第20話
雪菜の部屋は、階段を上がった二階にあった。
ドアには、”ユキナのへや”と書かれている。
……ん?”ユキナ”?
その名前を見た瞬間、ピリッと僕の頭の奥で何かが鳴る音が聞こえた。
何か思い出しそうだ。
「なあ、雪菜。この”ユキナ”って……」
「へ?そ、それは…………そう!
私のお姉ちゃんの名前!お姉ちゃんが、”ユキナ”だったの!」
「ふーん……」
なんだ。お姉ちゃんか。
「とりあえず入って、適当なところに座って待ってて!私は何か飲み物を持ってくるから!」
「分かった。ありがとう。」
雪菜の気遣いに感謝しながら、僕は部屋に入った。
部屋に入ると、フワッとした甘い匂いに僕は包まれた。
男子が特に強く感じる、女の子特有の甘いミルクのような匂いと、柔軟剤の花のような匂いが混ざり合ってなんとも言えない、いい匂いを作り出していた。
雪菜の部屋はかなり広めにとられていて、ベッドと机が二つ。等身大の鏡。クローゼット。そして本棚が三つと、かなり家具が間隔を空けて配置されていた。
雪菜は本が好きなようで、本棚には左側からライトノベル、純文学、さらに純文学が集まった本棚だった。
……というか、ラノベのチョイスが中々いいな……
異世界ものは面白いものだけを出版社に関係なく集めて、他は学園ものが置かれている。
ひと昔前のシリーズから、最近公開されたものまで幅広く置かれていた。
……唸ってしまいそうな程、魅力的な本棚だった。
更に純文学には、太宰治や宮沢賢治、芥川龍之介に夏目漱石などの文豪から、伊坂幸太郎や、東野圭吾などの現代作家、僕が知らない作家の作品まであった。全体的に、ミステリーや推理小説にジャンルが偏っている。
…見たところ、雪菜は作者によって買う本を決めるのではなく、地道に面白いものを探していく派らしい。
僕はどちらかというとラノベの方が好きなので、そっち方で気になる本を取って眺めていた。
三冊ほど冒頭を読み終わったところで、背後のドアが開いた。
「おまたせー。………あれ?拓海、本好きなの?」
「うん。好きだよ。」
「……そ、そう。……お茶、持ってきたけど、飲む?」
「飲む。ありがとう。」
「ん。そこに座ってて。」
雪菜はそういうと、カップに入った紅茶を僕の前に置いた。
そして自分の分も取ると、カップを持ったまま、こちらを伺うように話し出した。
「…ごめんね?無理やり夕ご飯を一緒に食べる事になっちゃって。」
「…雪菜が謝る事ない。家に帰っても一人で食べるだけだし、むしろこっちが食べさせて貰うんだから。」
一人だけの食事だと、寂しさを感じる事が度々あるのだ。
誰かと一緒に食べた方が、食事は美味しく感じる。
「それならいいけど……」
「うん。」
話題が途切れたところで、僕は先程の本棚の話を出した。
「そういえば、雪菜はラノベとか読むの?」
雪菜は少し、うーん、と可愛らしく唸った後、頷いた。
「好きと言えば好き。でも、ちょっと物足りない…」
「ああ、それはわかるな。一冊読むのに全然時間がかからないし、結構王道展開とか多いし。」
あと下ネタも多い。一部のものはそれを出すためのデバイスでしかなくなってる。
「純文学とかだったら、ゆっくりゆっくり飲めるんだけどなぁ。」
「……まあ、そんな所もラノベの魅力なんだろ。僕だって、落ち込んだ時に明るい学園ラブコメとか読んだら元気が出るからな。」
「あれとか?」
雪菜が本棚の中の一冊を指差す。
名作だった。
「あれは面白かったよなー。」
「そうそう。そもそもあの設定がねぇ。」
「まあ、僕の中での最高はエ○ァンゲリオンだけどな!」
「それアニメじゃん……」
「名作という事には変わりない!」
ヒトのクズさとかエゴとか、ヒロインの精神が壊れていくところとか、鬱展開ばっかりだけどな!そこがいいんだよ!
「名作……といえば------」
雪菜の声は、扉を控えめにノックする音で止まった。
扉の向こうから雪菜の母親の声が聞こえてくる。
「2人とも、ご飯できたから下に降りてきてね!」
……どうやら、ここまでのようだ。
同じ趣味を持つ人と語り合うのはこんなにも楽しいものなのだと、僕は初めて知った。
「拓海、降りよう。」
「分かった。」
僕と雪菜は階段を降り、一階のリビングへと向かった。
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