幕間 灰喰らいたちの歓談
「──でさ、なぜかアタシの作ったタワーが壊れてたわけよ! だからなんか悔しくてもう少し留まることにしたのさ」
「それはそれは。また大変そうやねぇ……。ま、今度はウチがちゃーんと処理したるから安心せぇな」
灰色の世界の片隅で、三人の灰喰らいたちが灰のキューブに腰かけて雑談に耽る。最近リリーが帰ってきたことで再び恒例となった光景である。
ゆらゆらとマイペースにネラと話しているのがリリー。ティア、ネラと同じくこの周辺を担当している灰喰らいである。
リリーの装いは二人とはやや異なり、和服を基調としたゴシックドレス。所謂和ゴスであり、色も黒一色ではなく、深紅と黒が半々という落ち着いた雰囲気を纏っている。
彼女は他の灰喰らいに比べて圧倒的に取り込める灰の量が多いため、周辺ではごっそりと灰が消えることもしばしば。しかし、対象とする範囲は狭く、以前はそのせいで大穴が空き、雪崩が起きるという事件があったため、現在はネラが圧縮して積んだ灰をまとめて処理することが基本になっている。圧縮されている分普通にやるよりも取り込みやすいらしい。
「リリーも戻ってきたことだし、リリーの処理が間に合わないくらいになったらふらりと出かけることにするよ」
「あら、それじゃあずぅっと出かけられなそうやなぁ」
「ほー、言ったな?」
「ええ、言いましたわ」
「……二人とも元気なのはいいけど、熱中しすぎてまた大穴作らないでよね」
以前二人がこの対決に熱くなった結果、再び一点の灰だけがガンガン消えていき、見事な大穴ができたことがある。結局周りから寄せて埋め、ネラとリリーは自分を酷使しすぎて二週間ほど動けなくなっていた。
ちなみにリリーの処理速度をネラは超えることはできなかった。
「さすがにまた動けなくなるのは勘弁やからな。ウチはちゃーんと調整するで? ネラはんがどうするかは知らんけどな」
「やるなら全力! 当然だろ?」
「貴方、人の話聞いてた?」
「おう。要するに広い範囲を浅く処理していけばいいんだろ?」
「……そうね。そういうことよ」
ティアが指摘したことは『大穴を作らない』ということである。確かに間違っていない。
「だろー? よっしゃリリー、勝負だ!」
「……ティアはん。なんとかしてネラはん止めてくれへん?」
「無理」
「即答は辛いなぁ」
リリーはそうは言うものの、言葉とは裏腹に楽しそうにからからと笑う。
この灰にまみれた世界で笑えることは良いことだと思う。灰喰らいとはいえ、虚無を感じる世界なのだ。その中でネラとリリーという灰喰らいに会えたのは、ティアにとってもありがたかった。
*
「そいやティアはん、この前珍しくおらんかったそうやね?」
数十分してなんとかネラを落ち着かせた頃、話題はティアのほうへとズレてきた。
「そうそう。その日はまだリリーも戻ってきてなかったし、暇だったんだぞ」
「貴方が暇だったのは知らないけど、そうね。珍しく出かけてたのよ」
「そりゃ本当に珍しいな。ティアはんが気になるものでもあったんかえ?」
「……まぁ、結果的に面白いものは見れたかな」
少し面倒なこともあったけど。
「ほーん。それはそれは。聞かせてもらえます?」
「アタシも気になるぞ!」
「それは……まぁ、構わないけど……」
ティアは二人に求められるがまま、つらつらとあったことを話していく。
ネラのタワーの近くまで歩いていたら灰物が暴れまわっていたこと。近づいてみると人間がいて襲われていたので助けたこと。帰れと言ったのに帰らないから仕方なくついていったこと──
「人間が、ねぇ。外におるなんて珍しいこともあるもんやな」
「それに関しては同意するわ。なぜか灰物が暴れてると思ったら人間が襲われてるなんて普通思わないわよ」
そもそも最近では灰喰らいが暴れていることすら滅多に見なかったのだから。
「人間なんて久しく見てねぇもんなぁ。前はちょいちょい外に出てくる奴もいたけど、今じゃ地下で引きこもりだからな」
「前って言っても数十年前やでネラはん。まぁ、確かに人間なんてほんとに見ぃひんもんねぇ」
「というか何でティアは私のタワーのほうにいたんだ?」
「ああ、それはネラが少し出払うって言ってたから、今のうちに少し見ておこうかなって」
「何で?」
「いや、まぁ……この世界で変化があるものっていうのがありがたいというか楽しみというか……まぁ、そんな感じだったから。すこし寂しいなと思っただけよ」
「そんなこと思ってくれてたのか……!!」
「ティアはんかわええなぁ。もっと素直になってもええんやで?」
「コホン、続けるわよ」
二人に絡まれる前にさっさと次に移ることにする。
人間──クレイの目的地には、灰に埋まっていたが旧時代の建築物が比較的綺麗な状態で残されていた。
灰を削って中に入ると、内部は当時の色彩がほぼそのままの形で残されており、新鮮な感覚を得た。が、クレイが予想以上にはしゃぐので浸ることはなかったのだが。
下の階層に人間のようなものがいることは入る前にわかっていたため、クレイを上に誘導することにした。
その後、上の階層にある一室でしばし休息。クレイから携帯食料をもらい、食べた。今思えば、物を食べたことなど数えるほどしかなく、口の中に何かがあること自体が新鮮に思えたのだった。
「食事……食事かぁ。アタシたちは灰でなんとかなるけど、人間はそうもいかないんだよな」
「せやねぇ。けど、ウチらも食事自体はできるんやし、今度何か作ってみる?」
「灰で?」
「灰で」
「……いや、いらない。灰原産のものは……なんか違う気がする」
「そないなこと言っても地上じゃ食糧なんて存在せぇへんからなぁ」
からからと笑う。ネラの言う通り、地上じゃ食糧の獲得は見込めない。あるのは灰だけなのだから。
「ほんなら地下に潜って人間たちから貰うくらいしかあらへんけど」
「それも面倒だしパス。第一人間がアタシたち見たら逃げるでしょ。貰うどころの話じゃないわ」
「そこで奪うって発想がないネラはんは純粋で可愛い思うわぁ」
「はぁ!?」
「別に滅びた地下村に行けばいいんじゃないの?」
それならそもそも人間がいない。
「それはそうやけど……食料、残っとるやろうか?」
「あー……」
この世界において人間たちが死ぬのは他の人間に襲撃されるか、食糧難による餓死が多い。実際に現場に出向いたことはないが、何度か人間を処理している灰喰らいによるとそうらしい。
そう考えると、そもそも滅びた村に食料が残っている可能性は限りなくゼロに近い気がした。
「難儀やねぇ……」
「そうだな……まぁいいや。次話してよ次」
「はいはい」
ティアは再び話始める。
食事の後、クレイが眠ってしまったのでランタンを布で覆い、自分はソファに座って階下の様子を探っていたこと。起きた後はフロアを見て回り、様々な色彩に触れたこと。それらが新鮮に感じたこと。
「確かに色は新鮮だよね。こんな場所にいちゃ灰色かアタシたちの服の色くらいしかないもんね」
「せやなぁ……。しかもみーんな黒ばっかやし、見栄えもせんからねぇ」
「その分深紅が混じってるリリーは綺麗だけどね。でも、やっぱり旧時代の色彩は綺麗だったよ」
「なぁなぁ、どんな色してたんだ? 絵とか描いてないのか?」
「え? あー……確かクレイは写真とか撮ってたけど、私は何もしてないかな。特に道具もないし。ただ、綺麗だなって思ったのは……青色、かな」
「ええなぁ青。知識として知ってはいても、実際に見ることがあまりないというのも何というか……むず痒い感じがするなぁ」
リリーは、んむむむむ、体をよじる。結構体は柔らかいらしい。明らかに変な体勢になっているが、苦しくはないらしい。
少しして元に戻ると、何事もなく話を続ける。
「そういえばそのクレイはんとやらは携帯電話っちゅーものを持ってるんやったね。今度写真もろてきたら?」
「あ、それ賛成。ティア貰ってきてよ!」
「いや、そもそもまた会うかどうかもわかんないんだけど……」
「あ、それもそうか。今一緒にいないんだもんね。え、死んだ?」
「いや死んではいないけど」
ネラの発想が極端すぎる。
「まぁ、続き話すわよ。あとは下の階層での話ね」
「下に人間がおったんやっけ?」
「そう。それも面倒な、ね」
下の階層に行くと、クレイは目的のものが近くにあるらしく、一直線に向かっていったこと。向かった先にはちょうど人間の気配はしなかったので放置したこと。ティア自身は気配が集まっている方へと歩いていくと、明らかにティアを認識しているような動きで囲み始めたので声をかけたこと。そして、姿を現したのが灰神教の教徒たちで、この建物がその教徒たちの拠点だったこと。
「灰神教かぁ。また面倒なやつらに会ったね」
「出会って早々に邪教徒呼ばわりされたわ」
「そりゃあ灰喰らいを異様に嫌っとるからねぇ」
にかーっと綺麗な笑顔。いや、その笑顔はどうなんだろうか。
「面白いからええやろ? ウチは彼らのこと結構好きやで? 滑稽で見てて面白いからな」
「……リリーって案外エグいわよね」
「そうでもないでー。普通や普通」
はぐらかすというよりかは純粋にそう思っているかのようにからからと笑う。……いや、実際にそう思っているのかもしれない。
「で、どうしたのそいつら」
「司祭だけ殺した」
「……ティアも人の事言えない気がするよ」
「そいつがかなり屑だったから仕方なくよ。そいつとそいつが殺した教徒以外は生きてるわ」
「え、その司教が教徒殺したの?」
「ええ。故意にね」
「あらあら。そりゃあ中々やねぇ。弔いは?」
「そんなのしてるわけないでしょ。むしろ侮辱するレベルだったんだから」
故意に殺し、あろうことかそれを悪びれもせず宗教に利用しようとする。あの司祭はそういう奴だった。だから、殺すことに躊躇いはなかった。
室内で灰はなかったが、入る前から警戒はしていたため既に灰は体内に蓄積済。油断しきってるところを一息に刈り取った。
「大鎌なのも合わさって完全に死神だね」
「それは……あまり嬉しくないわね」
「なんでー? かっこよくてええと思うけどなぁ」
「そうだぞー。それに服装もそれっぽくて完璧じゃん!」
「……」
「ああ待って! そんな冷たい目でアタシを見ないで!」
ティアは、いっそのことリリーみたいな和装にしてやろうかと思ったが、正直少し動きにくそうなのでやめた。
「まぁまぁ。それで、そのあとはどうなったん?」
「……別に、その後合流して帰っただけよ。クレイも目的のものが見つかったみたいだし」
「そか。んで、そのクレイはんは何を探しとったん?」
「そのあたりはよくわからない。ただ、通信装置のようなもの……だと思う」
「へぇ、そんなものがあるんだな。けど、そんなもの探してどうするんだろうな」
「さぁ? そのあたりは特に言ってなかったから」
「ふーん。まぁでも面白いやつなんだな、そいつ。また外に出てきたら遭遇するかもな」
「一応出てくるなとは言ったけどね」
「せやけど話を聞く限り、あまりじっとはして無さそうやね」
「……そうね」
リリーの指摘はもっともである。あのクレイがおとなしくしているとは考えにくい。
……できればおとなしくしていてほしいのだけど。そう思いはするものの、また旧時代の色彩に触れてみたいという気持ちもある。
この広大な土地で当てもなくふらつくのは非常に面倒である。かといってクレイのようなよくわからない情報源もない。
「……」
「ティアはん? どないしたん?」
「いや……ただ、暇だなって思っただけ」
「……せやなぁ」
「んだねぇ……」
この前の出来事も話し終え、三人して空を見上げる。今日も変わらずしんしんと灰は降り積もっていく。
灰色の世界の片隅で歓談する者達も見る者はいない。咎めるものもいない。
だから、今日も三人で暇つぶしに集まる。灰喰らいの命は、まだまだ尽きそうにはないのだから。
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