第10話 科学と異世界の共演


ガラヴァ皇信国、北西に位置する森には穏やかで大きな川がある。

東西に森を横切るように流れているこの川を、モーリ川と言うらしい。


何で川の説明を始めたかって言うと、俺こと黒野零史(くろのれいじ) が今その川の上空を飛んでいるから。


鳥人間コンテストとか見た事があるだろうか?超軽量動力機というのに近い。

ライト兄弟が初めて作った飛行機よりシンプルだ。


両翼があり、真ん中に流線型をえがく楕円のコックピット。コックピットは2人乗りだ。

残念ながらゴムは無かったので、タイヤは作れない。

だから、水上飛行機にした。近くに川もあったし。


飛行機のボディは、中型の魔物であるワイバーンを倒して、その骨格や皮をつかったり、火を吹く魔物の素材を……と、涙なくしては語れない物語があるが、今回は割愛しよう。


ここからが問題だった。

飛行機の形や原理は何となく知っていたので、何度も実験を繰り返して、なかなか良い形が見つかった。

ただ……ガスや石油の発掘されていない世界で、問題となったのが動力源だ。


皆で頭を捻ったすえ出てきた答えが……『俺』だった。


実質無限のエネルギーを蓄えているブラックホールこと、俺。

こいつのエネルギー使えばいいんじゃね?ということである。


俺の扱いが日に日に雑になっている気がしないでもない、我(わ)れ聖霊ぞ?聖霊様ぞ?

「エンジンや燃料を研究してくれる科学者を絶対見つけてやる!」と俺が決意した瞬間だった。


というわけで、コックピットの前の操縦席には操縦桿(そうじゅうかん)。後部席には、メインターボと両翼のターボに繋がるエネルギー充填機。


この『エンジン席』には、神殿にあった黒い岩もちょこっと使ってる。

あの岩はマスター君が作った鉱石らしく。俺のエネルギーを伝導させるのに最適だったのだ。



飛行機は森の木々の上を滑るように飛んでいた。真下にはモーリ川がその水面に太陽を反射してキレイだ。

遠くにはガラヴァ皇信国を縦断しているこの国一の山脈が見える。

気持ちいい……空中散歩、最高!


「アルタイルー!そろそろお昼にしよー!」

「イエッサーじゃ零史!」


着水体勢に入る。

俺は機体に送っていたエネルギーを調整し、アルタイルをうかがう。

操縦桿はアルタイルが握っているので、あとは息を合わせるしかない。


これがなかなか難しい。

最初の頃は、上手くいかず川に何度かつっこんだ事もあった。

あ、死んだなと思った事も一度や二度じゃない。

だがそこは聖霊の力を駆使してだな、俺がアルタイルを空中に投げる、ルナが受けとる。という最強の連携プレーでアルタイル死守である。

俺はつっこんでも死なないし。


そんなこんなで、苦節1年と半年。

地球の知識のお陰で、異世界の人類史は何世紀も前進したであろう。


遂に飛行機が完成した!


あの時、アルタイルに出会ったお陰で、俺はまた1歩宇宙飛行士に近づいた。



────あの時。

俺とルナが、遺跡から「ジャジャジャーン」と出てきて、アルタイルやスピカと会った、その後……。


アルタイルの家まで徒歩で向かったんだけど、5時間も森の獣道をあるいてクタクタになった事を明記しておこう。

暗い、足元悪い、たまに小さな魔物も襲ってくる。現代っ子には地獄だ。


後から聞いた話、スピカの追っ手がまだ来るかもしれないと警戒して、整備された道は避けて通っていたらしい。

それを早く言って欲しかった……。


だが、良いこともあった。

なんとアルタイルは、魔法はからきしだが近接戦闘は強かったのだ!

アルタイルは科学者である、バレれば処刑。

そんなアルタイルは「だったら森の中でこっそり研究しよう」と思い引っ越したのが29歳の時らしい。


そんな彼はさすが森歴が長いようで、道中の小さな魔物たちをバッタバッタと杖でタコ殴りにしていく。

何でも「たいていの魔物は、眉間(みけん)か脳天を殴れば倒せます。」だそうだ。熟練の技である。

美味しく食べられる部位も教えてくれた。ターザンなの?


この世界に、ドラゴンやフェンリルみたいな大型の魔物は数えるほどしかいないそうだ。

その中でも、古い魔物になると知恵もあるため、めったに会う事は無い。

もし出てきたら災害と諦めるしかないらしい。


森のサバイバルは順調に進んだ。

しまいにはスピカも参戦して、魔法と撲殺(ぼくさつ)の異種格闘技を繰り広げていた。

もしかしてスピカちゃんは、将来アマゾネスになるのかな?


こうして森の中での研究の日々が幕を開けたのである。

そんな一年半が過ぎた。────



飛行機の足(フロート)が川の水面をひっかきながら速度を落としていく。

そしてゆっくりと止まった。

俺はコックピットから降りて川へバシャーンと飛び込み。

水上機を繋いでおく桟橋にまで泳いで行く。


桟橋につくと、置いていたロープの端をアルタイルへと投げる。

フロートの上に慣れたように立つアルタイルは、受け取ったロープを飛行機の足にくくりつけた。

あとは、ロープをゆっくりひっぱって、反対端を桟橋にくくりつければ完了だ。

ボートと同じ要領で、モヤイ結びしておく。

アルタイルも桟橋へ上がった所に……


「おかえりなさーい!」


スピカの明るい声が響いた。

振り向くと、アルタイルの家へと続く道からスピカとルナが飛び出してきた。


「ただいまですじゃ。」

「おーただい……ぐふっ!」


明るい水色の髪をふわふわと跳ねさせながら俺のお腹にタックルする勢いでの歓迎っぷりだ。

やぁ、スピカ……2時間ぶり。


スピカは出会ったときからは考えられないほど、明るく元気にめちゃ元気に可愛くなった。

基本は大人しい、おちついた子だ。

ちょっと加減が苦手だが……アルタイルから料理も教わって、今じゃ森の果物でお菓子まで作ってくれるんだぞ!


あの頃は、飢餓寸前まで痩せていて心配したが、今では年相応くらいになった。

不意打ちでタックルされると、受け止めるのが大変だ。


「おかえりなさい、零史。飛行機の音が止まったので、迎えに来ました。」


ルナが、ずぶ濡れになった俺と、その俺にタックルしたことで濡れたスピカの水をパッと分解吸収して乾かしてくれる。

ルナは俺の下位互換能力(ブラックホール弱)が使える。

いまじゃ、原子や量子に分解するような繊細(せんさい)な使い方は、俺よりルナの方が上手い。


「ありがと、ルナ。」


ルナちゃんも俺の肩に飛び乗ってスリスリと顔を寄せる。


「今日のご飯はパンとディアのスープだよ。」

ディアは鹿に似た魔物だ。


「スピカ聞いてくれ、今日は初めて何のミスもなく離着陸がでたんじゃよ。」

「すごい!じゃあ、お祝いにスピカ特製のお菓子もつけてあげるね!」


そういえば、アルタイルの魔法だが、俺が魔力補充をしたあと、驚きの変化があった。

マッチの火程度しか出せなかった出力が、キャンプファイアーレベルになったのだ。

こころなしか回復も早いらしい。


ルナ曰く、魔力の純度が上がった事で、性能や循環にも良い影響がでたのだろうという事だ。

純度とは?と思うだろう。

人間の魔力は人によって純度が違うらしい、純度が高ければ高いほど、より簡単に大きな魔法が使えるらしい。


(ようは……不純物の多い汚れた水だと、体調(まほう)にも良くないよなって事かな?)


その点、聖霊である俺のブラックホールが生み出したエネルギー(まりょく)は、純度100%の最高水準。

それが混ざったことにより、アルタイルの魔法が強くなったという訳である。

前と同じだけの魔力で、より強力になったと……。


同じ理由で、スピカも強くなった。

だが、調節が上手くいかず暴発させる事があったので、俺たちが飛行機をつくっている間に、ルナと魔法を扱う練習をしていたそうだ。


「お腹すいた~。」


出会った頃はまだ俺の胸の高さくらいだったが、この一年半で肩くらいまで身長が伸びたスピカと手を繋ぎ、アルタイル家へと続く道を歩いていく。

アルタイルは、スピカに今日のフライトの素晴らしさを熱心に語っていた。

飛行機が完成してからの日課のようなものだ。

失敗がほとんど無くなってからは、スピカも何度か乗った事があるが、二人は毎回飽きもせず楽しそうにその時見たものを報告しあっている。


こんな国じゃなければ、もっと色んな所へ飛んで行ってみたいが……町や人が多い街道へ近づくわけにはいかないのが難点だ。


桟橋から5分ほど歩くと家が見えてくる。

ちょうど森がひらけているところに若かりし頃のアルタイルが建てた、ログハウスのような家だ。

モーリ川の支流の小さな小川が家の脇を通っている。

手前には研究所にしている木製の小屋があり、扉の横にこの国の言葉で『RENSA異世界航空宇宙局』と書いている。


俺は目覚めてからずっと、日本語を話していると思っていたが、実はこの世界の言語を話していたようだった。マスター君が遺してくれたものの1つのようだ。

ありかとうマスター君!


だが、文字は1から勉強することになった。いまもスピカと勉強中の身である。


そして、家と小屋の間は、野菜などを育てている小さな畑と、スピカがお花を植えている庭があった。


その庭に、赤いショートヘアの女の子が立っていた。

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