この世界で生きる者-6


 ティアとはぐれて数十分後。クレイは先ほど銃声のようなものが聞こえたため、慎重にそちらへ向かっていた。──と、その途中でばったりティアと再会した。


「あ、ティア。さっきそっちから銃声みたいなのが聞こえたんだけど、大丈夫?」

「ええ、大丈夫よ。私も気になって見てきたけど、特になにもなかったもの」

「あ、そうなんだ」


 数十分ぶりに会ったティアは特に変わった様子もなく、淡々としていた。


「それで、そっちは見つかったの? 目的の物」

「うん、見つかったよ。ほら」


 そう言ってクレイはリュックから二つの鉄塊のようなものを取り出す。片方は大きく、リュックを圧迫するほどだが、もう一つは片手で持てるほどの小ささである。よく見てみると画面のようなものが存在していたり、一部が点滅しているものもある。


「……これは?」


 訝しげにティアが覗き込む。いくつかスイッチもついているが、何に使うのか全くわからない、といった様子である。


「僕も正式な名称は知らない。けど、これは情報を発信することができる道具みたいなんだ。ちょっとこれを持ってみて」

「?」


 ティアに小さいほうの鉄塊を渡し、少し離れる。もう接続はしてあるので問題なく動くはず。


「わっ」


 ぴろん、という軽快な電子音とともに、ティアが持っているに『メール受信』の文字が表示される。

 たどたどしくティアが操作すると、メールの本文が表示される。内容は他愛もないものであったが、クレイの反応を見て、ティアはクレイが送ったものなのだと察する。


「これを使うといろんな情報を発信したり、逆に受け取ったりすることができるみたいなんだ。他のパーツからは分離させちゃったから今は範囲が狭いけど、家に帰ればたぶん作れると思う」

「……情報の送受信をする装置。これが探していたものなの?」

「そうだよ。これがあれば、まだ見ぬ場所を探すこともできるし、携帯電話のような端末を持っている人と交流することもできるはずなんだ」


 この灰で埋まった地上をあてもなく探索するのは無理がある。だが、これがあれば今まで以上に情報収集がしやすくなり、また過去の時代の遺産を探すことができるかもしれない。


「灰物だけが心配だけど、ずっと起動してたのに襲来した跡が無かったから、たぶん室内なら大丈夫なのかな」

「そうね。灰物は主に地上を対象としているみたいだから、地下で扱う分には問題ないと思う」

「そっか。じゃあ電源を切って持ち帰ろう! 目的も達成したし、はやく帰ったほうがいいんだよね?」

「……そうね。外はもう明るいでしょうし、また日が暮れる前に帰りましょうか」


 そう言ってティアは踵を返し、歩き始める。クレイも鉄塊をリュックにしまい直し、後を追った。


「そういえば、さっきの音は本当に何だったんだろう。他にも誰かいるのかな?」

「……気にしなくていいと思うわよ。私たちはもう帰るのだから」

「んー、それもそうだね!」


 クレイとティアは入ってきたテラスまで引き返し、案の定崩れていた階段をティアに直してもらい、その場を後にした。



 帰り道は主にクレイが一日の感想を楽し気に語っていた。ティア自身も過去の色に触れるのは新鮮であったため、クレイの話を聞きながら建物内の色彩を思い出すのは、少し楽しかった。


 当然思い出話以外の話題も出た。クレイは最初のイメージよりもおしゃべりで、外だというのに布越しにもごもごと話している。別に聞き取れはするのだが、面倒なのでティアたちの周りにある空気中の灰を除去しながら歩くことで、クレイが口元の布を下ろして普通に喋れるようにした。


 他の灰喰らいよりも器用に扱える自分の能力に、少しだけ感謝した。



「ティアって、いつ生まれたの? 灰喰らいってみんな同期?」

「同期って……。申し訳ないけど、私が目覚めた時は一人だったから同期はいないわね。もしかしたら別の場所で同時に起動した子はいるのかもしれないけど、私には知る由もないわ」

「あ、そうなんだ。てっきり灰喰らいってこの世界に灰が降り始めた頃にみんな生まれたのかと思った」


 灰が降り始めたとき。ティアはふと空を見上げる。

 正直なところ、ティアたち灰喰らいにとっても自分たちの生い立ちは謎であり、誰かが創造したのか。はたまたどこかから神の御使いのように降臨したのか。全く持ってわからないのである。

 ティアも以前、ネラとリリーに聞いてみたことはあったが、二人とも「気づいたらこの灰の上で佇んでいた」と答えており、詳細は全くわからなかったのである。それでも皆共通して『灰喰らい』であるという認識と役割は把握していたのだという。


 灰喰らいたちは長生きだ。不老と言っても過言ではない。故に、明確に『何年前に生まれた』と証言できる者はいないだろう。そもそもこの変化の乏しい灰の世界では、日にちの感覚など、とうに消え失せてしまっているのだから。

彼女たちは皆少女の姿をとり、永遠に降り積もる灰を処理するための装置。

 ティア自身、その程度のことしかわかっていないのだ。


「だから、私もいつ頃生まれたかはわからない」

「ふうん。意外と灰喰らいも何も知らないんだね」

「イラッ」

「……口に出して言う人初めて見たよ」


 そもそもクレイの方が何も知らず、先日いろいろと教えながらもその無知さに呆れたのは記憶に新しい。そんなクレイに『何も知らない』などと言われる筋合いはない。


「いや、まぁ、僕は基本地下に引きこもってるから……」

「それなりの頻度で外背歩いてるでしょうが。今更そこを嘘つかれても困る」

「むぅ……」

「大体無知なら無知で出歩かないで。ただでさえ面倒な上に自衛能力すら皆無なんだから」

「脆さじゃ好奇心は埋められないんだよ」

「じゃあ恐怖でその好奇心を殺してあげようかしら?」

「ちょっ! 首元に鎌突きつけるのはやめて! 刈られる!」

「わかったら少しは自制を覚えなさい」

「わかった。わかったからぁ!」



 誰かとする旅は短いものだ。以前読んだ本にそんなことが書かれていたような気がする。

 読んだ当時は特に気にしたことはなかった。だって、誰かと外を歩くことになるとは微塵も思っていなかったから。

 だけど、今現在、クレイは誰か──ティアと、短いながらも旅と呼べるものをした。彼女が友好的な灰喰らいであり、灰物警戒もしてくれたおかげで、今までとは全く違う時間を過ごせていた気がする。

 いつもの感覚であれば、ようやく目的地に着くか……? といった時間である。もちろん体感時間での話ではあるが。

 それほどまでに時間が経つのが早かった。楽しかった。


「……この辺りで合ってるかしら? 貴方の言っていた道らしいものがあったけど」


 だが、もう家の前である。少し掘れば、いつもの出入り口のハッチが見つかった。


「うん。家の近くまで送ってくれてありがとう」

「別に。中途半端なところで別れて野垂れ死にされても困るから」

「そこまで信用ないのかなぁ……」

「灰喰らいに殺されかけてたことを自覚しなさいって言ってるのよ。本当に好奇心刈り取るわよ」

「待って待って神出鬼没に鎌を構えないで!」

「面白くない冗談ね」

「ギャグで言った訳じゃないから!」


 少しの間、そんなやり取りをしていた。やがて、日が暮れてくる。


「……はぁ。そろそろ日も暮れるし終わりにしましょうか」


 ため息とともに大鎌を下ろす。ふっ、とクレイの目の前にも灰が降り始めた。ティアが能力を解除したのだろう。

 これで旅は終わりということだろう。


「ティア、灰喰らいに言うのもアレなんだけど……楽しかった! すごく」

「…………」

「だから……その、ありがとう。またね!」

「いや、もう地上に出てこないでよ」

「それは好奇心次第かな!」

「なっ、こら」

「じゃねっ!」


 ティアが何かを言う前にハッチを開けて中に滑り込む。そして素早く施錠。

 ハッチの中は真っ暗だ。だが、クレイは慣れた手つきで梯子を掴み、下へと降りていく。下へ下へと降りるにつれ見慣れた明かりが見え始める。帰ってきたのだ、いつもの場所に。


「楽しかったなぁ……」

 上を見上げ、暗闇に思いを馳せる。また、ふとした時に会えたらいいなと思う。この二日間で、いろんなことを知った。

 実際に灰喰らいに出会い、旅をし、過去の建物を探索した。

 それは、クレイにとってとても充実した時間だったと確信をもって言うことができる。それほどまでに珍しくも楽しい時間だったのだ。


「……珍しく、日記でも書こうかな」


そう呟いて、クレイは自宅のノートの場所を思い出そうと頭をひねるのだった。

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