第37話

雪菜が衝撃的発言をしてから数秒後。

僕は後悔とか後悔とか後悔とかに苛まれていた。


……ベッドに入って

「あぁぁぁ〜っ死にたい死にたい死にたいっ!!」

ってやりたい。猛烈に。


……というか……


「……………」


「……………」


…この空気、どうするんだ?


雪菜は俯いてしまって表情は見えないし、僕も僕で何も話せない。


そんな雰囲気の中、しばらく二人でくっついてじっとしていると、


「拓海………」


雪菜が俯いたまま僕を呼んだ。

黒髪がカーテンとなって、雪菜の表情はやはり見えないままだった。


そして、雪菜は続けて言った。


「……私……待ってるから……」


「!!………うん……」


肯定の返事をした。

何の事を言っているのかは敢えて聞かない。

口に出すのは余りにも恥ずかしいのだ。


雪菜は僕の返事を聞くと、パッと顔を上げる。その顔には、見る人全てを魅了させてしまうような笑顔が浮かんでいた。


そして、その笑顔で僕に言った。


「…じゃあ、さっきのはこれでお終い!」


お終い……か。

忘れろ、とは言わないんだな。


「……分かった。お終いな。」


僕は頷いて快諾した。流石にさっきの雰囲気が続くのはキツい。


そして、僕は雪菜に提案する。


「じゃあ…次は何する?」


「…勉強でもしよっか?」


「そういえばそうだったな……」


今日雪菜を家に呼んだのは、一緒に勉強する為だった。


「…了解。ちょっと待ってて。」



数分後。


僕と雪菜は、押し入れから出してきたちゃぶ台に、向かい合って座っていた。


そして、ちゃぶ台の上には数学の教科書が。勉強する気満々、の筈なのだが……


「なぁ、雪菜……」


「ん?」


…一体全体、どうして……


「……筆箱すら持ってきてないんだ?」


「…あ、あはは……ワスレタ……」


ペロッと舌を出して笑う雪菜は、その笑顔だけで許してしまうほど可愛かった。 


溜息をつきながら僕は聞く。


「はぁ……じゃあ、僕に教えてくれる事くらいはできる?」


雪菜は大きく頷いて言った。


「もちろん!」


「…ん。なら、ここの因数分解の所から教えてくれる?」


「了解…あ、ちょっと待って。」


「どうした?」


雪菜はモゾモゾとちゃぶ台を回り込んでこちらに来たかと思うと、ぽスッと僕の隣に座った。

先程までは行かないが、十分距離が近い。


「…雪菜?」


そう聞くと、雪菜は真顔で


「…こっちの方が教えやすいから。」


と言った。


…確かに、雪菜としては教えやすいかもしれないが、僕にとっては教わりにくいぞ?


何せ、雪菜の滑らかな黒髪が視界に映る上に、動く度にシャンプーの良い匂いがするのだ。


さっきは動かなかったので、こんな事はなかったのだが…


……まあでも…


……密着されるのは、僕としては非常に嬉しい……


これは勉強に集中できないかもしれない、などと思いながら、分かりやすい雪菜の説明を、僕は聞くのだった。



幾つもの問題を解き終わり、また次のページに行こうとしていた時。

僕はふと時計を見て驚愕した。


「げっ。もう6時半じゃん……」


「んー?…もうそんな時間なの?」


何を呑気に言っているのか。


「…そろそろ帰らないとまずいんじゃないか?」


「え?何言ってるの?今日私、泊まるんだよ?」


泊まるんだよ……泊まるんだよ……


…あれ?僕の耳が悪いのかな?


「……ごめん。もう一度言ってくれるか?」


「うん。だから、拓海の家にお泊まりするの。」


聞き間違いではなかったようだ。

でも……


「………なんで?」


「なんでって……私がそうしたいから?」


「そうしたいからって……月城さんの許可は?」


「貰ってるよ?」


「僕の父さんの許可は?」


「それも貰ってる。」


「……僕の許可は?」


「……これから貰う。」


どうやら、準備万端で僕の家に来たみたいです。


…成る程、リュックサックで来たのもそれが理由か。


いや、感心してる場合じゃ無い……


今日は不味いんだ。何せ…


「…今日、父さん帰ってこないんだけど……」


しかし、そんな重大な事を言ったにも関わらず、雪菜は平気な顔をして、


「へぇ、お仕事大変なんだね。」


などと言った。

そんな呑気な雪菜に教えてやる。


「……雪菜?」


「ん?」


「父さんが居ないってことは、二人っきりって事だよ?」


「…二人っきり……」


「うん。」


雪菜は少し考えた後、ブルブルと震え出した。


…そう。男の家に一人で泊まるのだ。怖くても仕方がない筈。


…流石に帰ると言うだろう。そう僕は思ったのだが……


「……拓海?」


「どうした?やっと帰る気になったか?」


「……怖いから、一緒に寝て。」


……更に、悪化していた……























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