第37話
雪菜が衝撃的発言をしてから数秒後。
僕は後悔とか後悔とか後悔とかに苛まれていた。
……ベッドに入って
「あぁぁぁ〜っ死にたい死にたい死にたいっ!!」
ってやりたい。猛烈に。
……というか……
「……………」
「……………」
…この空気、どうするんだ?
雪菜は俯いてしまって表情は見えないし、僕も僕で何も話せない。
そんな雰囲気の中、しばらく二人でくっついてじっとしていると、
「拓海………」
雪菜が俯いたまま僕を呼んだ。
黒髪がカーテンとなって、雪菜の表情はやはり見えないままだった。
そして、雪菜は続けて言った。
「……私……待ってるから……」
「!!………うん……」
肯定の返事をした。
何の事を言っているのかは敢えて聞かない。
口に出すのは余りにも恥ずかしいのだ。
雪菜は僕の返事を聞くと、パッと顔を上げる。その顔には、見る人全てを魅了させてしまうような笑顔が浮かんでいた。
そして、その笑顔で僕に言った。
「…じゃあ、さっきのはこれでお終い!」
お終い……か。
忘れろ、とは言わないんだな。
「……分かった。お終いな。」
僕は頷いて快諾した。流石にさっきの雰囲気が続くのはキツい。
そして、僕は雪菜に提案する。
「じゃあ…次は何する?」
「…勉強でもしよっか?」
「そういえばそうだったな……」
今日雪菜を家に呼んだのは、一緒に勉強する為だった。
「…了解。ちょっと待ってて。」
*
数分後。
僕と雪菜は、押し入れから出してきたちゃぶ台に、向かい合って座っていた。
そして、ちゃぶ台の上には数学の教科書が。勉強する気満々、の筈なのだが……
「なぁ、雪菜……」
「ん?」
…一体全体、どうして……
「……筆箱すら持ってきてないんだ?」
「…あ、あはは……ワスレタ……」
ペロッと舌を出して笑う雪菜は、その笑顔だけで許してしまうほど可愛かった。
溜息をつきながら僕は聞く。
「はぁ……じゃあ、僕に教えてくれる事くらいはできる?」
雪菜は大きく頷いて言った。
「もちろん!」
「…ん。なら、ここの因数分解の所から教えてくれる?」
「了解…あ、ちょっと待って。」
「どうした?」
雪菜はモゾモゾとちゃぶ台を回り込んでこちらに来たかと思うと、ぽスッと僕の隣に座った。
先程までは行かないが、十分距離が近い。
「…雪菜?」
そう聞くと、雪菜は真顔で
「…こっちの方が教えやすいから。」
と言った。
…確かに、雪菜としては教えやすいかもしれないが、僕にとっては教わりにくいぞ?
何せ、雪菜の滑らかな黒髪が視界に映る上に、動く度にシャンプーの良い匂いがするのだ。
さっきは動かなかったので、こんな事はなかったのだが…
……まあでも…
……密着されるのは、僕としては非常に嬉しい……
これは勉強に集中できないかもしれない、などと思いながら、分かりやすい雪菜の説明を、僕は聞くのだった。
*
幾つもの問題を解き終わり、また次のページに行こうとしていた時。
僕はふと時計を見て驚愕した。
「げっ。もう6時半じゃん……」
「んー?…もうそんな時間なの?」
何を呑気に言っているのか。
「…そろそろ帰らないとまずいんじゃないか?」
「え?何言ってるの?今日私、泊まるんだよ?」
泊まるんだよ……泊まるんだよ……
…あれ?僕の耳が悪いのかな?
「……ごめん。もう一度言ってくれるか?」
「うん。だから、拓海の家にお泊まりするの。」
聞き間違いではなかったようだ。
でも……
「………なんで?」
「なんでって……私がそうしたいから?」
「そうしたいからって……月城さんの許可は?」
「貰ってるよ?」
「僕の父さんの許可は?」
「それも貰ってる。」
「……僕の許可は?」
「……これから貰う。」
どうやら、準備万端で僕の家に来たみたいです。
…成る程、リュックサックで来たのもそれが理由か。
いや、感心してる場合じゃ無い……
今日は不味いんだ。何せ…
「…今日、父さん帰ってこないんだけど……」
しかし、そんな重大な事を言ったにも関わらず、雪菜は平気な顔をして、
「へぇ、お仕事大変なんだね。」
などと言った。
そんな呑気な雪菜に教えてやる。
「……雪菜?」
「ん?」
「父さんが居ないってことは、二人っきりって事だよ?」
「…二人っきり……」
「うん。」
雪菜は少し考えた後、ブルブルと震え出した。
…そう。男の家に一人で泊まるのだ。怖くても仕方がない筈。
…流石に帰ると言うだろう。そう僕は思ったのだが……
「……拓海?」
「どうした?やっと帰る気になったか?」
「……怖いから、一緒に寝て。」
……更に、悪化していた……
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