第49話

 登山から帰ってきた所で、ようやく宿泊施設の紹介になった。バスに詰め込んであった荷物は先に部屋に運ばれているそうなので、僕たち四人組は教師から鍵を受け取って部屋に向かう。


「あー……なんで男女で風呂の時間が違うんだよ。晩飯遅くなるじゃん」


 大輝が言う。


「盗撮と、間違って女湯に入るバカを無くすためだろ」

「そんなバカいるのかよ……」


 半信半疑そうに大輝が呟いていると、後ろで雨宮と話していた一色が言った。


「いたらしいぞ。一昨年の話だが」

「え、まじ?」


 一色は頷いた。


「マジ。先輩から聞いた話だから間違いない」

「その人、絶対わざとでしょ……」


 雨宮も顔をひきつらせている。全くの同感だが……


「流石に今年は……大丈夫だよな?」


 三人に恐る恐る聞くと、一色が力強く頷いた。


「大丈夫だと思うぞ。なんでも、風呂の時間は教師のほとんどが見張りに立つらしい。……去年の話では、忘れ物を取りに来た男子生徒でさえも入れなかったって話だからな」

「そりゃ安心だ。なあ、拓海?」

「どう言う意味だよ」

「別に?」


 にやにやこちらを見る大輝を軽く睨む。一日一緒にいたせいか、からかいのレベルが微妙に上がっている気がするが……絶対にやり返してやる。




 それからしばらく三人と話し、二階の端にある班の部屋まで辿り着いた。階段がすぐ側にあるので、一階の食堂や温泉浴場に行く時も便利そうだ。


「じゃあ……開けるぞ」


 鍵を取り出してそう言うと、ごくり、と三人が生唾を飲み込んだ。僕も部屋がどんなものか楽しみで仕方ない。


 ロックを解除してドアを開けると、そこは木製の二段ベッドが二つ置かれた、ごく一般的な細長い部屋だった。奥には小さな小机、そして座椅子が二つと、旅館の談話スペースのようになっている。


「……なんか、普通だな」


 僕が言うと、皆一様に頷いた。


「確かに……」

「普通だな」

「期待して損したね……」


 微妙に残念そうに、三人は自分達の荷物が運ばれていた奥のスペースに鞄を置きに行く。僕もそれに続こうとした所で「ピロリン!」と鞄に入れていたスマホが鳴った。


「……?」


 取り出してアプリを開くと、なんと雪菜からメッセージが来ていた。


『部屋はどんな感じ? 私達のはこんな感じ!』


 同時に写真が送られてくる。見ると、雪菜と春菜さんがクラスの女子二人と自撮りしている写真だった。フリックで入力して返す。


『僕たちの部屋も全く同じ間取りだ』


 するとまたメッセージが送られてきた。


『そっかぁ。男女でそんなに差は無いんだね』

『ああ。……そうだ、メンバーとはどんな感じ? 仲良くしてる?』

『なんだか拓海、お母さんみたい。そんなに心配しなくても、みんな優しい良い人だよ?』

『ごめんごめん。ちょっと心配だったから』


 顔の筋肉が自然と緩むのを感じながら、新しいメッセージを入力しようとしていると……


 ヴーッ! ヴーッ!


「うおっ⁉」

「なんだなんだ、どした?」


 近くにいた大輝がスマホを覗き込み、同時に僕が通話ボタンを押す。すると突然、『春菜ちゃん⁉』と雪菜の声で悲鳴が聞こえてきて、画面がビデオ通話に切り替わった。


『あー……ごめんね雪菜ちゃん。結城君との逢瀬だったか……』

『春菜ちゃん違うから! というかビデオ通話……ってちょっと! なんでみんな寄ってきてるのよ!』

『えー、私も結城君と話してみたいもん。雪菜ちゃんがいっつも自慢し――むぐっ⁉』

『どれどれー? おー結城君。それに九条君も。うしろの二人は……雨宮君と一色君?』


 ……正にカオスだった。

 スマホに表示されたビデオ通話の画面には、見覚えのある女の子の口を無表情に塞ぐ雪菜と、ふりふり手を振っている名前の知らない女の子、そして後ろでにこにこ笑っている天沢さんの姿だった。

 大輝がぽつりと言う。


「大丈夫か? この班」

「……どうだろうな」


 答えながら後ろを向くと、一歩引いた場所では雨宮・一色両人がなんとも言えない表情を浮かべている。日本語訳すると「なんじゃこりゃ」といった感じか。


『おーい、結城君、九条君。私の話聞いてる?』


 名の知らない女の子が言うので、僕達は揃って頷く。

 長い黒髪を爽やかなポニーテールに結ったその女の子は、後ろの惨状を見て苦笑いした。


『ごめんね、お二方。特に結城君。これにはやむにやまれぬ事情があってね……』


 やむにやまれぬとは。死語じゃないのか、その言葉。


『あ、覚えてないかもしれないから一応言っておくけど……あっちで月城さんにヘッドロック掛けられてるのが穂波ほなみで、私は水城みずきね。水城玲奈。水城でも玲奈でもどっちでもいいよー』

「あー、じゃあ水城さんで」

『おう。よろしくだぜ』

「よ、よろしく……?」


 なんとも掴みどころがない人だ。


『でさ、結城君……実は、あまりに月城さんが君の話ばかりするもんだから、「そこまで言うのなら私らが見極めてやろうか!」ということに私と穂波でなったわけよ』

「展開が唐突だな……」

『まあまあ、最後まで聞いてよ。……それで、最初はこんな風に通話を盗み聞きしようってことになってたんだけど……月城さん、滅茶苦茶ガード固いのよね。今も穂波に抑えて貰ってるし』

「……だろうな」


 教科書でも筆箱でも、持ち主がはっきり分かるものは絶対に手元に置いておくのが雪菜だ。あそこまでの容姿だし、以前所持品がらみで嫌なことでもあったのだろう。


『だから、彼女と仲良さそうな天沢さんにちょこっと協力をお願いしたわけよ。そしたら条件付きだけどオッケーがもらえてさ』

「もらえたのかよ……」


 何やってるんだ……と言いたいところだが、あの人は誰かをからかって楽しんでる節が結構ある。そこも大輝と似てるとは思うんだけれども。


『……でさ、その天沢さんが出した条件が「部屋に結城君、それと九条君を連れてくること」それだけだって』

「それだけって……女子の部屋は一階上だぞ? 見張りもいるし……」


 そこに大輝が割り込んできた。


「拓海。あいつの言う事はあんまし当てにするなよ。どうせまた変な事考えてるんだろうから」

「変なこと?」

「変なことだ。未だにあいつの思考回路が俺には読めん……」


 ……確かに、天沢さんは何を考えているのかよく分からない。悪い人じゃないし、むしろ大輝を世話してくれる、どちらかと言えば良い人なんだが……


「……」

「……」


 僕と大輝が顔を見合わせていると、水城さんがニコニコと笑顔で言った。


『大丈夫。指示はこっちでするから、二人はその通りに動いてくれればいいよ』

「指示? スマホで?」

『そう。スパイ映画みたいでかっこいいでしょ。ポッシブルだよポッシブル』

「それ、インポッシブルじゃ……」

『細かいことはいいの! それじゃ、またすぐに掛けなおすから! じゃね!』


 水城さんは機関銃のようにそう言って、ぶつりと通話を切ってしまった。結局最後まで雪菜は穂波さんと取っ組み合っていたし、天沢さんはニヤニヤ笑っていたし……一体全体何だったんだ?


「…………」

「…………」


 僕と大輝は真っ黒になった画面を見つめて、再び顔を見合わせた。


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