この世界で生きる者-4
建物内は当然のように暗かったが、ランタンで照らしてみると想像以上に綺麗であり、長い間灰に埋まっていたとは思えないほど、当時の色を残しているように感じた。
地図などはないが、テラスから入ったことを考えると二階か三階だろうか。少し辺りを見回してみるが、この部屋に階段は見当たらない。
「……それで、これからどうするの? 何か目的があったのでしょう?」
「そうだね。でも、その前に今日寝泊まりする部屋を探そう。拠点を決めてから探索するよ」
もちろん探しているものはある。だが、今は長旅の後で疲れているうえに時刻は夕方を回り夜が近づいてきている。先に寝床は確保しておきたいところだ。
「なら、上の階にしといたほうがいい。下はお勧めしない」
「まぁ、崩れそうなときにすぐ脱出できそうだしね」
「……そうね」
ティアの助言に従って上に向かう。幸い廊下に出るとすぐに階段を見つけることができた。
長めの廊下もとても綺麗であり、地上が灰に染まる前の色をしっかりと残している。ここまで綺麗なのは稀であるが、それは否が応でもテンションは上がるというもの。それこそ階段にたどり着くまで十分以上かかり、ティアに見事な呆れ顔をさせるくらいには。
「……確かにこれは珍しいものだけど、たかが二十メートルほどの道に時間をかけ過ぎじゃないかしら」
「花瓶に花が刺さってないのが残念だけど、それは仕方ないよね。でも壁も綺麗だしまだ絵画も飾られている。凄いなぁ綺麗だなぁ。やっぱり昔は地上にも色がいっぱいあったんだよね。いいなぁ……」
「…………」
あっ、無言で階段を上がられた。
建物内とはいえティアといた方が安全なことは確かだ。それにここではぐれると外に……もとい灰の崖を登れる気がしない。
仕方なくクレイは鑑賞したい気持ちを抑え、ティアの後を追った。
*
「よし、このあたりでいいかな」
クレイが選んだのは入ってきた階の一つ上。その隅にあった客室だ。窓はあるが当然閉まっており、外は暗い。
「荷物は置いていくの?」
「いや、持ち歩くよ。ただ場所を決めただけ。そうすれば何かあったときに逃げる目標になるからね」
そういうものなのか、とティアは思う。ティアは灰喰らい故に逃げることも、そもそも脅威というものをあまり感じたことがない。
ただ、今は人間であるクレイに合わせることが良いとは思っている。
ティア自身、なぜここまでついてきたのか明確な理由はわからない。だが、不確かな理由の中に『色』という興味はあった。灰喰らいとしての生を受けて以降、見てきたものはほとんどが灰色。他の色と言えば自身の服と宵闇の黒。それと、他の灰喰らいたちの持つ色くらい。およそ綺麗な色彩とされるものに触れたことはなかった。他の沈んだ都市を見つけたことはあれど掘ろうと考えたことはなかった。
その中でこの人間はそれでも向かうと言った。ティアにとっては暇つぶしかもしれない。気まぐれかもしれない。けど、ついていく理由の中に『色彩』という興味があったことは否定しない。
実際、この建物の中には無機質ではない『生きていた色』が確かにあった。
……ただまぁ、ティアが見て何かを思うよりも先にクレイが目を輝かせて観察にまわったせいで、呆れの感情が先に出てきてしまったのは少し悲しかった。
*
「少し休んでから探索しようと思うんだけど、ティアはどうする?」
「……そうね。休んでからにしましょうか」
ティアは何かを考えるかのように部屋にあったソファに腰かける。ぼふっと一瞬埃が舞ったような気がしたが、すぐに消え去った。
(処理の能力……雑に便利だな)
確証があるわけではないが、おそらく灰喰らいの能力で埃を『処理』したのであろう。以前ティアは「人間の処理のほうが面倒」と言っていた。ということは多少なりとも『処理』の幅は広いように思える。
「……何?」
「あ、いや……別に」
考えてる間ティアを見たままだったらしい。これでは明らかに変な人だ。
クレイは誤魔化すわけではないが、背負っていたリュックから携帯食料を取り出す。下手に火を使って調理して火事になっても困るので今日はこの乾いた携帯食料を食すことになりそうだ。
ぼそぼそと味の薄い携帯食料をかじる。……そういえば
「ねぇティア、灰喰らいって食事はするの?」
「食事? ……食べることはできるけど、基本的に必要ない。私たちは灰を処理する際に発生するエネルギーを変換することで駆動しているから」
「そうなんだ……。でも、食事はできるんだね」
「それは、まぁ。私たちの体の構造は一部違いがあれど、基本的には人間の少女と同じなの。だから、食事もできるし味もわかる。ただ必要はないし、灰と同様に処理するから排泄もない」
「排泄って……」
そこまでは聞きたくなかったなぁ……。というか、一応食事中なんだけど。
「まぁいいや。じゃあ、はい」
「? これは?」
「携帯食料。おいしくはないけど、なんか僕だけ食べてるのも悪いかなって」
「だから必要ない。貴重な食糧くらい温存しときなさい」
「えー……」
とはいえ灰喰らいとはいえ自分よりも幼く見える少女を前にして一人だけ食事するのも忍びない。
一応携帯食料は多めに持ってきてるし、ティアのおかげでここまで安全にこれたのも事実だ。……いや、でもおいしくないって自分で言ってるものを渡すのはどうなんだろう?
「……ん」
「え?」
ティアが手を差し出してくる。
「そんな黙って難しい顔されても困る。それなら、貰う」
どうやらクレイも食べずに黙っていたのが気に喰わなかったらしい。そうなるとここで渡さないと言ってもさらに面倒くさがられるのは目に見えている。とすればおとなしく渡すのが良い気がした。
(……これ、僕が我儘なだけだよね)
自分の行動に自己嫌悪が進んでいく。彼女は灰喰らいであり、人間ではない。人間という枠組みでの常識は彼女たちの常識ではない。
(……ティアが嫌がってないといいな……)
もそもそと携帯食料を食べるティアを視界の端に捉えながら、クレイは小さくため息をつくのだった。
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