この世界で生きる者-3


 灰色の世界を歩くこと数時間。

 ティアという灰喰らいは不愛想ではあるものの、ある程度こちらの会話には応えてくれるし、灰物の警戒もしてくれた。

 クレイ自身、地上についての情報や灰喰らいについての知識も乏しかったため、個人的な意味ではとても有意義な時間となった。

 逆にティアはクレイの無知さに所々辟易していたようにも見えた。それでも投げることなく説明してくれたのは、彼女の根が優しいからなのだろうか。

 結論を言ってしまえば、ティアという少女に関して大したことはわからなかった。だが、灰喰らいと灰物に関してはいくつか情報を得ることができた。

 まず、灰喰らいは様々な場所に点在しており、それぞれに担当とも呼べるエリアが存在しているらしい。といってもその基準は曖昧であり、世界全てを担当できるほどの量の灰喰らいも存在しないため、形骸化しているそうだ。

 次に灰喰らいたちの性能差。

 灰喰らいたちは『灰を処理する』という能力に関しては一貫しているが、その形は様々であり、またその処理能力にも個体差があるらしい。ティアはその中でも能力値が高いほうらしいが、本人には既にあまりやる気がないので仕事の成果としては並なのだそう。


「他の灰喰らいたちはやる気があるの?」


 ふと気になり、聞いてみる。


「さぁ? まぁ、さっき崩れたタワーを作っていた子はやる気があったみたいだけど」

「あ、この辺りにはティア以外にもいるんだね」

「そうね。この近辺なら私含めて三人かしら。もっとも、今は一人でかけているから二人だけど」



 灰物に関してはティアも詳しくは知らないらしく、大まかにわかったのは以下のようなことだった。

 灰物は『情報量の多いもの』に反応する。特に電子機器と呼ばれるものに敏感であり、携帯電話もその一つなのだそう。

 人間も見つけ次第襲うが、人間に対する高い索敵能力はないらしい。

 やはりさっさと隠れるという認識はあっていたようだ。……携帯電話を使ってしまったので意味はなかったのだが。

 ちなみに灰喰らいたちも対象らしく、襲われることは多々あるそうだ。ただ灰喰らいは軒並み戦闘能力が高く、大した脅威ではないらしい。

 それと、灰物は仮に殺しても時間が経つとどこからともなく復活するため、絶えることはない……らしい。

 そのあたりはティアもよくわからないらしく、少し濁したような言い方をしていた。

 根本的な回避方法などはわからなかったが、今まで知らなかった情報を多く知ることができた。

 それだけでも今日は外に出た甲斐があるというものだ。死ぬかと思ったけども。



「たぶん座標としてはこのあたりのはずなんだけど……」


 さらに歩き時刻は夕方。元々この座標のあたりで夜を過ごすつもりではあったため、野宿の用意はできている。だが、可能であれば建物内で過ごしたいというのが本音だ。

 クレイは辺りを見回してみる。所々不自然な盛り方をした灰があり、何かがありそうではあるのだが……。


「クレイ、こっち」


 少し離れたところにいたティアに声を掛けられる。が、駆け寄ってみても特に気になるようなものはない。


「どうかしたの?」

「ここに建物がある。たぶん入れると思うけど」

「え、どこが?」


 ティアが指差すところを見るが、他と変わらず灰が降り積もっているだけである。

 クレイが首を傾げていると、ティアは無言で歩き出した。そして右手を振りかぶり、地面に突き下ろす──



 ズゴォッ!!



 ──穴が、開いた。

 今の一瞬でティアのいる場所から前方二メートルほどに大きな縦穴が生まれていたのだ。


「ほら、あった」


 それがティアの──灰喰らいの能力によって灰を除去したのだと気づくのに数秒。そして、近づいてみると、確かに五十メートルほど下にお城のテラスのような場所があり、扉のようなものも見える。


「建物が丈夫だったからか、あまり中に灰は侵入してなさそう。入るぶんには問題ないと思うけど」

「わかるの?」

「大まかには。こんな世界じゃ無意味に等しいけど、灰喰らいには簡素ではあるけど灰のスキャン能力があるから、灰の有無くらいはわかるわ」


 別に特別なことをしたわけでもない、という淡々とした声。

 ティアは綺麗な容姿をしている少女だが、その正体は人間ではなく灰喰らいという存在。人間からすれば灰喰らいも灰物に変わらないくらいの『化け物』なのであると再認識させられる。


「それで、入るの? 入らないの?」

「あ、入るよ。そろそろ日も落ちそうだし」

「そう。じゃあ早く行きましょう」

 そう言うとティアはさっさと飛び降りてしまう。──ってちょっと待て。

「飛び降りるの!?」

「? 当たり前でしょう。それ以外に方法が?」

「いやいやいや、人間は下手すりゃ死ぬよ!」


 五十メートルはさすがに無理がある。下手すりゃ、というより普通に死ぬ。


「……仕方ないわね」


 そう言うとティアは穴の壁に触れる。


「……下がってた方がいいわよ」


 ズゴォッ!!


「警告から実行までが短すぎないかなぁ!?」


 轟音と共にクレイの目の前から灰が消滅した。

 しりもちをつくクレイの目の前には窪みができており、そこには下へと続く階段が作られている。

 灰処理の応用なのかもしれない。確かに凄いが、警告してから実行するまで一秒にも満たなかった。クレイがぎりぎりでしりもちをついていなければそのまま落ちていたかもしれない。

 が、当のティアは気にした様子もなくさっさと扉を開けて建物に入っていってしまった。


「はぁ……。ありがたいけど、もうちょっと優しくしてほしいなぁ……」


 そんなことをぼやきながら、クレイは階段を降り、ティアの後を追うように建物へと入っていった。


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