第14話 旅立ちの日に
夜が明けた……。
俺は、ルナと一緒に屋根の上で朝日を見ていた。
夜が明けて一番最初に起きてきたのはアルタイルだった。
お爺ちゃんだからだろうか?
「何だか、眠れんくてのう。この家の暮らしもさほど長いという訳でもなかったが……。飛行機を完成させた場所じゃからかのぉ。珍しく感傷的になってしもうたわ。」
「そっか……。」
俺は朝日に照らされるアルタイルの横顔を見た。
「あのさ、アルタイルは……きっとファウダーの私兵に顔を見られてない。だから、ここに残っても大丈夫だよ?」
ベラトリックスが言っていた話でも、俺の魔法とスピカの話だけだった。あの時、遅れて出てきたアルタイルはきっと目撃されていない。アルタイルはまだ科学者だとバレては居ないのだ。
「ほほほほ!何を言い出すかと思えば。私はの、1度空を飛ぶことを諦め、神殿へ命を捨てに行った身じゃ。拾ったのは零史じゃよ。」
アルタイルがまっすぐに俺を見る。
「……ああ、わかったよ。」
その言葉を聞いて、俺は何故だかちょっと嬉しかった。
アルタイルも、あの神殿で生まれ変わったんだな。なんだ、ルナが生まれ変わりは無いって言うけど。人間はいつでも生まれ変われるんじゃないか。
朝日はもう、地平線を離れていた。
「よし、では寝坊助(ねぼすけ)たちを起こしに行こうかのお。」
「朝御飯食べたら出発だな。」
アルタイルが立ち上がる、俺の肩に居るルナが鼻をヒクヒクとさせながら俺の頬へすり寄ってきた。
「今日はサンドイッチが良いです。」
ルナが珍しくメニューのおねだりだ。俺が唯一上手に作れるサンドイッチ。気に入ってくれたようで何よりである。
「よっしゃ、腕によりをかけて作るぞ!なんせ俺たちRENSA(レンサ)の記念すべき門出の日だ!」
俺は、ゆったりとルナを撫でてから立ち上がった。
そしてアルタイルは寝室へ、俺はキッチンへと向かった。
その後、アルタイルがベラトリックスを起こそうとしたら、ベラトリックスにナイフで襲われるというハプニングが起こった。
しかし、アルタイルも負けてはおらず。すかさずローブを硬質化させて防いだらしい。
アルタイルはこの一年半の間に、俺の拙い説明で炭素原子の存在を理解し、魔法で操作できるようになっていた。
ダイヤモンドはさすがに作れないが、物質に鋼のような固さを持たせるのは朝飯前なのである。さすが科学者だ。
……というかベラトリックスは、某映画の秘密諜報員なのか?起こしに来た人を攻撃するなんて。聖騎士は皆そういう化け物ばかりなのだろうか。これから先、出来るだけ出会わないように頑張ろう。
そして、無事に皆で俺特製のサンドイッチを食べた。少し多めに作った分を、昼用にバスケットに詰めて、準備も完了だ。
朝食を終えたらいざ出発!
それぞれが荷物を担ぎ、荷車に必要なものを入れる。思ったよりも多くない。食料がほとんどだ。
そして皆が家を出たのを確認したら。
ブラックホールで『家』という俺たちへの手がかりを消すのである。
俺は右手を家に、左手を小屋にかざす。そして、全てを飲み込んだ。
跡にはただ、何もない空き地と、花壇の花が残されているだけだ。あっけない作業だった、もう後戻りはできない。
俺が能力を行使した時に小さな声でベラトリックスが恍惚(こうこつ)のため息をついていたのは気のせいだと思いたい。
「はぁあ、ゾクゾクしちゃう♡」
ねっとりとした目で見られて、俺の背筋がゾクゾクしちゃうよ……。悪い意味で。
そして俺たちRENSA一行は、まずは森の中の街道へと歩みを進めるのである。
そういえば飛行機だが、各パーツに分けて溶接し直し、キャタピラを着け簡易荷車に改造した。
馬を着ければ小さな馬車にはなる。
キャタピラなので速度は出ないが、悪路でも進むし故障が少ない。俺の徹夜の成果である。
もちろんパーツを組み立て直して溶接すれば、また飛行機になる。あいかわらず燃料は『俺』だけど。
森の街道までの行程はひたすら獣道だ。ベラトリックスはよくあの家までたどりつけたものである。
キャタピラが通れないほどの岩や木は、俺が、『引力』で『重力』を中和してキャタピラを浮かせながら通る。俺の繊細な能力行使の練習も兼ねているのだ。アルタイルが原理を得ようと熱心に見つめているが、重力や引力はまだ理解は出来ても、イメージが追い付かないらしい。魔法はイメージが大事だからな。
半日歩くと街道に出た。キャタピラのおかげか、予測より早く来れた。ここからは、約1日の森の街道がつづく。
ここまでくれば、ラーヴァの街までは一本道だ。
この街道、馬車が2台通れる程の道幅はあるが、舗装はお粗末なものだった。この道をたどって森から出るとラーヴァは目と鼻の先らしい。
あ、そういえば、気になっていたベラトリックスの変装だが、驚く程別人に化けていた。
最初、朝食の食卓に来た時は、知らない人かと思って皆が警戒したほどだ。
赤い髪は、金髪になり、どーやったのか後頭部で編み込みお団子にしていた。アルタイルの私物から拝借した鼈甲(べっこう)のメガネをかけている。露出の高かった格好は、ノースリーブの詰め襟シャツとロングの巻きスカートで上品に纏まっていた。もちろん下に防具は着ているらしい。
一見するとお上品な司書さんって感じだ。知性さえ感じる。
スピカがちょっと警戒を解いているのが面白い、すごいクオリティの変装だ。ただ……
「ベラトリックスは魔力の匂いをかぎ分けられるの?私はどんな匂い?」
「えーとねぇ、スピカはお固い匂いかなぁ?氷魔法の匂いつまぁんなーい!
魔力の匂いを感じる為には、まぁず愛よ!魔法って可愛いじゃなぁ~い。零史は特に可愛い匂いよ♡」
喋ると残念である。変装中に人前で喋らないように言っておかねば。
黙ってれば深窓の令嬢、喋るとミュータントだ。
街道を、キャタピラを引きながら歩く。もう3時間くらいは歩いているだろう。途中ランチ休憩を入れつつ、日も傾いて来たので、少し開けた所に荷車を停めて野宿することにした。
ここまで、木の根や石ころがゴロゴロある悪路にも関わらず、ベラトリックスはしっかりと歩いていた。さすが聖騎士だ。アルタイルも、森暮らし歴が一番長いだけあって慣れたものだった。
一方俺は慣れない悪路に転けそうになったりと既にアスファルトの道路が恋しい。
スピカは途中で疲れて荷車に乗りつつ進んでいた。ルナはスピカと荷車で揺られたり、俺の肩に乗ったり、途中で晩御飯用の獲物を狩ってきたりと大活躍だった。
そして夜営地で今、晩御飯にありついている。
ここまでの行程で、途中何台か馬車と出会ったが、みんな足早に通りすぎて行った。普通にしていれば怪しまれることはそうそう無いだろう。意外と人って他人に注目することなんて無い。それに、この森を通るなら、回り込む街道と、抜ける街道の2つがあって。大体の商人は回り込む街道を選ぶそうだ。
「零史お兄ちゃん、ずっと荷車引いてくれてありがとう。疲れたでしょ、はいホットミルク。」
「ありがとう。」
スピカがミルクを渡してくれる。隣に座って、ルナにも渡しているようだ。
「スピカは、ラーヴァに行ったら何したい?」
「わたし、強くなりたい。」
もともと悪魔の子のスピカは、魔力の量が膨大だ。それに俺のエネルギーが混ざり、より強化されていると思うのだが。
「スピカは充分強いと思うよ?」
「ううん、私じゃベラトリックスには絶対勝てなかったと思う。私はもっと強くなりたい。
……あの遺跡で私は零史お兄ちゃんたちに助けてもらったけど、まだ聖信教に捕まってる悪魔の子はたくさん居る。みんなを助けてあげたいの。」
そうか、いつも笑顔で楽しそうにしていたスピカはそんなことを考えていたのか。俺は異世界に来て、自分のことでいっぱいいっぱいで気づかなかったスピカの気持ちに驚いていた。
「そか、俺もスピカに負けられないな。よし!一緒に頑張ろうな!」
「うんっ!でも私だって、この一年半で成長してるんだから。ベラトリックスほどじゃないけど、頼って良いんだからね?」
「もし何かあった時は頼むよ!」
「零史には私がついています。何かあれば私も一緒ですよ。」
「ルナは俺の兄弟だもんな!」
今までだって、ルナとスピカには精神面でも充分助けられている。一人じゃないってだけでこんなにも心強いなんて、感謝しかないよ。
でも、頼ってばっかりもいけない、俺も頼られる男にならねば!男として、年下の女の子に助けてもらってばかりはカッコ悪いしね。
俺が小動物二人に挟まれてなごんでいるのを見て、アルタイルも穏やかに笑っている。
すると、ベラトリックスがニッコリと笑って話しかけてくる。
「じゃあ、さっそく頼っちゃう~?」
「え、何を突然……。」
ベラトリックスが笑みを深めるのと同時に、俺の肩に乗っているルナが小声でみんなに教えてくれた。
「森の中に誰か居ます。おそらく人間が5人。」
「なんじゃと?もしや……盗賊か!?」
「盗賊だって!?」
人生初の野宿で、早々ハプニングだ。しかも盗賊かもしれないなんて……だからこの回り込む方の街道を選ぶ人が多いのか。
(この森……盗賊まで隠れ住んでんのかよ。)
「零史お兄ちゃん、私が行く!」
「えっ、スピカ!?いくらなんでもそれは……。」
「大丈夫です零史、アルタイルと零史が飛行機の開発をしていた間に。私とスピカは遊んでいた訳では有りません。」
「ルナとの特訓の成果、やっと見せられるよ!」
……そーいえば、段々狩りも一人で行くようななっていたな。既にスピカのアマゾネス化が進んでいたのか……。
「じゃがのお……。」
「いいんじゃない?何かあれば助けてあげよぉかっ♡」
「むぅぅ、大丈夫だもん。」
スピカが立ち上がると同時に、近くの茂みがガサガサと揺れる。
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