第33話 藁にもすがる覚悟


シリウスが調査に出た、二日後。

その知らせは届いた。


晩御飯がちょうど終わって、アルタイルの研究進捗を聞いていた時だ。通信機がリンと鳴る。

この音は、亜空間に鈴を吊っただけなのだが、なかなか便利で呼び出し音として使っている。

鈴の音の後にシリウスの声がした。


【ポーレ村で、足を骨折したビーフに沿え木が固定されているのを見つけた。治療行為?だよな?】

「そうなのか?この世界では骨折した時も治癒魔法だけ?」


ビーフとは牛のような魔物の事で、この世界のビーフは生きてても『ビーフ』だ。


【治癒魔法だけだな……というより、固定しただけで治るのか?】

「固定してたら、骨がくっつくんだよ。」

【折れた骨が……くっつく?】

「ほう、骨は固定しておけばくっつくのですな。接着剤も魔法も無しにですかな?」


アルタイルが興味深そうにしている。

どうやらこの世界は、人体に関する知識がいちじるしく少ないようだ。

なるほど、開腹医療が許されない弊害かもしれない。


治癒魔法は他の魔法より多くの魔力を使う。これは知識によるイメージが薄いせいだ。

ただこれでは、大ケガや大病の場合……治癒魔法を使った方が、魔力欠乏で死んでしまう可能性もある。

治す方も命がけなのだ。


「確かに手配書の噂通り、医学者がおりそうですな。」

アルタイルは期待顔だ。


【騎士団には、噂はデマだったと返答してもらうか。】

「そうだね。明日、俺たちもそっちへ向かうよ。お疲れ様シリウス、もうちょっと頑張って。」

【ありがとう。】


そしてもう一度、鈴の音が鳴って通話は終了だ。

しかし、ポーレ村……またあそこか、前にシリウスと調査官の昇級試験に行って、俺が捕まった所だ。

そして魔物が暴走した所でもある。あれは結局、魔法だったが……その村に医学者。偶然かな?

とりあえず、行ってみよう。話は直接聞けばいいしね。


そして翌朝、朝食も早々に出発する。

今日の留守番はベラトリックスとアルタイルである。あまり目立つと困るので、少人数で向かうことにした。

俺とルナ、それと最近置いてけぼりばかりで拗ねていたスピカが、本人の強い希望により同行する。


「私も、零史お兄ちゃんと一緒に行きたいよぉ。」

「をぅぅっ!……はぁ、わかったよ。」


ウルウルと瞳に涙を浮かべて見上げてきたスピカに、そう言われると断れないだろう!?俺はため息混じりに同行を認めた。

ルナもスピカも、近頃俺の扱いに慣れてきてないだろうか?


とにかく出発だ!

俺たちは馬車に乗ってラーヴァの街の関所を出た。

日はまだ登りきっていない、朝焼けが綺麗だなぁとか会話しながら穏やかな道程だった。

ポーレ村についたら、シリウスと食べる為のサンドイッチもスピカが作ってくれている。


俺はウキウキしていた、なんせ始めての本格的な勧誘である。RENSAとして大切な日になるだろう。

医学者だって、RENSAには必要だ。無重力状態が人体へ与える影響とか、宇宙で体調が悪くなった時に一人は同行して欲しいものである。


男、零史……俺の夢の為に、医学者をなにがなんでも勧誘します!俺は青空に向かって決意を新たにした。

トコトコと馬を走らせもうすぐポーレ村という所だ。

俺は道端で踞(うずくま)る女の子を発見する。


「おーい、大丈夫?どうしたの?」

「うぐぐぐぐぐぐ……。」


馬車を止めて駆け寄り、呻くその子を覗き込む。

スピカより少し幼い印象をうけた。淡いピンクの髪をツインテールにした、身なりの良い子だ。


「見た感じケガは無さそうだけど。お腹が痛いの?」

「うぐぅ、ぐぐぐぐぐぐぐ!」


スピカも近づき、女の子の背中をさすった。

彼女も呻き声でなんとなく返事をしているようだ。小刻みにうなずいている。

俺はお腹を抑えてうずくまる女の子を見てひっかかりを覚える。


(この痛がり方……。)

「ちょっと待ってね、いま治癒魔法を……。」

「あ、ありがどぅぐぐぐ……はぁ、はぁ……っ!うぅ、いだいぃ。」


スピカが背中をさすりながら、治癒魔法をかける。が、女の子の状態は良くならない。むしろ、スピカの疲労が積もるばかりである。


「うっ……はっ、はぁ。」


俺は、額に汗を浮かべるスピカの肩に手を置き魔力を供給する。


「このままじゃ、スピカまで倒れちゃうぞ。」

「でも……。」

「原因が分からなければ、イメージが固まらず治癒魔法の魔力消費がかさむだけです。スピカの魔力量でも死んでしまいますよ。」


ルナがそんな事を言う……そうか原因が分かれば、そこだけに治癒魔法を集中できて、かつイメージがし易い。だったら……。


「とりあえず、放っておけないし。馬車に乗せてポーレ村に連れていこう。それで大丈夫?」

「はぃぃいいぅぐぐぐぐぐぐ……。」


これは同意って事で良いのかな?俺はその子を抱き上げて馬車に乗せる。スピカとルナが隣に付き添い、俺は馬車を走らせた。

ポーレ村には医学者が居る可能性が高い、医学者なら原因を知っているかも。


「ポーレ村まで、あと少しだ。頑張れ!」


馬車の中で、スピカが痛みを和らげるように治癒魔法をかけながらだが、女の子の話を聞くことが出来た。


彼女の名前はララ・ツィー。

ある日突然右の腹部が痛みだし、治癒魔法を何度もかけたが効果が薄く。

『不治の病』と診断を、下されてしまったらしい。

何度か試したけどダメだったから不治の病……そんな簡単に言われて納得なんて出来ないだろう。俺だったら激怒する。

だが、これがこの世界の医療の限界だ。


彼女が痛みを和らげる薬を飲みながら眠り、痛くて起きるという日々を3日ほど送った時である。

医療行為を行う科学者の噂を聞いたのは。

藁にもすがる思いだった、魔法で治せないならいっその事……と思ったのだという。


なんて思いきりの良い……この世界の常識では考えられない事だが、痛くて痛くて我慢ならなかったのだという。

どうせ死ぬなら、いっそ噂の医学者にみてもらおうと一人で家を出て来たのだそうだ。


しかし、あと少しというところで薬も尽きて動けなくなっていた所へ、俺たちが通りがかった訳である。

もしも俺たちじゃなければ、科学者に賛同するものとして処刑されてもおかしくなかった。


「……ぐっ、そんな事は覚悟の上だわ。うぅぅ……。」


と呻いていた。かっこいい。

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