第10話
体育館に入ると、直ぐに入り口近くで待っている大輝を見つけた。誰かに話しかけられている。女子だろうか?
近くまで行くと、会話が聞こえてきた。
「…じゃあ、またね。九条君。」
「ああ。またな。」
どうやら、別れの挨拶をしているところだったようだ。女の子の方は足早に去って行った。
大輝はその女の子が去っていった方をじっと見ていたが、僕達が近くにいるのを見て、何時ものように手を振りながら歩いてきた。そして少し苦笑しながら言う。
「…居たなら声を掛ければいいのに。」
僕はそんな大輝にニヤニヤしながら言った。
「いやいや、なんとなくいい雰囲気だったからな。」
すると、大輝は少し戸惑ったような顔で言った。
「別にそんなのじゃないぞ?財布を落としていったから、拾ってやっただけだ。」
「そう言うのをいい雰囲気って言うんだよ……?」
雪菜が少し呆れたように言っている。大輝は首を傾げて、
「そうなのか?」と言った。
どうやら、大輝は極度のニブチンのようだ。
と、そこで後頭部に衝撃が走った。
まるで今の僕の言葉に突っ込んでいるかのようだ。
というか……かなり痛い。
「どうしたの?」
と、雪菜が不思議そうに聞いてきたが、なんでもないと返しておいた。
……一体、誰が叩いたんだろう。
* * *
受付を済ませて、空いている席に座ろうとしたのだが、僕達三人が座れる席は空いてなさそうだった。そんな時、
「九条君!こっち空いてるよ!」
どこか子供らしさを感じるような声が聞こえてくる。
声のする方を見ると、茶色のショートボブをした女の子がこちらに手を振っていた。大輝はそちらを見ると、
「すまん、呼ばれたから言ってくるな。二人なら座れるところもあるだろ?」
と、手を振りながらさっさと行ってしまった。
……残された僕達はというと、
「………行っちゃったね……」
「ああ……」
大輝の行動の速さに呆気に取られていた。
「…とりあえず、端っこの方を探そうか。」
僕はそう提案した。
真ん中の方に行くと雪菜は余計に目立つ。もう居合斬り大会は御免なのだ。
最終的に、僕達は端っこの列の最後尾に落ち着いた。
前の人が後ろを振り向かない限り、こちらを見ることはない。
そして、説明会が始まった。
まずは校長挨拶に始まり、校歌紹介、校則の説明等があり、その後学校での勉強の方針が説明された。
僕は最初の方は真面目に聞いていたのだが、校則の説明が終わったところでウトウトし始めた。
「私達は〜で、〜な事をして行きます。そして……」
マイクで拡声された声が、僕の眠気を加速させていく。
それから最後の挨拶が終わるまで、僕は眠ってしまっていた。
*
「…………」
「ん……」
誰かが僕の頬を優しく突っついている。少しこそばゆいそれは、僕を微睡みの中に引き入れた。
「起きて、拓海。」
ああ…凄く耳に心地よい声が聞こえてくる。
この声を聞いたまま寝ていたい……
「拓海!起きて!」
ユッサユッサと体を揺すられる。
もう……なんなんだ?
僕が重い瞼をゆっくりと開けると、こちらを見る雪菜の顔が目に入る。
半分寝ているからなのか、僕は思った事をポロっと口に出してしまった。
「おお……可愛いな……」
それを言った後、僕の意識は直ぐに沈んでしまう。
「なっ!かわっ……って、そうじゃなくて!起きて拓海!説明会終わったよ!」
再び僕の体が再び激しく揺すられる。
ようやく僕の意識は覚醒へと向かっていった。
「……ん?説明会………」
「そう!拓海、説明会が始まったらすぐに寝ちゃったから。」
ああ、そういえば今日は説明会に来てたんだな……
「……ありがと、起こしてくれて。」
雪菜にお礼を言う。
「うん。でも……その、寝言は程々にね?」
「寝言………?」
「もしかして、憶えてない?」
「………うん。僕、何か言ってた?」
「……ううん。憶えてないんならいいや。」
「そう?」
……嘘である。
本当は憶えている。
僕が雪菜に「可愛い」といってしまった事を。
でも流石に恥ずかしいので、憶えていないふりをした。
その後、どこかで女の子と説明会を受けていた大輝と合流した。
女の子の方は既にどこかに行ってしまっていて、挨拶などは出来なかった。
大輝をよろしくって言いたかったのに……
大輝と合流した後は、自転車置き場の前で雪菜と別れた。
雪菜は自転車で来ていたようで、学校から病院までの距離は知らないが、かなり近いのだろう。
「また連絡するね」
と別れ際に言われた。多分お出掛けの事だろう。
そんなこんなで色々あった合格者説明会の後、現在僕は大輝と駅までの道のりを歩いているという訳である。
大輝と今朝の件を話していると、ふと僕はある事が気になった。
「そういえば、今日大輝と話してた女の子って誰なんだ?」
すると大輝は、平然とした顔で言った。
「ん?ああ、天沢さんっていう人で、入学試験の時に筆記用具を貸してあげた人だ。」
「…で、さっきは財布を拾ってあげたと……」
ドジっ子の匂いしかしない……
「ああ。あの人、どっか抜けてるんだよなぁ…」
大輝がどこか心配するような表情で天沢さんについて話すのを、僕は少し嬉しい気持ちで眺めていた。
大輝は、中学校時代は僕の親友というレッテルを貼られていて、近づく人はあまりいなかったのだ。
本人は、その場だけの恋愛感情よりも永続する友情の方が大事だと言っていたが、僕は大輝には彼女の一人くらいできてもおかしくないと思っている。
気配り上手で、信頼した相手にはとことん尽くす。おまけに努力家で、ルックスも普通に良いと思う。女子としては優良物件なのではなかろうか。
大輝はいつも、
「お前は顔はそこそこ良い」などと僕に言っていたが、僕としては大輝の方がかっこいいと思っているのだ。
なので、僕は大輝にこう言った。
「…大輝、お前、その子と過ごす時間を大事にしろよ。」
「…おいおい、それはお前にも言えた事だろ。」
何を言う。そもそも雪菜は僕の友達だ。
それに、彼女の一挙一動の意味を僕は汲み取れているはず……
ガスッ!!
「ったぁ!」
物凄い強さで後ろから殴られた!
背後をキッと振り返るも、誰もいない。大輝は僕の前にいるし……一体何なんだ?少し前にも殴られたし……
結局、その日殴られた痛みは夜になっても引かなかった。
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