第48話

 胸にむず痒いものが残っていた僕たちだったが、バスから降りてきた教師に集合の号令を掛けられたことで我に返った。どうやら、班ごとに集まって点呼、予定の確認をするらしい。


「じゃあ雪菜せつな、また山頂で」

「う、うん。また……」


 男子と女子は別々の班なので、雪菜は春菜はるなさんと共に、僕は大輝だいきと共に所定の木の下に向かう。うちの担任は変わらず放任だからか、点呼は一瞬にして終わった。


 

 箱型の黒いスポーツバックを下ろし、大輝が大きく伸びをする。


「あー……。空気が美味い」

「山頂はもっと凄いらしいぞ」


 僕が言うと、大輝は一層目を輝かせた。


「マジで⁉ 早く行きてえ! そして飯を食いたい!」

「弁当は持参じゃないってのがまた新鮮だよな」


 そう。実はこの自然教室、学校行事の中でもかなりの予算が配分されているらしく、弁当が出るのは当たり前、さらに宿泊施設も温泉が付いた豪華なものらしい。一年次でこれなら、二年の修学旅行はどうなるのかと言う話だが、それも相応に豪勢なのだそうだ。公立高校なのにかなりの太っ腹である。


 そのことを話すと、大輝は満足したとばかりに寝っ転がった。地面に。


「この高校来て良かったぁ……」

「それは同感だけど、起きろよ大輝。もうそろそろ出発だぞ」

「はいよー」


 大輝が起き上がって支度をするので、僕も荷物のチェックを行う。といっても別段必要なものはないので、忘れ物が無いか確認するだけだった。終わった僕は立ち上がり、後ろで固まっている二人の男子生徒に声を掛ける。


雨宮あまみや一色いっしき。準備できたか?」

「う、うん」

「ああ。大丈夫だ」


 この二人は、事前の班決めの際、孤立していた僕と大輝を仲間に入れてくれた所謂はぐれ仲間だ。眼鏡をかけた細身の方が雨宮静人あまみやしずとで、柔道をやっているというどっしりした方が一色豪いっしきごう。二人からは僕と同じ匂いがするので、これからも仲良くしていけそうだ。

 一応、僕がこの班の長ということなので、三人を先導する。


「じゃ、行こうか。山頂までは自由に登っていいらしいから、適当に話でもしながら行こう」

「だな」


 大輝が短く賛同した。後ろの二人もめいめいに同意の声をあげ、僕たちは山頂を目指す旅――約八百メートルの登山を開始した。




*  *  *




「なあ、結城ゆうき


 登山を開始してからほんの十分。

 舗装されている道路から山道に入りかけようとする所で、一色に話しかけられた。


月城つきしろと仲がいいって本当か?」

「あー……」


 僕はしばらく返答に迷い、しかし否定するのは違うと思ったので頷いた。


「まあ、仲は良いよ。というか幼馴染なんだ」

「なるほどな……俺にも一人、腐れ縁の奴がいる。まあ、お前らみたいに密度の高い関係じゃないけどな」

「密度が高いって……」


 せめて親密とかに言い換えてくれ。恥ずかしい。


 必死に表情をごまかしていると、今度は逆の方向――雨宮からアタックが来た。


「確かに。結城君と月城さんって、すごく仲がいいよね。なんというか、通じ合ってる? ……傍から見ても入り込める余地が無いのがわかるよ」

「待ってくれ。ちょっと本気で恥ずかしいから――」

「二人とも考えることは同じか! いやぁ、「もう早く付き合え!」ってどころか「さっさと結婚しろ!」って言いたくなるよな!」

「大輝……」


 ここぞとばかりに殴りこんできやがる。と思ったら、二人が唖然とした表情でこちらを見つめていた。


「あれで恋人じゃない……だと……?」

「う、噓でしょ……?」


 僕は熱くなった頬をごまかすため、明後日の方向をむいた。


「……悪かったな。つい最近再会したばかりで、まだそういう関係じゃない」

「まだ、ねえ……」


 大輝がにやつきながらこちらを向いた。


「告白する勇気が無いだけだろ? とっととくっついちまえばいいものを」

「仕方ないだろ。怖いじゃないか……」

「いや、答えなんて分かり切ってるだろうが」

「…………」


 僕が黙っていると、大輝は大きくため息をついた。呆れられてしまったらしい。


「……ま、拓海にとっては今の関係の方が大事なのかもしれんが、向こうはどうだろうな」

「雪菜が?」

「ああ。……大体、高校生にもなって互いの家に泊まりに行ってる時点で、もはや親公認の関係だろ」

「いや、月城さんには確かにまた来いって言われてるけどさ……ん?」


 なんだか静かだな、と思って後ろを見ると、雨宮と一色がそろって固まっていた。


「……お互いの家で」

「……泊りがけ」


 その何か次元の違うものを見るような表情に、僕は慌てて両手を振った。


「ち、違うぞっ! 違う! 僕は何もしてないっ!」

「いや、同じベッドで寝たとか言って、何もしてないってのは――」

「大輝!」

「同じ……⁉」

「ベッド……⁉」


 もはやドン引きである。二人の中で僕の評価がどんどん下がっていくのが分かる。

 一色がその剛毅そうな顔を心配そうに歪めて言った。


「結城……尻尾くらいは……掴んでおけよ」

「うっ……!」


 雨宮も続ける。


「だね。小説だったら、優柔不断の末に自然消滅する流れだよ、それ」

「ぐっ……!」


 ちょっと泣きそうになったので、横を歩く親友に縋ってみた。


「大輝……二人からの評価が厳しすぎるんだが……」

「諦めろ。嫌ならさっさとくっつけ」

「無茶言うなよ……」


 僕はその後も、雨宮、一色、大輝の三人組に「結婚しろ」だの「いまからひとっ走りして告ってこい」だの、散々にいじられた末に山頂に到着した。お陰で僕の精神力はごりごりに削られ、絶景を眺めながら雪菜の班と昼食を取った際には、雨宮と一色を紹介する気力も湧かなくなっているほどだった。


 ……いや。本当に、この二人とはこれからも仲良くしていけそうだ。

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