第21話

一階に降りてドアを開けると、カレー独特の匂いが鼻を刺激してきた。本能的にお腹が鳴る。


「あ、二人ともテーブルに座って。今運ぶから。」


キッチンで作業をしていた雪菜の母親が、こちらを振り返って言った。

彼女は紺色のエプロンを着ていて、病院で見た白衣とはまた違った、家庭的な魅力を出していた。


流石に、夕飯を頂くのに何もしないのは気が引けるので、運ぶのを手伝う事にした。

キッチンに入り、よそわれたカレーの皿を取る。


「手伝います。」


「あら、ありがとう。テーブルに運んでくれる?」


「はい。」


二つ皿を両手に持って、僕はテーブルに向かった。

そこでは、雪菜がコップに水を注いでいる最中だった。


「ごめん雪菜。そこ通るよ。」


「うん。」


脇に退いてくれた雪菜にお礼を言い、僕はテーブルにカレーを配置した。遅れて、月城さんが持ってきたサラダが置かれていく。

その様子を見ながら、僕はふと思った。


(家族って、やっぱり暖かいな。)


家族で食事をした記憶など、母さんがまだ僕の側にいた頃のものしかない。

その後も、母さんが僕を捨てたあとに父さんと食事をした記憶など殆ど無い。


(……ん?)


ここで僕は、自分の考えのおかしな所に気づいた。


(…どうして、この暖かい気持ちが、家族の絆だと思ったんだ?)


……正直に言うと、僕は家族との絆というものを殆ど感じたことがない。

父さんからは勿論愛されていると思うし、僕も父さんを大切に思っている。

だけど、こんな暖かな気持ちになったのは初めてだ……と思う。


(……なんで初めてお邪魔した家で-----------)


ピトッ


「うわっ!冷たっ!」


突然、首筋に冷たいものが押し当てられた。

何事だと後ろを振り向くと、そこには水の容器を手に持った雪菜がいた。


「ぼーっとしてたから、悪戯したくなっちゃった。」


そう言って、雪菜は悪戯っぽく笑った。

僕は呆気にとられて、うまい返事ができずに、


「…そうか。」


とだけ言った。

情けない……


一人で反省会をしていると、月城さんが何やら言ってきた。


「…二人とも、仲良しねぇ。……そんな事、恋人同士でもないとしないよ?」


「こっ、恋人!?そうなの!?」


「何言ってるんですか、月城さん………雪菜も本気にするなよ…」


「あらあら、拓海くんはこんなスキンシップは日常的にやっているというわけね?」


「そうなの!?拓海!?」


割とマジで雪菜に睨まれた。怖い。

というか、雪菜って意外とアホの子なんだな。


そんな事を思いながら僕は2人に返答する。


「スキンシップって……僕にはそんな相手は大輝くらいしか居ませんよ。」


「あれ?雪菜は?」


「ああ、じゃあ雪菜も。」


「じゃあって何!?」


「まあまあ雪菜、落ち着きなさい。拓海くんがスキンシップを取れる女子は雪菜だけ………という事は、これはもう、2人は恋人って事でいいんじゃない?」


「いや、だから何言ってるんですか……」


この人はそんなに僕たちをくっ付けたいのか?


…仮にそうだったとしても、それは叶わないな。そもそも僕と雪菜とのスペックの差が大きすぎる。


「……まっ、今の所はこれくらいよね……」


「何がですか?」


「ううん。こっちの話。」


「そうですか……」


「そうそう………さてと、じゃあ冷める前にご飯を食べましょう。」


「分かりました。」


「はーい。」


僕と雪菜は隣り合って食卓につき、動作を揃えて合掌してからカレーを食べ始めた。

そんな僕達を見て、月城さんは、


「ふふっ……懐かしいなぁ………」


と言っていた。何が懐かしいのだろうか?


僕はそれを聞こうと思ったのだが、口に一杯運んだカレーが予想以上に美味しく、食べる事に夢中になってしまった。

結構辛口だ。



「ご馳走様でした。」


「ご馳走様」


「はい、お粗末様でした。」


僕と雪菜はほぼ同時にカレーを食べ終えた。

月城さんにお礼を言った後も、僕は2人と話し続けた。


「………あれ、もうこんな時間だ。」


帰らないといけない。

春休みで明日も休みとは言え、流石にここまで遅くなるのはどうかと思う。


僕は月城さんにお暇する事を伝えようとしたのだが………


「……はい…はい………あっ、じゃあいいんですね!分かりました。ありがとうございます。」


いつの間にか、月城さんは誰かと連絡を取り合っていた。

そして、通話を切った月城さんがこちらを振り向いて言った。


「拓海くん、今日は泊まっていってね!」


「……………はい?」

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