第34話
次の日、僕は電車の定期券と財布、家の鍵を持って家を出た。
この前のお出掛けのように、僕が雪菜を迎えに行く事になっている。
待ち合わせ場所は、いつもの通学路の途中の所だ。
*
待ち合わせ場所間に着くと、雪菜は来ていた。僕が勉強をすると言った事を聞いていたのか、大きめのリュックサックを背負っている。
「おはよう、雪菜。」
僕が声を掛けると、雪菜はこちらを向いて、ふわっと笑った。
「おはよ、拓海。ありがとね。迎えに来てくれて。」
「いや、これくらい大丈夫。お金もかからないし。」
挨拶もそこそこにして、駅まで戻る事にした。
並んで駅までの道を歩き出す。
「…ねぇ、拓海の住んでる所ってどんな所?」
歩き出して少し経った時、雪菜がそんな事を聞いて来た。
僕はちょっと考え、首を傾げる。説明する要素があまり無いのだ。
「田舎……という訳でもないし、都会でもないからなぁ………郊外ってやつだと思う。」
…思えば、僕の住んでいる街は市の中心地に近いにも関わらず、そんなに人が住んでいないし、ビルとかも建っていない。
僕が言った郊外が一番しっくりくる言い回しだと思う。
雪菜は僕の答えを聞いて、意外そうに言った。
「ふーん……拓海の事だから、結構都会に住んでるのかと思ってた。」
「何だそれ。そんなイメージあったのか?」
「うん。この前一緒に出掛けた時も、結構勝手を知ってるみたいだったし……」
「…あれは…よく行くってだけだよ。」
ゲームとか本とか買うためだけに。
家の近くにも本屋はあるが、品揃えが悪いのだ。
「そうなんだ……じゃあ、結構静か?」
「静かな時もあるけど、うるさい時もある。」
「ん……全く想像できない………」
「まあ、着いたら分かるさ。」
「んー……そうだね。」
その後も大輝のことや天沢さんの事を話していると、あっさりと駅に着いた。
駅の中の時刻表を見ると、次の電車が来るのは5分後のようだ。
僕は財布を取り出して、自販機で苺オレを買った。
すると……
「……ふふっ」
雪菜が僕を見てクスクスと笑っている。
「どうしたの?」
僕がそう聞くと、
「ううん……拓海、苺オレなんか買って可愛いなって。」
と雪菜は言った。
僕は苺オレと雪菜を交互に見るが、よく分からない。
「……可愛いのか?これ。」
「…ふふっ。うん。そういう所も可愛い。」
……よく分からん。
それに、男にとっては「可愛い」と言われるのはそこまで嬉しく無い。 どうせなら「かっこいい」と言って欲しいものだ。
苺オレを勢いよく飲みながら、僕はそう思った。
それからすぐに電車がホームに来た。
休日の昼間なので、そこまで人は多くない。
ベンチのような体型の座席に、僕と雪菜は並んで座った。
アナウンスの後、直ぐに電車は動き出す。
この前のように、僕達は何となく外の景色を眺めながら無言で座っていた。
僕としては話題はまだあったのだが、とてもじゃないが話せるような状況ではない。
何故なら、僕達が座っている席の真正面の座席に、男女二人が乗っていたからだ……
二人は手を繋ぎ、お互いに密着して目を閉じている。
……カップルだった。
「……………」
「……………」
僕はチラチラとその二人に目線を送っていたが、寝ているとはいえ、さすがに失礼だろうと思い視線を外した。
と、そこで……
「っ!」
「っ!」
同じく、二人から視線を外した雪菜とバッチリ目が合ってしまう。
慌てて視線を逸らした。
「………………」
「………………」
そして、その時だった。
ガタン!と大きな音がして、電車が大きく揺れた。
どうやら、高架橋に登ったようだ。
こういう事には僕は慣れているので、うまくバランスを取った。
しかし、雪菜はうまくバランスを取れず、僕の方に倒れかかってしまった。
「あっ!」
僕の肩にしがみついて、倒れまいとする雪菜。必然的に、僕にもたれ掛かる状態となる。
甘い香りが鼻をつき、右半身全体に感じる暖かさが、僕と雪菜が密着している事を伝えてきた。
僕はどうして良いか分からずに体を硬直させる。
しかし……
ガタン!
更に追い討ちをかけるように、再度電車が大きく揺れた。今度は高架橋から降りたのだ。
「っ!」
ズルッと僕の肩から滑り落ちそうになる雪菜を、反射的に片手で抱きとめた。
男とは違う、細くて頼りない体がスッポリと腕に収まる。
「…………」
雪菜は顔を紅潮させ、ちょっとトロンとした目つきで僕を見ている。
だが、この体制はキツい……
「……雪菜……そろそろ、降りて欲しいんだけど……」
僕がそう言うと、雪菜は慌てて僕の腕から脱出した。
「ご、ごめん、拓海。」
「…お、おう。気をつけてな。」
「うん…」
心臓がバクバクと言っている。今心拍数を測ったら、大変な事になっているだろう。
僕はまた目を逸らし、真正面を向いたのだが……
…さっきのカップルが、僕達を見てニヤニヤと笑っている。
見られてたのか……
熱を持った頬が更に熱を増し、僕は遂に下を向いてしまった。
すると、そんな僕を見てカップル二人は、
「……初々しい…良いなぁ…」
「俺たちもあんな時があったなぁ…」
などと言い出した。
そして更には、
「二人とも、付き合ってどれぐらいになるの?」
などと言う。
雪菜は、
「ちっ、違います!私達付き合ってません!」
と、顔を真っ赤にして慌てて否定した。
それを聞いた二人は顔を見合わせると、意地悪くニヤリと笑い、彼女さんの方が雪菜に向かって質問した。
「じゃあ、あなたは彼の事が嫌いなの?」
雪菜はそれを聞くと、あうあうと口を動かした後、赤い顔を俯かせてボソボソと呟いた。
「き、嫌いなんかじゃないです……」
「ふーん…嫌いじゃないんだ。」
それを聞いた僕の心臓は、マシンガンのように鼓動を打ち鳴らした。
……嫌いではない?
じゃあ………
彼女さんはそんな僕を見て、また意地悪く笑う。
「ねぇ…あなたは、あの子の事どう思ってるの?」
「えっ!?そ、それは……」
答えに詰まる僕。
雪菜の事は大好きだが、それをこの場で堂々と言える程、僕は男ではない。
すると、今度は彼氏さんが聞いてきた。
「じゃあ、好きか嫌いか、で言ったら?」
少し逡巡した後、僕は言った。
「そ、そりゃあ……好きですよ……」
「「…ふぅん?」」
と、二人は声を揃えて言った。
もう辞めて欲しい……
僕が天井を向いてそう嘆くと、
「……ちょっと、君、こっちきて」
彼氏さんが、僕に向かって手招きをして来た。仕方ないので、反対側の座席まで行く。
僕が彼氏さんの隣に座ると、
「君、あの子が好きなんでしょ。」
と、ドストレートに聞いてきた。
僕は「もうどうなでもなれ!」と思っていたので、コクリと頷く。
すると彼氏さんは、至って真面目な顔で僕に小声で話しだした。
「ちゃんと自分のモノにしておかないと、いつか後悔するよ?」
「え?……それって…」
彼氏さんは続ける。
「…あの子、多分相当モテるよね。……だから、距離が近い今こそ攻めるべきだと思う。」
「……そう、なんですかね…」
初めて会った人に説教されている、というよりは、大輝か誰かに説教されている様な感じだった。
彼氏さんはうん、と頷いて、
「まあ、とにかく頑張れ!」
と、激励の言葉をくれた。
「はぁ……」
と、僕は曖昧な返事を返し、考える。
……雪菜と僕は、一体どういう関係なのだろうか?
幼馴染……ではあるが、それは最近分かったことだ。
友達……出逢ってすぐに友達になった。…最近は、友達以上の関係になっていると思いたい。
それに、学校で雪菜の事を名前呼びしている男子は僕だけだ。
それなら……
友達以上……恋び---------
そこまで考えた時、トントンと肩を叩かれた。見上げると、彼氏さんと彼女さんが手を振っている。
「じゃあ、僕達はここで。」
彼氏さんはそう言うと、僕に向かってウインクした。
彼氏さんが降りた後、彼女さんは雪菜に小声で何か言い、走って彼氏さんを追いかけて行った。
*
二人が降りた後、僕達は微妙な距離を保ちながら隣り合って座っている。
…二人とも、軽度の放心状態だった。
「…嵐みたいな人達だったな…」
「そうだね…」
雪菜は、前を向いたまま聞いてくる。
「ねぇ……」
「…ん?」
「…何話してたの?」
「………秘密。」
「…そ。」
…お互い、何を話していたのかはある程度予測が付いていた。
僕はそれを嬉しく思ったし、雪菜も同じ気持ちなのかもしれない。
…だけど、まだ踏み込めない。
その時が来たら……
僕はそう思う。
ヘタレだ、と思うかもしれない。
…でも、まだなのだ。
……まだ……
そう思っていたのは、僕だけだった。
<作者より>
読んでくださってありがとうございました!
そしていつも応援してくださっている方々、本当にありがとうございます!
…さて、ようやく少し進展しました。
ヘタレな拓海ですが、雪菜は…?
次回もよろしくお願いします!
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