第22話 騎士団での実験

「魔力をそのまま注ぐなんて、前代未聞ですよ……。」


中央にいるローブの男性が魔力を注ぐ役割のようだ。魔法使いっぽい格好なので、魔法に特化した騎士団員なのだろう。


ゲージを、みんなが見守る円の中心に置いて、両手をスライムにむかって重ねるようにして魔力を注いでいる。

その様子を騎士団がジッと見守っていた。


俺とルナも、男の重ねた両手から青く光る魔力か流れていくのを見ている。

最初は細く少量の魔力が注がれていたが、段々と蛇口をひねるように増えて……しだいに滝のように流れる。


「いったい、どれくらい注げばいいんですか!?」


かなりの量を注いだのだろう、団長へ向かって悲鳴のような声をあげた。


「スライムだから、そんなに必要ないだろう?」

「僕は分からないから聞いてるんですよぉ……。」


彼は困った顔でスライムに向き直った。

すると、みんなの見つめる中、スライムが苦しそうにぐねぐねと形を変えだした。そしてブルブルと震え始める。


「なっ!」「まさかっ!」「いや、まて、まだだ。」


その変化に騎士団全員が、驚きの声をあげた。

しかし、まだ暴れはじめる程ではない。

するとそこで、魔力を注いでいた騎士団員が地面に膝を着く。

どうやら魔力に限界がきたようだ。


「はぁ、はぁ……もう、無理です。」


騎士団員を見ると、かなり消耗しているようで、身の内の魔力の光がとても弱くなっていた。

ルナが、スライムを見つめて言う。


「どうやら、あと少し魔力が足りないようですね。」


その言葉に団長が驚きの声をあげた。


「おいおい、こいつは騎士団でも魔力量だけなら1、2を争うんだぞ?」


貴公子が前に進み出て、ルナと俺を睨み付け、嘲笑を投げる。


「ハッ!科学者が、死ぬのが怖くて大嘘をついたんじゃないですか?」


そこへシリウスが貴公子を手で制す。


「いや待て、オレが見た時の凶暴化の前兆に似ている。」

「本当か?じゃあ、俺がつぎ足してやろう。」


そういって、レグルス団長が前へ進み出てきた。さっきのローブの男性は、同僚の手を借りて下がる。

レグルス団長が、うごうごと苦しそうにもがいているスライムに手をかざし、ドンっとその黄色く光る魔力を叩き込んだ。さすが団長になるだけあり、さっきの男性に負けず劣らずの魔力を注いでいる。さすがに立てなくなるほどの魔力をそそぐような愚行は犯さないが。


レグルス団長から魔力を叩き込まれたスライムは、その魔力にハジけてウニのようにトゲトゲになり、その体を硬直させた。そしてその全身に、血走ったような緑の血管模様が浮き出る。


(あの血走ったような模様、やっぱり凶暴化の特徴か。)

「総員、防御っ!!」


レグルス団長が叫ぶ。

素早く一糸乱れぬ動きで全員が防御体勢をとっていく。俺たちの前にもシリウスが躍り出て、土魔法で壁を作ってくれる。


その一瞬の後、硬直するように停止していたウニのようなスライムが、全方向にそのトゲを飛ばし始めた。

ビシュッシュシュシュシュッ!と空を切る音が耳元を掠める。


「リゲル!!」

「はい!」


団長が誰かの名を叫びなが前に躍り出るのと、貴公子が魔法を放つのがほぼ同時だった。

貴公子が放った風の魔法が団長へと向かっていたトゲの進行方向を反らす。

その隙に団長が自らの剣に魔法を纏わせて突進し、上段から振り下ろした。


ドゴォオオオオッ


という音と土煙があがる。そして、視界が晴れると、そこには。

クレーターのように凹んだ地面に、真っ二つになったゲージ。そしてスライムがシュウウウと地面に溶けて消えた。

そのクレーターを作ったであろう団長が、ゆっくりと戦闘体勢を解く。

レグルス団長はその剣を鞘に納め、俺とルナを振りかえる。


「すまないが、もう一度お前たちの話を聞かせて貰おう。今度はちゃんと座ってな。」


団長は、不自然なくらいの笑顔で俺たちを見ていた。YES以外の返答を許さない空気を感じ取る。


「はいぃっっ!喜んで!!」


俺は元気な居酒屋のバイトのような返事を返してしまった。

どうやらおきに召したようで、シリウスに縄をほどくように指示を出している。


「もう科学者の疑いは晴れたんだ、ひとまず縄を解いてやれよ。」

「分かった。」


リゲル君は不満顔だったが、俺とルナを拘束していた縄がほどかれた。

団長は他の騎士団員たちを見回す。


「お前たち、騒がせたな。引き続き仕事してくれー。治療や休息が必要なものは、医務室行ってこい。」


騎士団員たちはそれぞれの役割にわかれて迅速に持ち場へ戻っていった。そして俺とスピカ、シリウスとレグルス団長とリゲル君の5人は最初の部屋、団長室へと戻る。

レグルス団長がため息をつきながら次席へと沈み混むように座り、頭を抱える。

そして部屋に入ってすぐのソファへと座った俺とルナを見る。


「あー……面倒事の予感がする。」

悲壮感を滲ませて呟いた。


「団長、魔物の狂暴化が魔法なら……犯人はいったい誰なんでしょう?」


リゲル君が団長へと、眉間にシワをよせて問いかけている。


「リゲル……お前、本当に気づかないのか?」

「は?団長は誰か分かったんですか?……っ!やはりこいつらが!?」


リゲル君は、よほど俺たちが気に入らないらしい。

1回敵だと思った人に対して、すぐ認識を改めろと言われても難しいのは、わからなくは無いが……もう疑いは晴れたはずなのでちょっぴり傷つくよ?

まあ隠してはいるが、本当は科学者なのは当たってるので、罪悪感から強く出られない。俺は困ったように笑っている。

そこへシリウスの言葉が挟まる。


「問題は、狂暴化に必要な魔力量だ。」

「そうだ……。うちの騎士団でも魔力量がトップクラスのルナーでも、スライム一匹狂暴化出来ないほど魔力を使う。」


レグルス団長は瞳に剣呑な光をうつしてリゲルを見上げる。


「これがどういう意味かわかるか?」


リゲルは団長の言葉に目を伏せて考える。


「ルナーは、騎士団だけでなく、国内でもかなりの魔力量を誇ります。……ということは、あの狂暴化の魔法は複数人の組織による犯行……という事でしょうか?」


その答えに、レグルスは背もたれにもたれて腕を組む。


「そうだな、その可能性もある。答えとしては50点だ。」


リゲルがムッとした顔をする。するとずっと考え込んでいたシリウスが声を発する。


「複数人という可能性もあるが……とてつもなく魔力量の多い人間の犯行、という可能性もある。」

「あのスライムには、ルナーの魔力と団長の魔力もかなり注ぎました。それほどまでに大量の魔力を持っている人間なんて……まさか……。」


話している途中で気がついたのか、リゲルがハッとレグルス団長の方を見る。


「悪魔の子。それ以外に考えられんな。」


レグルス団長は、厳しい目線を宙に投げていた。


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