第13話 なんだか損をしたような気持ち


ここ、俺たちの家から一番近くて大きな街は……。

スピカが連れていかれそうになっていたファウダー領の『グラース』という街だ。

ガラヴァ国の首都である、皇都(おうと)に次ぐ、この国で第2の都市だろう。


この森を西に抜けた海岸にある。

交易が盛んな街だ。

異文化にも触れる機会が多いだろうし、よそ者にも寛容。きっと科学者も居る気がする!


「グラースの街はどうだろう?」

「じゃが、あそこには。神殿で追い返したファウダー領首の私兵がおるではないか?」


とりあえず、近場で相談してみた零史に、アルタイルからすかさず意見が飛んでくる。

ファウダー領首の私兵……逃げるスピカを追っていた奴らだ。

そもそもファウダー領首は、聖信教からスピカを買ったらしいし、会ったことは無いが好きにはなれそうにない。


「そうだよなぁ……でも、小さな村や町に紛れ込んでも、科学者が見つかる可能性がな……。」

「だ~ったら、南の鉱山都市『ラーヴァ』かな?」


飛行機で見た、この国を縦断する山脈。

あの山脈の南寄りに位置している。

山脈はどこも切り立っているが、唯一低く通り易い場所があり、そこに関所のようにラーヴァの街を作ったのだ。鉱山都市というように、特産物は山からとれる鉱石だ。鍛冶職人もあつまり、それゆえ武具なども質がよい。職人の街として有名だ。


そして、この街には常駐の騎士団が居る。

ラーヴァは、隣国と接している街なのだ。北のルカー王国と、南のジヴォート帝国、2つの国と近く。このガラヴァ皇信国の南の防衛線の1つだ。

今のところ、この3ヵ国は戦争をしておらず。停戦協定を結んでいる。大陸全体で同盟を組もうと言う話もあるらしい。

ただ……科学者を容認している国も少ないながらあるので、締結は難しそうだが。


騎士団が居るということは、科学者の暮らしやすさとしては最悪だろう。

治安は良いだろうが、この国で俺たち科学者は犯罪者だ。

顔を知られて無いぶん、ファウダー領の私兵よりはマシか?


「ラーヴァねえ……そこがベストか。」


ラーヴァが無理なら皇都になるだろう。皇都は皇都でベラトリックスがな……できるだけ爆弾は抱えたくない。

皇都に行くとしても、もっと仲間が増えてからの方が良いだろう。

聞いたことの無い街の名前に、スピカが大きな目を輝かせている。


「ねぇアル爺、ラーヴァってどんなところなの?」

「そうじゃのう。ラーヴァか……あそこはロック鳥の丸焼きが最高なのじゃ。スパイスがきいておって、食欲をそそる香りがもーたまらんのじゃ。」

「私も食べたい……。」

「スパイス!なんて素敵な響き♡」


あれ?皆、話ずれてません?

この森での食事は、言わば素材の旨味を生かした薄味料理である。

アルタイルもスピカも飽きてきたのだろう。それともこの二人は、もともと狩りにかける情熱も凄いし、実は食いしん坊なのか?

ベラトリックスも、さっきのランチを図々しくもおかわりしていたし。

俺だって、現代っ子の舌に洋食料理の毎日は慣れるのに苦労した。お米食べたいと思ったのは一度や二度ではない。


いまいち締まらない俺たちである。

だが……モタモタもしていられない。

ベラトリックスが失敗したと分かれば、それ以上の戦力でもってココに聖騎士が来るだろう。

時間はそれほどない。皇都からここまで、馬車でおよそ10日、馬で急いで7日と言った所か。ベラトリックスの失敗を聖信教が知るまで3日の猶予(ゆうよ)があると過程(かてい)して、最短で10日しかない。


「スピカもおるしの、飛行機なら2時間もせんうちに着くじゃろうが、歩きとなるとラーヴァまで2日はかかるじゃろう。」


飛行機で乗り込むなんて命知らずな事はさすがに……ね。確かに楽だけど。


「徒歩は流石になぁ……途中、馬とか居ればな……。」


ちなみにこの世界では、動物も全て魔物だ。

生き物はすべて何かしらの魔力属性を持っているらしく。

馬っぽいやつ、俺は馬にしかみえないので「馬」と呼んでいるが、風の属性魔力をまとっている。地球の馬と何が違うかというと、速度とジャンプ力だろう。20メートルくらいの谷なら飛び越えてしまう。

だが、魔力=生命力なので、激しく乗り回せば潰してしまいかねないので注意だ。


「とにかく、明日の早朝出発しよう。必要最低限だけ持って、後は処分かな。」

「この家ともおさらばじゃな……。」

「また帰ってこれるかな?」


スピカが寂しそうな目で家を見回している。


「いや、後から来るだろう聖騎士たちの撹乱の為に……この家は消していく。出来るだけ手かがりは無くしていきたい。」

「そうだよね……。」



「ルナ、他に何かやっておかなくちゃいけない事ってあるかな?」

「ベラトリックスは顔を知られているでしょう。変装した方が良いのではないでしょうか?」


「ああ~ベラ?確かに騎士団には何人か知った顔がいるかぁも?」


……赤い髪に変態な性格、比べる対象がファウダーの私兵しかないが、そこそこ強いんじゃないか?単独行動をしていただけはあると思いたい。性格のせいではないだろう、たぶん。

そんなベラトリックスだ、会ったことあるなら忘れられないだろう。


「髪の色とか、髪型や服装を変えれば大丈夫かな?できる?」

「んふふ、俺色に染まれって?♡」

「ちがう。」


間髪入れず否定しておいた。世のハラスメントに悩んでいるサラリーマンの気持ちが少し分かってしまった。

俺はなにもしてない。だから睨まないでスピカ!


「私もあと10歳若ければのぉ。」

「零史、私は既に零史色に染まっています。」

(そうだね……。)


そして森の家での最後の夜を迎えた。

各々、自分の準備をしつつ静かに眠りについたかと言えばそーでもなかった……。


さて寝ようかな、と自分のベッドへと向かう俺の後をベラトリックスがついてきたのだ。


(え?なに??何か言い忘れた事とかあんのかな?)

「れぇいじっ♡ベラは寝るところが無いの。一緒に、ね?」


(ね?ってもしかして「一緒に寝よう」ってこと!?)

「何が一緒になのかぜぇーんぜん分かりませんが、俺の何かが減りそうだから遠慮します!」


別にベラトリックスに寝首をかかれるとは思っていないし、そもそも聖霊(オレ)って首切られると死ぬのかな?

現代っ子日本男児は、女子の肉食化が進むのに比例して、草食化が進んでいる気がする。女の子は好きだけど……グイグイ来られると引いてしまう、俺は草食系かもしれない。

大人しめの女の子には話しかけられるが、綺麗なお姉さんにはしり込みしてしまうし、ギャル怖い。何か分かるかな?この感じ!


「零史お兄ちゃん、その人と寝るの!?」

(スピカちゃん、最悪のタイミングで登場ー!!)

「違うよスピカ!ほらベッドが足りないからベラトリックスが困ってただけ!ね?」


ブンブンブンブン!と両手を顔の前で全力で振る。


「ちょぉっとー、お子ちゃまには早かったかなぁ?」

「なにが!?……いや!答えなくていいから!!」

「零史お兄ちゃんが嫌がってるじゃない!」

「そんなの気にならなくなるわよ♡」

(気にしますぅ!!)


「零史は私と同じで、本来は眠る必要がありません。なのでベッドは二人でそれぞれ使えばいいのではありませんか?」


ルナのその一言により、俺はルナと夜な夜な明日の準備に勤しんだのである。

どうやら、人間であった時の習慣で寝ていたが、ほんとうは聖霊に睡眠は必要無いらしい。


(……本当に眠くならない。)


森で見る満天の星空を見上げて俺は思った。


(天体観測し放題だな……。)


なんだか、勿体ない事をしたような、命拾いしたような夜だった。


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