幕間 大輝と春菜②
俺が受験した高校の試験は、数学、英語、理科、社会、国語という順番で行われる。
試験形式は筆記形式で、マークシート式とは異なり、記述問題がある。
俺にとって一番の苦手科目である数学が一番最初にあったのは少々痛手だったが、そんな事を気にしている訳には行かない。
取り敢えず最初の計算問題を丁寧に解き、後はとにかく頑張って終わらせ、数学の試験は終了した。
その後、英語、理科、社会の試験は滞りなく終わり、最終科目にして俺の一番の得点源である国語の試験が始まった。
気合を入れて最初の評論をさっさと終わらせる。俺にとって国語とは、文章から答えを探すだけのゲームなのだ。
気合を入れて文章を読んでいく。
『智樹は、咲の潤んだ人見を見て確信した。しかし、その理由が分からない。』
出だしを見るに、どうやらこれはラブストーリーのジャンルに入るらしい。
女共の大好物なのだろうと思いながら、読みを進めていく。
『____あのセンター試験の日、咲がうっかり鉛筆を忘れてしまった事が発端だったのだ。』
なる程。そこで智樹が咲に鉛筆を貸したことで恋が始まったのか。
『「咲……その鉛筆は、君を想う僕の心だよ。」 智樹は言葉を紡ぎながら、咲の華奢な体を抱きしめた。』
そこで文章は終わっていた。
予想通りの結末だったが、逆に捻りがないのがありがたい。さっさと片付けよう。
俺は提示された問いを機械的に解いていく。答えは全て文中にあると信じて。
『棒線D「鉛筆が無くて慌てている女の子に、僕は無言で予備の鉛筆を差し出した」
とありますが、この時の智樹の心情を三十字以上四十字以内で書きなさい。』
「………」
最終問題に一瞬呆気に取られた俺だったが、すぐに深呼吸をする。
……偶然だ。製作者の気まぐれだ。
そう俺は心の中で何度も繰り返し、落ち着いて解答用紙にシャープペンを走らせ、解答を完成させる。
『智樹は自分が可愛いと思った女の子が困っていたので、力になろうと思ったから。』
出来上がった解答を見ながら、俺はこの主人公を心底軽蔑していた。
この状況なら、隣に座ったのが誰であれ手助けするのが人間としての基本だ。
そう思いながら、俺はざわつく気持ちを抑え付け、解答用紙の見直しに取りかかった。
* * *
試験が終わった後、誰も居ない教室で、俺は横の女子と向かい合っていた。
「筆記用具、本当にありがとうございました。何かお礼をさせて下さい。」
頭を下げ、感謝の意を示す彼女に、俺は予め作っておいたセリフを使う。
「ああ、大丈夫。お礼もいいよ。」
「でも……何かお礼をさせて貰わないと気が済みません。」
食い下がる彼女に、俺は更に作ったセリフを言う。
「君の横に居たのが俺だっただけだ。さっきの状況なら、人格破綻者でもない限り同じ事をした筈だ。」
これで引き下がる筈-------
「ええ。確かにその通りです。ですが、隣に座ったのはあなたです。だから、私が感謝を示さなければならないのはあなたなんです。」
思った以上に粘るな……お礼なんかいいのに。
「……とにかく、お礼は必要ない。」
「いえ、させていただきます。」
「いや、本当に要らな---「ああもうっ!」」
突然声を荒げた彼女に、俺は体をびくりと反応させた。
「いいから私にお礼をさせて!明日の昼1時に、ここの駅に集合!分かった!?」
猫が虎に化けたような迫力に押されるがまま、俺は小さく返事をした。
「……はい。」
* * *
この「お礼」や、その後にも色々と彼女には振り回されるのだが、それはまた別の話だ。
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