第35話
僕の家の元寄り駅につくと、電車を降りて改札口へと向かった。
「じゃあ、行くか。」
「うん!」
雪菜は嬉しそうに頷き、僕の隣に並んで歩く。
その横顔は、どこか吹っ切れたような清々しい顔をしていた。
*
幾つもの交差点を超え、通行人から何度も視線を浴びせられながら歩く事二十分。ようやく僕の家に到着した。
「…ここが拓海の家かぁ。」
そう言う雪菜に、僕は家の鍵を取り出しながら答える。
「ああ。……ほら、鍵開けたから上がって。」
「うん。お邪魔します。」
雪菜はキョロキョロしながら玄関へと入る。
後から入った僕は、後ろ手にドアを閉め、鍵をかけると雪菜に言った。
「二階に僕の部屋があるから、先に上がってて。何か飲み物を取ってくるから。」
雪菜はそれを聞くと、ニヤッと笑って言った。
「……漁っちゃうかもよ?」
「……別に、見られて困るような物は置いてない。」
「そう?じゃあ先に行っておくね。」
「ああ。」
雪菜はトントンと階段を登って行った。
それを見ながら、僕はもう一度自分の部屋の中身を頭で確認する。
クローゼットの中も……引き出しの中も……うん。別に何もない。
あるとしたら、卒業アルバムくらいか?
…いや、アレは見られたら恥ずかしいというだけか。
友達からのメッセージ欄、完璧な空白だし。
僕は確認を終えると、次に飲み物の準備に入った。
ティーバッグで紅茶を作り、市販のクッキーを皿に入れ、二階に持っていく。
半開きになっていた扉を足で全開にすると、アルバムを持ちながら僕のベッドに寝っ転がる雪菜が目に入った。
雪菜は僕を見ると、嬉しそうに手招きした。手には何処から取り出しであろう、卒業アルバムでは無い、別のアルバムが握られている。
「拓海!見て、これ!私と拓海だよ!」
「え?……そんな写真なんて……あぁ。」
雪菜が見せてきたのは、アルバムの最初の方に貼り付けてある、小学校のクラスの集合写真だった。
……というか、なんで寝っ転がってるんですかね、雪菜さんや。
「私、この後直ぐに転校しちゃったからなぁ……」
「…そんな事もあったな」
僕は遠い記憶を探るが、別れの場面以外、雪菜の事はそこまで鮮明には思い出せない。
それでも、どこか懐かしい。
雪菜はそんな僕を見て、同じく懐かしそうに言った。
「……本当に、いつも一緒だったんだよ?」
「……そっか。」
「うん。」
二人の間に、暖かい沈黙が流れた。
雪菜はアルバムを見ながら、昔のことを思い出している。
僕は紅茶を飲みながら、そんな雪菜を眺めている。
そんな時、ふと、頭の中に映像が流れた。
**
「ユキナちゃん、そとであそばないの?」
「ううん。ここがいいの。タクミもいっしょ。」
「…わかった。ユキナちゃんといっしょにいる。」
「うん!ありがと!タクミ!」
* *
そうだ。あの時も、こんな風に二人で何となく過ごしていた。
凄く懐かしい。
…それにしても………雪菜はどうして自分の事を”ユキナ”と呼んでいたんだ?
僕がその事を雪菜に聞くと、雪菜は言った。
「ん?それはね、セツナって呼んだら噛んじゃうから…だったと思う。」
「そうなのか……」
普通の理由だった。
「それよりも……拓海、これ見てよ!」
雪菜はそう言って、グイグイと体を近づけてくる。
……近い。
僕は少しのけ反りながらアルバムを見ようとしたのだが………
「…ほらっ、ちゃんと見て。」
「あ、ああ……」
雪菜に腕を掴まれ、強制的に体を引き寄せられてしまった。
ドギマギしながらアルバムを見ると、今度は僕と雪菜が何処かの家の門の前で二人で写っているのが見える。
…あれ?でも、こんな写真あったっけ?
「なぁ、雪菜…この写真……」
「ふっふっふ……」
雪菜は突然そう悪戯っぽく笑うと、背中から何かを取り出してきた。
「じゃーん!」
バッ!と雪菜が僕の前に出してきたのは、透明なビニール袋に入った、写真の束だった。
「……何?これ。」
「これはねぇ、私と拓海との写真だよ。」
「え!?僕そんなの一枚も持ってないんだけど!?」
というか、そんな写真が存在している事自体知らなかった。撮ったのを忘れてたのかな?
雪菜はそんな僕を見て、ちょっと申し訳なさそうに眉を寄せて言った。
「…お別れの時渡そうとしたんだけど……渡せなかったから……」
「あ………」
結構前にも言ったことだが、僕と雪菜はかなり気まずい雰囲気の中でお別れをした。
多分、雪菜はあの雰囲気に耐えきれずに渡せなかったのだろう。
「…あの時はごめん。本当に。」
僕はそう雪菜に謝った。
この事は、全面的に僕が悪いのだ。
雪菜はニコッと笑って言う。
「いいよ。また会えたんだし。」
「うん…」
僕が少し暗い声で返事をすると、何を思ったのか、雪菜はまたもや強引に僕の腕を掴んで引き寄せてきた。
「ちょっ……」
今度は抵抗する僕。
しかし、雪菜はやっぱり離してくれない。
「…ほら。暴れないの。」
優しく諭すように耳元で囁かれると、フニャッと力が抜けてしまった。
その隙を雪菜が逃す筈もなく、今度こそ僕は完全に雪菜と密着してしまう。
「っ………」
お互いの暖かさが、じんわりと伝わってくる。
そして雪菜は、先程のように優しく話した。
「……もう、拓海が気に病む必要は無いんだよ?」
「……でも………」
僕がそう言うと、雪菜はギュッと僕の腕を抱きしめ、耳元で言った。
「…私は…また拓海と再会できただけで………また仲良くなれただけで、
あの時の事が吹き飛んじゃうくらいに嬉しいんだから。」
……ああ。
そんな事を、そんな優しい顔で言うなんて……
「……反則、だろ………」
雪菜はそれを聞くと、ふふふっ、とほんわり笑って言った。
「だから………二人の思い出、一緒に見よ?」
「……うん。」
……その瞬間、僕は今度こそ完璧に、完全に、雪菜に”堕とされて”しまったのだった。
<作者より>
読んでくださってありがとうございました!
応援とフォローも!ありがとうございます!
そして次回は、かなり甘くなりそうです。(予定)
これからもよろしくお願いします!
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます