第12話

ピピピピッ-----


アラームが鳴った瞬間に手を伸ばして止めた僕は、自らに喝を入れた。


「……よし。」


今日は雪菜とのお出掛けの日だ。


合格者説明会の時に、雪菜の事を某超巨大生物の通称で呼んでしまったので、雪菜はそれに対する罰として、一緒にお出かけする事を、それはそれは可愛らしく僕に命令したのだ。


約束した後、メッセージのやり取りで日にちと時間を決め(それにも一悶着あったが)、待ち合わせは今日の午前十時に、高校の元寄り駅に集合となっている。


「持ち物は………財布、スマホ、鍵………」


僕は前日に用意しておいた持ち物を再確認する。

財布を忘れたりしたら大惨事だ。


お金はお年玉に卒業祝い、合格祝いと、中学生が持つには多すぎる金額が財布に詰まっている。


因みに、卒業式は3月の終わりの方にあるので、まだ卒業祝いは貰っていない。


僕は確認を終えると、次に朝ご飯の支度に取り掛かった。


僕の家は父さんが仕事で忙しいので、家事などは僕が担当している。

今日は父さんは仕事が休みの日なので、ベッドで今頃ぐっすり寝ているはずだ。


家事は僕の昔からの家での役割であり、将来役に立つとも知っているので今更面倒くさがったりはしない。


それに、家でやる事が無いとなると、話し相手などは勿論いないので少し寂しくなるのだ。


「卵は……まだあるな。」


僕は冷蔵庫から卵を取り出し、フライパンに少し油を敷いて片手で卵を割って落とした。


ジュウジュウという眠気を飛ばすような音がキッチンに響き渡る。


卵が固まる僅かな時間の中で、僕はトースターにパンを入れて焼き、電気ケトルに水を入れて電源を入れる。


振り返って、卵が固まっているのを確認すると、僕は少しフライパンに水を入れて蓋をし、蒸し焼きにした。


その後、野菜室からレタスとミニトマトを取り出し、レタスはちぎって、トマトはそのままで皿盛り付ける。


…数分後、食卓には鮮やかな色合いをした朝食が並んでいた。


皿に乗せられたパンはこんがりとキツネ色に焼けていて、その上につるんとした目玉焼きが載せられている。

横には先程作ったレタスとトマトのサラダが寄せられており、緑と赤のコントラストが美しい。

更にマグカップから香るダージリンが、あたかもホテルの朝食の様な雰囲気を醸し出していた。


「いただきます」


僕は堪らず朝食にかぶりついた。



朝食を終えた僕は皿を下げて洗うと、洗面所に行って歯磨きを済ませ、自室に着替えに戻った。


自室のクローゼットには、この前服屋で買ったブラウンのパンツとシャツが掛かっている。

昨日のうちに準備した服だ。


準備した、といっても、そこまで服を沢山持っていない僕は、選ぶのにあまり迷わないのだけれども。


着衣を済ませた後は、お出掛けのプランをもう一度見る。

今回は別に一緒に遊びに行くだけなので、そこまで凝った計画は立ててない。


…というか、女性経験が全く無い僕に、凝ったプランが練れる訳が無い。


一通り準備を済ませた後、僕は時計を見る。


時刻は八時半。


九時の電車に乗れば三十分前には着くので、今から出れば普通に間に合うだろう。


そう思った僕は、家を出て鍵を掛け、家の元寄り駅に自転車を走らせた。



駅に着くと案の定、電車が来る時刻の十五分前だった。


以前買った苺オレを飲みながら電車を待つ。


………ふと、周りを見渡すと、通勤ラッシュに近い時間帯だからなのか、目が死んだり腐ったりしているサラリーマンが多い。


その屍のような様子を見て、僕もいつかこうなるのか、と少し憂鬱な気分になった。


* * *


電車に揺られる事三十分。


高校の元寄り駅に到着した。

定期券であるICカードを改札に通し、駅の階段を下りる。

時刻は九時半。

待ち合わせまで後三十分ある。


初めて女性と出掛けるので、相手よりは早く来ておきたかった。


そう思っていたのだが………


「…………居るし……」


雪菜は既に来ていた。


見間違え、という事は絶対にない。

遠くからでも、溢れ出す美少女オーラが彼女は雪菜であると主張している。


周りの人達も、雪菜に見とれていたり、ヒソヒソと指をさして話したりしていた。


……うん。非常に行き辛い。


僕は少し改札口で固まっていたが、流石に見つけたのに声を掛けないというのもどうかと思ったので、いつも通りに行くことにした。


近くまで行くと、雪菜は僕とは反対方向を向いてスマホを見ている事に気付く。


…取り敢えず声を掛けてみよう…


「おはよう、雪菜」

「ひゃうっ!?」


可愛らしい声を上げて雪菜は飛び上がった。

慌てて彼女はこちらに振り向く。


「あ……お、おはよう。拓海」

「おう………っ!」


雪菜がこちらを向いた瞬間、僕はその姿に見惚れてしまった。


彼女はロングスカートに薄水色シャツのシンプルな格好をしていて、その上に羽織った、下のシャツが透けるくらいに薄いカーディガンを羽織っている。


首筋に光る白銀のネックレスが、清楚ながらも若干の色気を滲み出していた。


……この服装は、清楚な雰囲気を持つ雪菜には恐ろしいくらいにマッチするな……


その場に硬直している僕を見て、雪菜が不思議そうに首を傾げる。


「どうしたの?」

「あ……いや、服、似合ってるなって………」


口が上手く回らず、そんな陳腐な事しか言えなかった。 

だが、雪菜はそんな僕の言葉に少し顔を赤らめて言った。


「そ、そうかな?気合い入れ過ぎたかなって少し不安だったんだけど……」


…どうやら顔を赤くしたのは、僕の態度が少し引き気味だと思ったかららしい。

それは違うと伝える為に、僕は雪菜の格好を事細かに褒める。


「そんな事ない。羽織ったカーディガンが涼しげで凄く良いし、ネックレスもよく似合ってる。正直言って、僕なんかがこんな人と歩いて良いのかと思うよ。」


すると、雪菜は赤かった顔を更に赤くしてしまった。


……まだ勘違いをしているのかと、僕が今度は素直な気持ちを伝えようとすると、雪菜が口を開いた。


「後……」


「拓海、もう大丈夫。言わなくて良い。これ以上は持たないから………」


雪菜の顔を見ると、真っ赤な顔に喜びと羞恥が入り混じった表情をしている。 


……最初から勘違いなどしていなかったようだ……というか、勘違いしていたのは僕で……


(……あ、危ない……面と向かって”可愛すぎる”とか言ったら、確実に引かれていた……)


さっき言ったのも、友達としては褒めすぎだ。


(……黒歴史、プラス1だな……今度からは気をつけないと……)


自分の言動を戒める。


それから、この居た堪れない空気をどうにかしようと雪菜に声をかけた。


「あー……その……電車に乗ろうか。」


「う、うん。」


雪菜はまだ顔を赤くしたまま、斜め下に目線を逸らして頷いた。

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