第44話

体の底から煮え滾るような怒りが滲み出てくる。

全てはあのクソ野郎、神崎がやった事の所為だ。


…しかし、同時に冷静な自分もいる事に、僕は気付いていた。



「…ほら、どうした?早く認めろ。月城さんを脅していたと。」


 少し伏せ気味になっていた顔を上げ、神崎の顔を真正面から見た。

奴は、正義感溢れる好青年というのがピッタリな厳しい表情をしている。

しかし、その表情も作られたものだ。


 僕は奴の目を真っ直ぐに見ながら、はっきりとした口調で告げた。


「僕は、雪菜を脅してなどいない。」


「……何だと?」


神崎は否定した僕を睨みつけ、そう言った。そして一言、問いかけてくる。


「証拠は?」


僕は目線を下に向けた。

そんな僕を見て、神崎は勝ち誇ったような表情を浮かべる。


「どうした?否定するだけの証拠があるんだろう?」


「……………」


「…フッ。勢いに任せて否定しただけか……そんな事で誤魔化されるとでも----」


そこで、奴の声が止まった。

僕が力強く、ある一点を見つめている事に気づいたからだ。

僕はその場所を指差し、神崎に言う。


「証拠ならある。そこにな。」


神崎は僕が指差した場所を見て、驚きに顔を歪めた。

…何故なら、指差す先にはあのトーク画面の写真があったからだ。


「…どうして、俺が持ってきた証拠品が、お前の無罪の証拠になるんだ……!?」


 驚愕しながらも此方を憎々しげに睨み付ける神崎に、僕は言ってやる。


「その写真のトーク画面をよく見てみろ。」


「トーク画面……?」


覗き込もうとする神崎。

そこで空かさず僕は担任に向かって合図した。


「っ!」


神崎が素早く写真に伸ばした手は空を切る。担任が直前に写真を取り上げていたからだ。そして、そんな神崎を見て僕は笑みを浮かべ、心の中で言った。


…やはり、神崎はそのまま写真を奪ってしまおうという算段だったらしい。何処までも狡猾な男だ。

…そして、そんな屑には、罰を与えないといけない。


……ゆっくりと、反撃を開始する。


「…神崎。あんたは一つ、ミスを犯した。」


「………」


僕に呼び捨てにされた瞬間、奴の顔が更に歪んだ。既にイケメンの面影は微塵もない。


「…その写真に記されているのは、トーク内容、通信相手、そして……日時と時刻だ。」


「時刻……ハッ!?」


失態に気付いたらしい神崎を見て、僕は更に笑みを深める。


「…あの写真を見た時、僕は一瞬で理解したよ。…このトークは偽物だとね。」


「………」


唇を噛み締める神崎。その顔には、怒り以外に焦りも見受けられた。


「この写真には、先週の金曜日の午後一時半と記されてある。金曜日は4時限で授業は終わったから、丁度下校時刻だ。」


「…………」


「…あの時間、天沢さんは僕達と一緒に下校していた。電車の到着時刻も覚えているから、それと比較しても、一時半の時点ではまだ駅まで歩いている途中だった筈だ。」


「……………」


「…そして、天沢さんは下校中、一度もスマホを弄ったりなどしていなかった。…つまり、このトークが成立する事は有り得ないんだよ。」


僕がそう言い切ると、神崎は更に表情を青くして、何かを呟き始めた。


「……よ…く……」


「……?」


ブツブツという呟きが、段々と大きくなってくる。


「……っ!!」


そして次の瞬間、神崎は僕に向かって叫びながら飛びかかって来た。


「よくも!俺の月城さんを奪いやがったなぁ!!」


狂ったように愚直に突っ込んでくる神崎。


僕は長年の剣道の稽古で培ってきた足捌きでそれを難なく躱し、同時に右足で奴の足を払った。


「ぎゃっ!?」


奇怪な叫び声を上げ、前につんのめる神崎。直ぐに、ゴスっ!という嫌な音がして、神崎が床に叩きつけられた事が分かった。そのまま僕は、うつ伏せに倒れた神崎の上に馬乗りになり、後ろ手を組ませて拘束した。


「離せっ!触るな!」


もがく神崎に、僕は低く恐ろしい声で怒鳴る。


「…黙れ。」


「ヒッ!?」


声が聞こえたのか、短い悲鳴を上げて静かになる神崎。

 更に僕は、そんな神崎にドスの効かせた声で囁いた。


「…俺の月城さん?いつから雪菜はお前の所有物になったんだ?…あ?」


「…っ……………」


「……おいおい……」


なんと、神崎は泣き出してしまった。

そんなに僕が怖いのだろうか?

…どちらにせよ、脅しが効いたのはいい事だ。この調子で行こう。


「……おい、神崎。」


「……グスッ……スン……」


「神崎!」


「っ!ひっ!」


弱々しく返事をした神崎に、容赦なく僕は言う。


「……もし、次こんな事をしたら……お前の人生、終わるかもな。」


「ヒィィィッ!しません!二度としません!」


涙声で頷く神崎。

僕は「いつでも見てるからな」と付け足し、拘束を解いた。神崎は涙で床を濡らしている。


 僕は立ち上がると、ソファーの方を向いた。


…そこには、満面の笑みでこちらを見ている担任の姿があった。


「……なんすか……」


僕がそう聞くと、担任はにこやかに言った。


「いやぁ……凄い迫力だと。」


「…そんなに怖かったですか?」


「ああ。背後に何かの化身が見えた気もするぞ。」


「そうですか……」


僕は溜息を吐き、次に後ろをクイっと指差して言った。


「…アレの処理、お願いしても良いですか?」


担任は頷いて、先程とは打って変わって真面目な表情で言う。


「勿論。此方で厳しく指導する。」


「ありがとうございます。……じゃ、僕はこれで。」


踵を返して帰ろうとする。

多分、雪菜たちが待っている筈だ。

しかし……


「待て待て待て!お前にも一緒に居てもらわないと、状況説明が不確かになるんだよ!」


やはり担任は呼び止めてきた。

面倒臭い。


「えぇ………別に先生が説明すれば良いじゃないですか。大人なんだし。」


「出た。大人に全ての責任を押し付ける高校生…………まぁ、俺の方からの説明でも十分なんだけどな……」


その言葉が出た瞬間、電光石火、僕は部屋から脱出する。

面倒な事には巻き込まれたく無いのだ。


「あっ!おいっ!待て!」


担任の声が聞こえたが、僕は構わず進路指導室を飛び出す。


後ろから担任の声が聞こえてきたが、僕は無視して走り続けた。






<作者より>


読んでくださってありがとうございました。


なんとか、神崎先輩をフルボッコにする事に成功いたしました。



…さて、今回はお知らせがあります。


今から二週間、小説の投稿スピードが極端に遅くなると思います……

(特に一週間後から)


何故ならば……作者の天敵、

"定期考査(期末)"が来るからなのです……


読者の皆様にはご迷惑をお掛けしますが、作者の本業は学生ですので、ご理解頂けると幸いです。


また次回もよろしくお願いします!





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