第34話

次の日、僕は電車の定期券と財布、家の鍵を持って家を出た。

この前のお出掛けのように、僕が雪菜を迎えに行く事になっている。


待ち合わせ場所は、いつもの通学路の途中の所だ。



待ち合わせ場所間に着くと、雪菜は来ていた。僕が勉強をすると言った事を聞いていたのか、大きめのリュックサックを背負っている。


「おはよう、雪菜。」


僕が声を掛けると、雪菜はこちらを向いて、ふわっと笑った。


「おはよ、拓海。ありがとね。迎えに来てくれて。」


「いや、これくらい大丈夫。お金もかからないし。」


挨拶もそこそこにして、駅まで戻る事にした。

並んで駅までの道を歩き出す。


「…ねぇ、拓海の住んでる所ってどんな所?」


歩き出して少し経った時、雪菜がそんな事を聞いて来た。


僕はちょっと考え、首を傾げる。説明する要素があまり無いのだ。


「田舎……という訳でもないし、都会でもないからなぁ………郊外ってやつだと思う。」


…思えば、僕の住んでいる街は市の中心地に近いにも関わらず、そんなに人が住んでいないし、ビルとかも建っていない。

僕が言った郊外が一番しっくりくる言い回しだと思う。


雪菜は僕の答えを聞いて、意外そうに言った。


「ふーん……拓海の事だから、結構都会に住んでるのかと思ってた。」


「何だそれ。そんなイメージあったのか?」


「うん。この前一緒に出掛けた時も、結構勝手を知ってるみたいだったし……」


「…あれは…よく行くってだけだよ。」


ゲームとか本とか買うためだけに。

家の近くにも本屋はあるが、品揃えが悪いのだ。


「そうなんだ……じゃあ、結構静か?」


「静かな時もあるけど、うるさい時もある。」


「ん……全く想像できない………」


「まあ、着いたら分かるさ。」


「んー……そうだね。」


その後も大輝のことや天沢さんの事を話していると、あっさりと駅に着いた。


駅の中の時刻表を見ると、次の電車が来るのは5分後のようだ。


僕は財布を取り出して、自販機で苺オレを買った。


すると……


「……ふふっ」


雪菜が僕を見てクスクスと笑っている。


「どうしたの?」


僕がそう聞くと、


「ううん……拓海、苺オレなんか買って可愛いなって。」


と雪菜は言った。


僕は苺オレと雪菜を交互に見るが、よく分からない。


「……可愛いのか?これ。」


「…ふふっ。うん。そういう所も可愛い。」


……よく分からん。


それに、男にとっては「可愛い」と言われるのはそこまで嬉しく無い。 どうせなら「かっこいい」と言って欲しいものだ。


苺オレを勢いよく飲みながら、僕はそう思った。


それからすぐに電車がホームに来た。

休日の昼間なので、そこまで人は多くない。

ベンチのような体型の座席に、僕と雪菜は並んで座った。

アナウンスの後、直ぐに電車は動き出す。


この前のように、僕達は何となく外の景色を眺めながら無言で座っていた。


僕としては話題はまだあったのだが、とてもじゃないが話せるような状況ではない。


何故なら、僕達が座っている席の真正面の座席に、男女二人が乗っていたからだ……


二人は手を繋ぎ、お互いに密着して目を閉じている。


……カップルだった。


「……………」


「……………」


僕はチラチラとその二人に目線を送っていたが、寝ているとはいえ、さすがに失礼だろうと思い視線を外した。


と、そこで……


「っ!」


「っ!」


同じく、二人から視線を外した雪菜とバッチリ目が合ってしまう。

慌てて視線を逸らした。



「………………」


「………………」


そして、その時だった。


ガタン!と大きな音がして、電車が大きく揺れた。

どうやら、高架橋に登ったようだ。



こういう事には僕は慣れているので、うまくバランスを取った。


しかし、雪菜はうまくバランスを取れず、僕の方に倒れかかってしまった。


「あっ!」


僕の肩にしがみついて、倒れまいとする雪菜。必然的に、僕にもたれ掛かる状態となる。


甘い香りが鼻をつき、右半身全体に感じる暖かさが、僕と雪菜が密着している事を伝えてきた。

僕はどうして良いか分からずに体を硬直させる。


しかし……


ガタン!


更に追い討ちをかけるように、再度電車が大きく揺れた。今度は高架橋から降りたのだ。


「っ!」


ズルッと僕の肩から滑り落ちそうになる雪菜を、反射的に片手で抱きとめた。


男とは違う、細くて頼りない体がスッポリと腕に収まる。


「…………」


雪菜は顔を紅潮させ、ちょっとトロンとした目つきで僕を見ている。

だが、この体制はキツい……


「……雪菜……そろそろ、降りて欲しいんだけど……」


僕がそう言うと、雪菜は慌てて僕の腕から脱出した。


「ご、ごめん、拓海。」


「…お、おう。気をつけてな。」


「うん…」


心臓がバクバクと言っている。今心拍数を測ったら、大変な事になっているだろう。


僕はまた目を逸らし、真正面を向いたのだが……


…さっきのカップルが、僕達を見てニヤニヤと笑っている。


見られてたのか……


熱を持った頬が更に熱を増し、僕は遂に下を向いてしまった。


すると、そんな僕を見てカップル二人は、


「……初々しい…良いなぁ…」


「俺たちもあんな時があったなぁ…」


などと言い出した。


そして更には、


「二人とも、付き合ってどれぐらいになるの?」


などと言う。


雪菜は、


「ちっ、違います!私達付き合ってません!」


と、顔を真っ赤にして慌てて否定した。


それを聞いた二人は顔を見合わせると、意地悪くニヤリと笑い、彼女さんの方が雪菜に向かって質問した。


「じゃあ、あなたは彼の事が嫌いなの?」


雪菜はそれを聞くと、あうあうと口を動かした後、赤い顔を俯かせてボソボソと呟いた。


「き、嫌いなんかじゃないです……」


「ふーん…嫌いじゃないんだ。」


それを聞いた僕の心臓は、マシンガンのように鼓動を打ち鳴らした。


……嫌いではない?


じゃあ………


彼女さんはそんな僕を見て、また意地悪く笑う。


「ねぇ…あなたは、あの子の事どう思ってるの?」


「えっ!?そ、それは……」


答えに詰まる僕。

雪菜の事は大好きだが、それをこの場で堂々と言える程、僕は男ではない。


すると、今度は彼氏さんが聞いてきた。


「じゃあ、好きか嫌いか、で言ったら?」


少し逡巡した後、僕は言った。


「そ、そりゃあ……好きですよ……」


「「…ふぅん?」」


と、二人は声を揃えて言った。


もう辞めて欲しい……


僕が天井を向いてそう嘆くと、


「……ちょっと、君、こっちきて」


彼氏さんが、僕に向かって手招きをして来た。仕方ないので、反対側の座席まで行く。


僕が彼氏さんの隣に座ると、


「君、あの子が好きなんでしょ。」


と、ドストレートに聞いてきた。

僕は「もうどうなでもなれ!」と思っていたので、コクリと頷く。


すると彼氏さんは、至って真面目な顔で僕に小声で話しだした。


「ちゃんと自分のモノにしておかないと、いつか後悔するよ?」


「え?……それって…」


彼氏さんは続ける。


「…あの子、多分相当モテるよね。……だから、距離が近い今こそ攻めるべきだと思う。」


「……そう、なんですかね…」


初めて会った人に説教されている、というよりは、大輝か誰かに説教されている様な感じだった。


彼氏さんはうん、と頷いて、


「まあ、とにかく頑張れ!」


と、激励の言葉をくれた。


「はぁ……」


と、僕は曖昧な返事を返し、考える。


……雪菜と僕は、一体どういう関係なのだろうか?


幼馴染……ではあるが、それは最近分かったことだ。


友達……出逢ってすぐに友達になった。…最近は、友達以上の関係になっていると思いたい。


それに、学校で雪菜の事を名前呼びしている男子は僕だけだ。


それなら……


友達以上……恋び---------


そこまで考えた時、トントンと肩を叩かれた。見上げると、彼氏さんと彼女さんが手を振っている。


「じゃあ、僕達はここで。」


彼氏さんはそう言うと、僕に向かってウインクした。


彼氏さんが降りた後、彼女さんは雪菜に小声で何か言い、走って彼氏さんを追いかけて行った。



二人が降りた後、僕達は微妙な距離を保ちながら隣り合って座っている。


…二人とも、軽度の放心状態だった。


「…嵐みたいな人達だったな…」


「そうだね…」


雪菜は、前を向いたまま聞いてくる。


「ねぇ……」


「…ん?」


「…何話してたの?」


「………秘密。」


「…そ。」


…お互い、何を話していたのかはある程度予測が付いていた。


僕はそれを嬉しく思ったし、雪菜も同じ気持ちなのかもしれない。


…だけど、まだ踏み込めない。


その時が来たら……


僕はそう思う。


ヘタレだ、と思うかもしれない。


…でも、まだなのだ。

……まだ……


そう思っていたのは、僕だけだった。





<作者より>


読んでくださってありがとうございました!


そしていつも応援してくださっている方々、本当にありがとうございます!



…さて、ようやく少し進展しました。

ヘタレな拓海ですが、雪菜は…?


次回もよろしくお願いします!

















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