第20話 焼き焦がす者


調査官の昇級試験に来た俺とシリウスとルナは、予想以上に成長してしまった?植物に度肝を抜かれていた。

明らかに回りのものを補食して大きくなっている、うごめく蔦の塊をただ唖然と見つめている。

野生のディアが、俺たちの目の前で宙を舞っていた。


「あ……あの、これって植物の魔物?ですか?」


ルナも知らない新種の植物らしいし、俺はシリウスに聞いてみる。


「そんなはずない!植物型の魔物なんて聞いた事がないぞ!?」


なんと、世紀の大発見だったようだ。


「もしかして……奴らが。」


シリウスは黙り混んでしまう。そこへルナが疑問を投げ掛ける。


「こういった場合、調査官はどのように対処するのですか?」

ルナはどこまでも冷静に学んでいるようだ。


「はっ、そうだな……まず、調査官で手に負えそうにない魔物は、騎士団に連絡して、討伐隊を編成する。」

「はい。先輩!」


俺は元気よく右手をあげる。


「なんだ?」

「あぁあああの植物、俺たちの方をロックオンしてるっぽいです!」


うごめく緑色のオッコトヌシ様が、ウゴウゴと俺たちの方へ這いずるように近づいてきていた。


「やばい!」

「1度撤退しますか?」


ルナがオッコトヌシ様 (仮)を睨み付けながら聞く。しかしシリウスからの返答は違った。


「いや、俺たちの後ろには村がある。いまから騎士団に向かっても間に合わない。オレが残る。」

「え!?何言ってるんですか!?」


シリウスが零史とルナへ振り返り厳しい顔で怒鳴るように言う。


「お前は弟をつれて、村へ避難勧告を!それから騎士団へ伝令に迎え!」


あの気持ち悪い奴が、どのくらい強いのかはまだ不明だが、シリウスを一人残すのは戸惑われる。

俺はワタワタと落ち着かない動きでシリウスの肩を掴む。


「勝てる算段はあるのか!?」

「……ない。けどやる。」

(ノープランかよ!)


シリウスを一人置いてはいけないし、だが村人が……なんて考えていたらオッコトヌシ (仮)はもう目の前だ。

シリウスが右ストレートを放つと、拳に渦巻いていた炎が螺旋を描いて魔物を襲う。

触手のような蔓を何本か燃やし尽くすことに成功した。


「何やってる!はやくいけ!!」


シリウスは立て続けに炎のパンチを飛ばして、足止めを試みていた。時にはステップで避けて燃やし、火拳を飛ばしたり腰に下げていたナイフで切りつけたりと、実力は素晴らしいものだ。魔法は火属性が特異なのだろう。

だが、燃やしても燃やしても生えてくる蔦に悪戦苦闘しているようだ。植物に炎は相性良さそうだが、いかんせん再生能力に負けている。

俺は戸惑いルナを見る。


「やれるだけやってみない?」

ルナは焦る様子なく、俺を見て笑った。

「賛成です。」


俺とルナはシリウスより前へと駆け出る。


「おいっ、お前ら!」

焦るシリウスの悲鳴が聞こえるが、足を止める事はない。


「これは俺の昇級試験なんですよね?」

「私たちに任せてください。」

俺とルナは笑顔で振り返る。

「バカか!戻れ!!」


一気に魔物との距離をつめる。


「ルナ、分かってるよな。派手なのはバレちゃうから使っちゃダメだぞ。」

「もちろんです。」


俺たちの使える魔法はブラックホール。派手にぶちかますと色々とまずい。

この世界で主流の魔法は、火・水・風・土の四属性だ。それら以外の魔法は人間には実用不可能なのである。

使おうとして使えないことは無いのだが、原理の分からない魔法は、イメージも弱くなり、使う魔力も膨大になるからだ。しかし、科学者を排除しているこの世界では、原理には到底(とうてい)到達(とうたつ)することが出来ないだろう。

これを特殊魔法と呼ぶ。治癒魔法もこの分類だ。

そんな特殊魔法をバンバン放っていたら、怪しまれてしまうだろう。


「鎮まりたまえーい!」


襲い来る蔓に、小さなエネルギー波を当ててはじいていく。ルナも、ムチのように襲いかかる蔓をはじく。これで、敵の攻撃いなすのがすごく上手い人に見えなくもないだろう。


「ルナ、こいつの再生能力、異常だよな。」

「異常な魔力のたかぶりを感じます。」


二人で植物の中心部に近づこうとジリジリと近づくが、中々抵抗が多く一進一退だ。

やっぱりてっとり早くブラックホールで……と思っていると、突然触手が火柱に包まれる。


「うぁっち!シリウス!?」


火柱によって、何本もの触手を焼かれたオッコトヌシ様 (仮)の動きが鈍る。


「負けてらんねぇ。」


ニッと笑ったシリウスが、続けざまに炎の攻撃を再開した。


(わ、笑ったーーーー!)


俺はシリウスの笑顔を見て、謎の感動を覚えていた。

野良猫がやっと触らせてくれたときの感動に似ている!

イケメンの笑顔は破壊力抜群だ。


「零史、この魔物ですが、どうやら許容量以上の魔力を注入されているようです。」

「注入……?オーバーヒートしてるってことか?」

(自分のキャパを越えて魔力を詰め込まれたからラリって、暴れてるってことか?)

「零史、彼の魔法が良い目眩ましになります。このまま畳み掛けましょう!」


ルナが叫ぶ。確かに、火柱と火拳の炎や煙は俺たちまで巻き込まんほどの勢いだ。


「了解!植物ってのは、日光と~空気と~水で育つって理科で言ってたよな?じゃ~その水分全部もらおっかなぁ~。」


俺はズボッと右腕を動きの鈍くなった巨体に突き刺して、一気に能力(ブラックホール)で水分を吸収していく。


「ぉらぁぁあああ!」

(見よ!これが吸引力の変わらない只一つの掃除機!間違えた……ブラックホール!!)


するとみるみるうちに蔦は枯れていき、緑と赤のクリスマスカラーは茶色に変色していった。

ここで問題です。植物は、生きている時は燃えにくいですが、枯れると?


「零史、早く戻りましょう。さすがに炎に焼かれないのは、言い訳のしようがありません。」

(キャンプファイアーみたいになってるーーー!!!)


急いでルナを抱えてその場から離れる。服が少し焦げてないか心配である。


「げっほ、けほけほ。」


エネルギー体である俺とルナが燃える事は無いが、いまここにはシリウスが居るので急いで離脱だ。

オッコトヌシ様 (仮)は、それはそれは大きな焚き火になりましたとさ。

と、そこへシリウスが駆け寄ってくる。


「大丈夫か!」

「シリウスの炎に焼かれるかと思った~。」


目付きが鋭くなるのは許して欲しい。手加減なしだった、マジで。


「すまない。それよりも、あの魔物……いきなり枯れたかと思えばすごい勢いで燃えたな……零史が何かしたのか?」


シリウスが首をかしげて焚き火を見て、俺たちに向き直った。


「さぁー、俺も内側から炎を使ったからじゃないかな?死んだから枯れたとか?」

「私たちにも良く分かりません。」


とりあえず誤魔化しておく。


「そうか。まぁ新種の植物……というより新種の魔物だからな。」

「そういえば、シリウス。……戦う前に『奴ら』とか何とかつぶやいてたけど、なにか知ってるのか?」

「『奴ら』とは、誰の事でしょうか?」


シリウスは苦虫をかみつぶしたような顔を一瞬見せて、ため息をつき。いまだ燃えている魔物を見る。


「ここ数年、村や町が魔物に襲われる事件が増えている。」

「魔物に襲われるだけなら、無くはない事では?」


ルナの疑問に、シリウスが頷いている。


「ああ、そうだ。だが、襲ってきた魔物は普段はおとなしい気性の魔物ばかりだったという。ある日とつぜん攻撃的になり、襲ってきたそうだ。」

「魔物の狂暴化……。」


たしかに、そんな事件が多発するのは絶対に何かある。裏で黒の組織が暗躍してるとか、アンブレラなヤバイ企業が薬まいてるとか?


「犯人は、科学者だ。」


んんん?聞き捨てならない言葉が聞こえ、俺の脳がフリーズする。


(いま、なんと?)

「聖信教が調べたところ、科学者が魔物を使って実験していることが分かったそうだ。科学者どもめ……。」


シリウスが憎しみに拳を強く握りこむ。


「まてまて、魔物の狂暴化のどこが科学なんだ??」


俺はどこか遠くを見つめているシリウスに、待ったをかける。


「科学じゃなけりゃ何なんだ!こんなおぞましい事が出来るのは科学者だけだろう!」

「いや、それは……いくらなんでも。」


偏見が過ぎるのでは?とは思うが、無理に反対して科学者擁護派だと思われたら捕まるかもしれない。だからと言って、科学で魔物の、狂暴化……さらには植物の魔物化が出来るとは思えない。

いまさら俺は、この国の『知らない』という事の恐ろしさを知る。


「『科学は悪』だ。その悪を追求する科学者が悪でないはずがないだろう!」

「だけど、理解出来ない事をなんでもかんでも科学者のせいにするのはどうなんだ?聖信教が科学と言えばどんなことでも科学なのか?」


シリウスは掴みかからんばかりに興奮している。

俺は困り顔でただなだめる事しか出来ない。

聖信教の調べも、何を調べて科学者と断定したのか分からないが、もし他の村を襲った魔物も、さっきの植物の魔物と同じ原理だとしたら……断言しよう。

これは科学じゃない。むしろ……。


「魔物の凶暴化は、科学ではありません。あれは魔法です。」


ルナが大きくはないが、よく通る声で俺たちにわって入った。


「……は?あれが……魔法だと?」


シリウスの動きが止まる。驚愕に目を見開いている。


「そんなバカな!あんな魔法は無いはずだ!」


シリウスは震え、息をあらげている。


「てっとり早く、見ていただくのが良いかと。」


ルナは足元に生えていた花にエネルギーを注いでいく。

変化はすぐ訪れた、ある程度魔力を注いだところで花がブルブルと震えだした。そして、血走った筋のようなものが現れたのである。

オッコトヌシ様 (仮)と違うのは筋の色が赤ではなく金色だと言うところだろうか。巨大化して花が咲き乱れている。その巨大なブーケを、ルナはもう用なしとばかりに、早々に消滅させる。

分子操作で自然発火に見せかけて消滅させたので、火魔法に見えただろう。


「魔力を強制的に注ぎ続け、限界を越えると狂暴化するようです。」

「な?科学者のせいじゃないって事だろ?」


シリウスは真っ青な顔で、ブーケ君の残骸を見つめてから、ふと顔をあげる。

そして俺たちを睨み付けてこう言ったのだ。


「お、お前たちがこの事件の犯人か!!!」


(え、冤罪(えんざい)だぁぁあああああああ!!!)

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