第16話

服屋から出た後は、映画を観に行くことになっていた。


一応、今の時期の人気映画を調べてみたのだが、某超人気アニメーション映画を手掛けた監督の最新作が一番人気のようだ。

恋愛ものだし、女子と見るには丁度いいだろうと思って予約しておいた。

スマホでボタンを押せば予約完了になるので、満席で見れないという最悪の事態は無い。

雪菜と共に、映画館の方へ向かった。


先程、チャラ男達に雪菜がナンパされてから気付いたのだが、通行人からの視線が凄い。

すれ違う人の殆どがこちらを振り返る。雪菜はこういう事は慣れているようで、涼しい顔をしていたのだが、平凡な僕には中々ストレスになる。


特に、一人で街を歩いている男どもからの殺気の視線の多い事。

こちらとしても、睨んでくる人の肩を一々掴んで、


「この子は友達なんですよ!」


と言う事も出来るわけがない。

多分、それをやった時点で僕がボコボコにリンチされる。


道行く人に心の中で訴えていると、ようやく映画館のある建物に近づいてきた。

さっき僕達が居た建物からほんの五百メートルほど離れたところにある。

ここは娯楽の密集地帯なのだ。


建物に入り、映画館のある階に登る。

エスカレーターで登るのだが、これがまた面白い。


僕達が乗るエスカレーターと交差する、下り方面のエスカレーターに乗っている人達が、まるでどこかのCMのように、僕達とすれ違うたびに首を動かしながら目で追ってくるのだ。

皆寸分違わぬ仕草で。


思わず吹き出しそうになってしまったが、後ろに乗っていた雪菜に脇腹を摘まれてなんとか耐えることが出来た。

雪菜の手もプルプル震えていたが。



映画館に着き、チケット諸々を済ませると、僕達は飲み物を買いに行くことにした。


……ここで注意しなければならないのが、雪菜をずっと背後から目で追っていた男どものグループだ。


多分アレは、僕が飲み物を買いに行っている間に雪菜に声をかけるパターンだ。


面倒ごとに巻き込まれたく無い僕は、映画館にいる間は雪菜から離れない事を決めた。

…幸い、片時も僕達が離れなかった事でそいつらは諦めて帰って行ったようだ。

雪菜も彼等の存在には気付いていたようで、いなくなった時にはホッとした息を吐いていた。



しばらくして、映画の上映状況を説明するアナウンスが流れた。

僕達が予約していた映画のものだ。

どうやら上映まであと十五分らしい。

映画館に行こうとしたのだが……


「…先に言ってて。私、ちょっとお手洗いに……」


成る程。トイレか。なら先に行っておこう。



……なんて言うほど僕は危機管理能力が足りていないわけではない。


(……あいつら、まだ居やがった……)


…そう。先程、雪菜のことは諦めたと思っていた男どものうち、一人だけがこちらの様子を伺っていたのだ。

…どうやら、雪菜を諦める気はないらしく、見張りを立てていたようだ。

なんとも見苦しい。


雪菜がトイレに行った事を確認すると、その男は女子トイレの方に歩いて行った。僕も勿論付いていく。


ついでに雪菜にメッセージを送り、

スマホの録音機能をオンにする。


[外にさっきの男どもの仲間がいる。]


雪菜は直ぐにメッセージに気付いてくれたようで、返信が帰ってきた。


[分かった。入り口で待ってて。]


僕は雪菜の指示通り、入り口で待つ。

件の男も僕の直ぐそばで待っている。


チラリとこちらを見たが、無反応。


……いや、気付けよ。


二、三分程して、雪菜がトイレから出てきた。

同時に僕と男が動く。


「ねえ君、いまひ--------」


「雪菜、もうそろそろ映画が始まるぞ。」


「うん。待っててくれてありがとう。」


男の言葉を遮って雪菜に話しかける。

奴は僕がいる事に本当に気がついていなかったようで、振り返って唖然としている。


僕は何事も無かったかのように雪菜と映画館に行こうとしたのだが、現実はやはりそう上手くは行かず……


「お、おい、俺がその子に話しかけていたんだぞ!」


面倒臭い。


連れがいるというのにナンパするなんて猛者だろ。

もしくは連れて来いと脅されているかだな。


僕はそんな事を思いながら、雪菜に今からする事を小声で告げる。


「僕に合わせて。」


雪菜はコクリと頷いた。



「おい、聞いてるのか!」


男がまたもや怒鳴ってきたので、僕は振り返る。


…と、同時に雪菜の手を握った。

指と指を絡ませる、俗に言う恋人繋ぎだ。

そして男にぶっきらぼうに聞いた。


「なんすか?」


「俺が先にその子に話しかけてたんだって言ってるんだ!」


バカか。

知能指数サル以下かよ。


「はぁ?何言ってるんですか?この子は俺の彼女なんすけど。なんで見ず知らずのあんたにどうこう言われないといけないんすか?」


普通の人だったら、ここで謝って引き下がるだろう。


"普通の人"ならな。


大事な事だから二回言ったぞ。


…ただ、予想した通り、その男はどうやら普通じゃなかったみたいだ。


「彼女?お前が?ハッ!そんなわけないだろ!」


(ですよねー)


あまりに正論すぎる言葉に、つい心の中で肯定してしまった。

普段の自己評価が低すぎるからかな……


今はそんな事言ってる場合じゃないか。


僕はどうでもいい思考を振り払うと、頭を空っぽにした。


今からする事は、僕の人生の中で恥ずかしい事ランキング第3位に入る。


「…ほら、これでもまだ言いますか?」


そう言って僕は雪菜の腰を引き寄せて腕の中に収めた。


スッポリと僕の腕に包まれ、こちらを上目遣いで見上げる可愛い生き物は意識せずに。


男は僕達の、側から見ればイチャイチャしている行為を見てもまだ引く気は無さそうだった。


……というか、ここまで来たらもう引きたくても引けないよなぁ………

意地はっちゃうよなぁ……


「だからぁ!お前がその子の彼氏のわけ無いだろ!ただの陰キャだろうが!」


「仮に陰キャだったとして、なんなんすか?」


そう言い返しながらも僕は思う。


……なんで耳が痛いんだろう……


「その子はお前に相応しく無いって事だ!」


そろそろ泣きそうになってきた……

それでも僕は言い返す。健気に。


「それは彼女が決める事です。あんたが勝手に決める事じゃ無いですよ。」


男は僕の言葉を聞くと、馬鹿正直に雪菜に聞き出した。


「なあ、君もこんな男が彼氏じゃ嫌だろう?…俺たちと行こうぜ?」


僕の腕の中で、雪菜は一度ビクッと震えた。


下を向いて雪菜の顔を見たのだが…………演技でも、美人は怒ると怖いとだけ言っておこう。


どうやらニセの沸点を通り越したらしい雪菜は、その漆黒の瞳を男に向けると、思いっきり睨んだ。


急激に気温が下がる。


…そして、雪菜は淡々と喋り出した。

吹雪のようなような冷たい声で。


「…私が今までどれ程の男に言い寄られたか知ってますか?」


急に雰囲気が変わった雪菜に、男は少したじろいている。

雪菜は話を続けた。



「言い方は少し悪いですが、私の容姿ならそこら辺の男を捕まえることくらい簡単だと思いますよ?

…その事実を踏まえた上で、私はこの人とお付き合いをしているのですが、……まだ何か言いたい事でも?」


男はブルっと震えながら即答した。


「…な、ないです…」


すると、雪菜はゾッとするほど整った笑みを浮かべた。

完璧すぎるその表情は、神の言葉の如く”ここから立ち去れ”と言っている。


男は雪菜の笑みを見て、もう一度ブルっと震えたあと、


「…先輩に殺される……」


と呟き、絶望に満ちたオーラを放ちながら去っていった。



「ふぅ………」


男が去った後、僕は溜息をつき、抱きしめたままの雪菜を離した。

さすがに刺激が強すぎるのだ。


しかし……


「……雪菜?」


何故か雪菜が繋いだ手を離してくれない。

顔を見ようとするのだが、僕が覗き込むたびに顔を背けるので、どんな顔をしているのかも分からない。


しばらく僕が雪菜の表情を見ようと奮闘していると、首を背けたままの雪菜が言った。


「あの人たち、まだ居るかもしれないから。もうちょっと、手、繋いでた方がいい。」


…なんだ。そういうことか。


「…そうだな。わかった。」


そうは言うものの……


(もうそろそろ、限界です……)


僕は雪菜の、その柔らかい”手”というものに殺されていくのだった……

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る