の当番だったです!」
「そうなんですか!……もしかして報告漏れとかありましたか?」
焦りを悟られないように必死だ。
「そそそそうじゃないですよ!あのあと、実は『魔物の凶暴化事件』だったって聞いてお礼が言いたかったんです。」
「お礼??」
はて、俺は仕事をしただけだし、あの事件がきっかけで捕まったりなんだりと色々あったが……お礼を言われるような心当たりは無い。
「自分の父ちゃんは、魔物が凶暴化して半壊した町の兵士だったんです。」
「……え?」
まさか、暴走した魔物に……??
「……あ、いやいやいや、生きてますよ?ピンピンしてますが、足を切断されたんで、もう兵士は続けられなくて。この村に越してきて今は牧場やってます。」
「元気なら良かった。ではこれで!」
ララ・ツィーの容態が心配だ。早く話を終わらせないと。
「あ、待ってください。コレを!お礼に!」
「へ?チーズ?」
「父ちゃんの牧場でとれた初物なんです。凶暴化した魔物討伐のお礼にって。」
俺はチーズを受け取りお礼を言おうとした。
「あ、ありがとうございま『ぐぐっ……うぅっ。』すぅぅううううう。」
ツィーの呻き声をごまかすために、異様な感謝の言葉になってしまった。
「ぅわっ!大丈夫ですか!?」
「いえ、お構い無く!大丈夫です!チーズが嬉しくて……ははは。では、そろそろ……。」
「あっ、スミマセン!お仕事中に引き留めて。お気をつけて!」
彼は怪しんだ様子も無く、手を振りながら見送ってくれる。なんて素直な人なんだ、ありがとう。
俺はやっと馬車を発進させて、手を振り返した。
「うぅぅぅ……。」
ツィーはしんどそうに呻いている。スピカがツィーを支えながら、あやまった。
「ごめんなさい……、零史お兄ちゃん。……っ。」
治癒魔法は本当にコスパが悪いな……スピカのもそろそろ限界だ。せめて鎮痛剤を持っていれば……。とにかく急ごう。
村に入ってからはすぐだ、宿舎の前にシリウスが待っていた。
「零史、彼は中にいる。……少女の話はした、だが。」
俺はとにかく運ばないとと思い、急いでララ・ツィーを抱える。
シリウスは困り顔でついてきた。後ろにスピカとルナも続く。
「どうしたんだ?何か問題でも?」
「科学者は見つけたんだ、喜んで協力してくれるらしい。だが……。」
「ほんとか、良かった!」
俺はシリウスの誘導で、宿舎の奥の部屋へと入る。
そこに、医学者は居た。
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