第16話 人は変われる?


「ぅ、うわぁぁああああっ!!魔物が喋っただとっ!?!?」

「いまっ!その魔物、喋らなかったか!?」

「ぎゃぁああああ!食われるっ!!」


盗賊たちが、全力でルナから距離をとろうとしている。


「へ?喋る魔物って珍しいのか?」

「この世界での魔物は、人語を理解しません。故に喋ることはまれです。」


アルタイルもスピカもベラトリックスも、今まで会った人たちは、盗賊ほど驚いた感じじゃなかったから、喋る魔物も居るのかと思っていた。だが、どうやらレアらしい。


「そういえば、零史が聖霊じゃから……喋る魔物くらい一緒におってもおかしくないと思うとったわい。」


アルタイルは、俺があの岩から出てきた瞬間から目撃しているんだ。まあそうだろう。


「そういえば、私も。最初からそんなものだと思ってた。」


スピカも、悪魔の子としてほぼ幽閉されて育っている。この世界の知識は俺とドッコイだろう。


「ふふふ♡」

ペロリと舌舐めずりをしているベラトリックスは無視をした。


という訳で、この世界のルナに対する通常の反応は、盗賊たちの方が正しいのだろう。

アルタイルが思い出したように言う。


「零史、この世界では。喋る魔物なぞ伝説の古いドラゴンくらいじゃぞ?神話級の存在じゃ。」

「ドラゴン……。それはまた、ファンタジーだな……。」


そうか、喋る魔物はドラゴン並みに珍しいのか。それはレアを通り越してウルトラレアだな。


(ガチャなら絶対出ないやつだ……。)

「おおおおおお願いだっ!何でもやるから見逃してくれぇ!」

「命だけ、命だけはぁっ!!」

「ひぃぃいいっ!」


相当な恐れようである。そんなに怖いのか!?ルナはこんなに愛らしいのに……。

でも、たしかに。

近所の犬がいきなり人語を喋ったりしたら、もう一生その家の前は通らないだろう。ホラーだもん。

何となく盗賊たちの気持ちも分かる気がする。ルナは怖くないけど。


ここで俺は思い出す。

俺のこのブラックホールな能力は、人間の感情までも奪いエネルギーに変換することが出来ると。

これは、良い実験台が手に入ったのでは無いだろうか?こいつらを真っ当な人間として矯正することも出来て一石二鳥だろう!

我ながら名案である。


「よっしゃ、分かった!こいつらの罰は、俺の能力(チカラ)の実験台ってことで。ラーヴァにはウェズンだけ連れていこう。」

「……い、いったい。こいつらに何しやがるつもりだっ!」


折り重なるように倒れている四人に俺が近づいていくと、ウェズンが吼えた。


「大丈夫、命までは取らないよ。たぶん。」


俺は別に殺人願望とかは全く無いので、命までは取らないが……この能力(チカラ)は使ったことが無いので、どうなるのか正直俺にも分からない。

最悪、感情抜き過ぎて廃人にはなってしまうかもな。

とりあえず、一番手前に倒れていたキツネ男の頭をわし掴む。


「痛くなったら右手を上げてくださ~い。」


にっこりと優しく微笑んだ俺を、顔を真っ青にして見上げるキツネ男。


「おおおお、お、俺、腕が拘束されっ……アーーーーッ!」


相手の感情に意識を向けると、体全体を包むように色々な雲のようなものが見えた。

その雲一つ一つを観察する。


こいつ盗賊だ、他人から物を盗んだり、時には暴力に訴えたり。つまりは『強欲』……欲が強すぎるのだろう。

なので、物欲、金欲、性欲あとは……破壊衝動とか猜疑心や世の中への不満のようなモヤっとしている感情を中心にエネルギー変換してみた。

全部は取らず、人並みにうっすらと理性が勝つくらいに抑えるのを意識したが、上手くいったかは謎だ。まぁまだ3人練習できるのだ。

欲が全部無くなっても、牧師さんのようになるくらいだろう。


ここで驚いたのは、人間の感情のエネルギー量である。植物や無機物をエネルギーに変換した時よりも遥かに膨大な量のエネルギーを得る事ができた。


(なるほど、これは闇の聖霊には甘い蜜のような物だな。)


先代の聖霊、マスター君が神殿で裁判まがいな事をしていたわけである。

ドサッと最後の一人が地面に倒れる。

俺は、用事は終わったとばかりに膝に手をついて立ち上がった。


初めてにしては上出来では無いだろうか。

痛みも無かったようだし、あっけないものだ。気分はブラックジャックだ。

しかも、三人目からは触らなくても、意識するだけで変換することが出来たので俺は上機嫌である。


「お見事です。やはり、能力の使い方はマスターよりも格段にお上手ですね。」

「ありがとルナ。それにしても、人間の感情はエネルギー量がかなり多いね。これは、適度に発散しないと、いくら無限のブラックホールでも溢れちゃうかも。」

(案外、マスターが爆発した理由は溜め込みすぎ。なんてオチだったりするかもな~。引きこもりだったらしいし。)


何でも食べ過ぎは良くないのである、生活習慣病なんて言葉もあるし、過ぎるは及ばざるが如しだな。ブラックホールなのだ、まさかそんな事は無いとは思うが。


「おお、零史終わったかの?」


アルタイルは縛り上げたウェズンを荷車に乗せていた。ウェズンは、俺が何をしたのかは理解できないだろうが、何か恐ろしい事が起こったのは理解したようで、大きな体を縮こまらせていた。


「おまたせ。俺ら賞金稼ぎとか出来そうだな~。」


俺とルナを、ウェズンはチラと見てマナーモードの携帯のように震えていた。 

アルタイルが腕を組んでうなる。


「やはり、魔物を連れておるのは目立つかのぉ?これから街に引っ越すのじゃ、ずっと隠れておるという訳にもいくまい。」

「だなぁ……。なあルナ、姿を変えられたりしない?」


俺は慣れ親しんだフワフワの毛をなでながらルナに聞いてみる。


「できますよ。」

「「「「出来るの!?」」」」


俺以外の皆が驚きの声をあげる。

俺は当然のように出来るだろうと思っていたが、出会ってからずっとウサギの姿を見ている3人はそれはそれは驚いていた。荷馬車でウェズンも唖然としている。

初めて亜空間で会ったときに、月からウサギへと姿を変えたルナだ。ずっとこの姿だったから、ちょっぴり寂しいが、ルナと離せなくなるのは嫌だから我慢するしかないだろう。


ルナは俺の肩からピョーンと飛んで空中で1回転した。

輪郭が溶けるように光り、地面に着地した時には、そこには一人の少年が立っていた。

身長はスピカより少し小さいくらいの、白い髪に赤い目の7歳くらいの男の子だ。


「零史お兄ちゃんに似てる……。」

スピカがルナを見て呟く。


「零史の少年期をベースにしました。」


俺の小学生の頃って、こんなに可愛かったのか!いや、おちついた雰囲気のルナだからこそか??


「これなら大丈夫かな。」

とりあえず、これで『喋る魔物』問題は解決だ。

「私は、零史と出会ってから驚いてばかりじゃ。」

「いやぁん、ますますゾクゾクしちゃう♡」


ベラトリックスは元気みたいなので、夜通し警戒の任につけた。

……こうして、街道での夜はふけていったのである。


そして、翌朝。


「どうぞどうぞ!私の馬を使ってください。」

「街までいくなら、これを。肉と木の実を葉で包んで蒸したものだ。お昼ご飯にでも食べてくれよ。」

「こいつ料理が得意なんだよ、旨いぞ!」

「親分!俺たちここで畑でも耕しながら、親分の帰りを待ってますから。無事に帰ってきてください。」


すっかり様変わりした四人の子分たちがいた。

ここまでくると別人である。

近くにアジトがあるそうで、馬や昼飯までくれる親切っぷりだ。……盗賊から世話焼きお母さんに大変身だ。

荷車に馬をくくりつけ、俺の荷車を引く役はお役御免である。


「ありがとございます。」


スピカが丁寧にお礼を言っていた。


「ほっほっ、闇の聖霊の伝説は本当だったんじゃな。」


アルタイルが最初、遺跡に来たときに言っていた、『闇の聖霊は、罪人の罪を裁く』という伝説の真実をはこれだ。


「聖霊ぇ?」


ベラトリックスがキョトンと俺を見ている。


「あ、そう言えば、ベラトリックスに説明するの忘れてた。」


最近いろいろとハプニングが多くて、自分の正体とか忘れていた。


「実はのぉ。ほっほっほっ!」

「俺、人間じゃないんだ。闇の聖霊やってる。」


これには子分たちとウェズンも二度見三度見の驚き様である。ウェズンそんなに驚いてばっかいるとアゴ外れちゃうよ。


「ルナも聖霊?なんだって。」

「私は零史のエネルギーより生まれました。常に零史と共に在ります。」


ルナは俺の兄弟、俺の分身みたいなものかな?

ベラトリックスの真顔なんてレアなものを見られるなんて、聖霊やってて良かったな。

その時俺は、完全に油断していた……

ガキンッ!という音がして俺の顔の目の前で紅い火花が散る。

足元の地面に、赤い……ナイフが落ちた。


「どーいうつもりですか、零史にナイフを投げるなんて。」


ベラトリックスが投げたナイフを、ルナが防いでくれたようだ。

まさか、ベラトリックスが突然攻撃してくるなんて確かに最初は敵だったけど、何だか憎めないキャラに好感を抱いていたのに。

もしかして俺が聖霊と聞いて、殺そうと?

でもベラトリックスはもともと聖霊を神とあがめる聖信教の騎士だよな……。


「零史お兄ちゃんを傷つけるなら、ベラトリックスだとしても私が殺すわよ。」

「ま、まてスピカ!……ベラトリックス、何でいきなり。」


アルタイルとスピカも警戒を高めつつ、ベラトリックスを見つめる。スピカは水の刃まで出して臨戦態勢だ。

空気が一瞬で張りつめた。

ベラトリックスの表情はうつむいていて見えない。


(まさか、やっぱり俺たちをころそうと……。)

「う……。」

「う?」


「ぅわぁぁあああああん!うぅーーー!なんでぇ避けるのー!!……っぅく、ひっく。ぅああー!」


まさに天をつくような泣き声。

ベラトリックスは、なんの脈略もなくまるで駄々っ子のように泣きはじめた。


「えっ!?ちょっ、ベラトリックス!?」

「なになになんなの!?」

「いったいなんなんじゃ……。」


張りつめた空気は、ベラトリックスの泣き声に叩き壊される。


「ええっ!なんで泣くんだ、殺されかけたのは俺なんですけど!?」


おかしい、絶対におかしい。俺は悪くない。泣かれると、何も悪くないのに罪悪感がすごい。なんでだろう卑怯だ!

俺は、突然のベラトリックスの癇癪(かんしゃく)に右往左往する。


「どうやらもう殺気は感じられません。」


一人冷静なルナが、警戒態勢を解く。


(いやいやいやいや、冷静だなおい!)


心のなかでツッコミをいれつつ、俺は親戚の子供をあやすように、猫なで声でベラトリックスを慰める。さっき殺されそうになったとか、そんな事は泣いてる子供(ベラトリックス)の前では関係ない。


「お、おーい。ベラトリックスどーしたんだー?」

「うっぐ、あぁー!違っ、ちがっ……もん!」

「そっかー違うんだねー!何が違うのか、泣いてちゃ分からないぞ~?ほぉーら泣き止もうな~?」


意味は無いが、両手を顔の横でブンブン振りながら笑顔で話しかける。

俺の顔は、それはもう絵に描いたような困り顔に違いない。


「そっ、そうだよ!ほらベラトリックス!早く泣き止んで!」

俺がなぐさめる横から、スピカがハンカチを差し出す。

(ナイスアシストだスピカ!!)

「スピカがハンカチくれたぞ!年下のスピカに心配されるなんて恥ずかしいぞ~?ほら泣き止もうな?お姉さんだろー?」


親が「お兄ちゃんだろ」「お姉ちゃんだろ」とたしなめる言葉は、育児には良くないと聞いたことがあるが……俺はいまその親の気持ちが分かった!他に思い付かない!!

人間パニックになると、ありきたりな言葉しか出てこないものなんだなあと思う。

俺たちの努力のかい?あってか、ベラトリックスが少し落ち着いてきた。


「えぐっ、えっ……うぅ~!ひっく。」


ベラトリックスは、泣き止もうと眉間にシワを寄せてブサイクな顔になっている。


「ほれ、これでも飲んで落ち着くのじゃ。」

すかさずアルタイルがコップの水を差し出す。


「うっ、ぐっ……うん。」


どうにか、しゃっくり程度の泣きまで落ち着いた。

アルタイルがベラトリックスの背中をさすってやっている。


「な、なーベラトリックス、何でナイフ投げたんだ~?」

「不穏分子は今すぐ取り除くべきです。」


俺の問いかけにつづけて、ルナが厳しい声で聞く。


「だってぇー、チをっ……ぐっ、うぅ。」

えぐえぐと何かを言っている。


「チ?血っていった?血液???」


ベラトリックスがブンブンと首を縦に振っている、どうやら『血』で合っていたらしい。


「のっ、のむぅーーっひっく。」

「え!?血を飲む?なんで!?!?」

より一層謎が深まる、というより怖すぎる。


「もしかして、零史お兄ちゃんの血を飲んだら、自分もお兄ちゃんと同じ魔法が使えると思った……とか?」

「ありえる、ベラトリックスの零史の魔法への執着はすごいからのぉ。」

「は?そんなバカな……。」


まさかそんな、突拍子もないおかしな妄想を抱くなんてことが……ベラトリックスがブンブンと首を縦に振っている。


「え、マジで?」


ブンブンと首を縦に振っている。

俺は背筋が凍りついた。

え、なぜそんな事を思いついたのだろうか。

そして、なぜすぐ行動に起こすのだろうか。

さらに、なぜスピカは分かったのだろうか。


ウェズンがもう何も聞こえていないかのように空を眺めていた。


(俺も同じ気持ちだよ。)

「ひぅぅっ、だからっ!ぢょーだぃ!!」


ベラトリックスが再度ナイフを構えて言う。


「あきらめて!!!っつーか、血を飲んでも魔法は使えません!!」


分からないけど、試したことないから分からないけど!試す気は無いからな!


「ぅうっ……ぐす、ぅわぁぁあああああん!」


ベラトリックスがまた泣き出してしまった。

……ルナが困った顔で俺に問いかける。


「零史……こういう時どうすればいいのか分かりません。」

「笑えばいいと思うよ!!」


俺はもちろん泣いた……ちょっとだけ。ほんとちょっとだけ。

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