大聖堂-2


「……」


 以前のように他の人の気配がするわけでもない。軽く回ってみたものの、特に仕掛け等はなく、ただ荘厳な建物のようだ。


 自分が警戒しすぎているのだろうか、とティアは思う。正直に言えば、人間という存在に接触したことすら稀有であるが故に接し方がわからないというのはある。警戒しすぎだと言われれば「そうかもしれない」と思える範疇なのは否定できない。


 そう自分で認識していながらも周囲に意識を向けてしまうのは、こんな世界だからだろうというのともう一つ。


「……あれだけ警戒はしておけと言っているのに」


 一番この中でひ弱であるはずのクレイが、警戒心のかけらもなく書物を読み耽っているのだ。試しに今背後に立ったとしても、クレイは気づかないであろうという自信まである。


 とはいえ一旦離れてはみたものの、カメルという奴がクレイに近付く気配はない。彼も同じく一人でじっくりと聖堂内部を探索しているようだ。となれば警戒だけしてティアだけが成果なしで戻るわけにも行かないだろう。

 もとより過去の文明に触れるのは嫌いではない。一人でゆっくりと探索を許されるというのであれば、そのお言葉に甘えさせてもらうことにする。



 どうやらこの大聖堂は祈りを捧げるであろう広大なホールとは別に複数の建物が連なっているらしく、想像以上に広い。

 ただ、歩いて回るといくつかの天井はすでに灰の重さで歪みが見えてきており、一部では崩落してしまっている様子も見て取れた。大聖堂本体はかなり丈夫に作られているが、他はそこまででもないのかもしれない。


 せっかくのステンドグラスの窓も外側からの重量に負けて破壊されてしまい、灰が中に侵食してしまっている部屋もある。

 その様子から元の状態を想像することはできないが、おそらくとても綺麗で繊細に作られたものだったのだろうという思いを馳せる。

 そういった部屋は灰を取り除き、その灰で壁を作ることで塞ぐ。積もった灰がそのまま廊下にまで出てきてしまったら、未だ無事なところにまで被害が及びかねない。


 建物内の至る所には絵画や像が置かれており、その内容はどれも特定の人物を指しているようにも見える。おそらく、これが崇拝対象であったのだろう。しかし、ここにかつて崇拝していた人たちはいない。ここで神を信じ続けていた彼らは、灰に侵食されている世界を見てどう思ったのだろうか。それとも、その神とやらにすでに救済されているのだろうか。




 そもそも、と、ある程度探索も終わったところで思考が再び現実の今に引き戻される。

 窓の外を見れば、大半が半分以上灰に埋もれており、残された上部から朧な光が差し込んでいる。これだけの灰が降りながらもなぜ出入り口の扉は地上に出ていたのだろうか。


 最初は特に気にも留めていなかったのだが、今改めて考えると多少不自然だ。

 以前のように、普通であれば入り口も灰に埋まっていてもおかしくはない。それは今窓から見える灰の量からも窺い知れる。ある程度の差はあれど、この建物を基準として一~二メートルは軽く積もっている。それこそ誰かが灰を取り除き、一時的にでも管理していないかぎりあれ程綺麗に扉が露出していることも──ッ!?


 不意に背後に気配を感じた瞬間、前方へと大きく跳躍する。そのまま両手をついて反転、飛び退りながら大鎌を顕現させ、構える。


「あれ、気づくの早いですね。というかそんなに警戒しないでください。カメルですよ」

「……」


 背後にいたのはカメルという青年。手には何も持っておらず、ただ偶然居合わせましたよ、と。

そのはずである。そのはずであるが、本能がと告げている。


「……灰喰らいは例外なく少女の姿をしている。私はそう認識しているのだけど、違ったかしら」


 巧妙に隠している。だが、一度疑ってみれば、確かにその気配は存在する。


「……もしかしてもう気づいちゃってる? やだなぁ早すぎるじゃないですか。これじゃあエンターテインメントとして面白くない」


 隠すことも、ごまかすこともしない。カメルと名乗った存在は、ただパチン、と指を鳴らし、周囲に灰を散らした。


 一瞬の目くらまし。しかし、その灰が晴れた後、そこにいたのはオレンジを基調としたやや目に眩しいカラーリングのゴシックドレスを纏った少女。身長もやや縮んでおり、先ほどまでの姿が偽りであったことを理解する。


「微妙。微妙だよティアちゃん! この私のせっかくのドッキリ大変身ショーが本来の尺の半分以下で終わっちゃったじゃない!」

「いや、今自分から完全に種明かししたじゃない」


 声も随分と高くなり、青年ではなく完全なる少女の声音に代わってしまっている。


「まぁまぁ、そこまでバレてて引っ張るのはダレるってもんだぜ! ということで、とりあえず初見さんだし自己紹介といこうか!」


 やや外側に跳ねるくせっ毛の金髪をツインテールに垂らす少女はくるりと回って一礼。


「私はメローリア。旧時代の娯楽であるエンターテインメントを提供する、面白おかしな『灰喰らい』さ! いっちょよろしくぅ!」


 ばっちりのウィンクを添えたキメ顔とともに、その灰喰らいの少女は私に正体を明かしたのだった。


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