第9話


「おはよう。」


「おう、おはよう拓海。」


 既に待ち合わせ場所として当たり前になってきている元寄り駅の改札口で、僕と大輝は朝の挨拶を交わした。


 今日は合格者説明会の日だ。

 同時に、雪菜と約束した日でもある。


…と言っても、ただ会おうとお互いに言っただけであって、WhenとかWhereとかの話は全くしていない。会えたらいいね、くらいの口約束だと思う。


「確か、説明会は二時からだったよな。」


 大輝が話を振ってきたので、それに僕は答える。


「そう。だから十二時半の電車に乗って行けば、三十分前には着く。」


 僕達が通う事になる高校は、電車と徒歩を合わせて登校するのに約一時間かかる高校だ。僕達の中学校から一番遠い高校でもある。


 この高校を積極的に選ぶ人は僕達の周囲にはおらず、僕のように内申点が足りずにレベルを落とす者や、大輝のように学力を上げても上位三校にギリギリ届かなかった者が通うような、上位と中位の間に位置する高校だ。


 そんな中途半端なレベルなので、知名度はかなり低く、地元で進学校として有名なくらいらしい。


 この前も知り合いに、何処の高校に行くのか、と聞かれたのでこの高校の名前を答えたところ、


「そんな高校あったっけ?私立?」


と言われるくらい地味な公立高校なのだ。

僕達の県は公立至上主義なので、この扱いは些か不憫だと思う。


 そしてそこに僕達は行く事になるのだが、大輝は何処か楽しみにしているらしい。


 やはり新しい生活の場というのは心踊る物なのだろうか?

 僕はそんな経験が無いのでわからないが。


「おい、拓海。もうすぐ電車来るぞ。」


大輝に呼ばれたので、軽く返事をして追いかける。


 ふと横を見ると、パックジュースが売られている自動販売機が目に入った。


「うん。……あ、僕これ買おう。」


「……苺オレか。美味いよな。」


「うん。僕これ結構好きなんだ。」


 クリーミーな味わいの中に、苺の風味もしっかりと付いていて美味しい。これで百二十円なのだからお得だ。物価が低い所に生まれて良かった……


「…んじゃ、俺はこれ買おう。」


「……ヘルガリアの飲むヨーグルト?」


 爺さんみたいなチョイスをするんだな。


「ああ。これも結構美味いぞ。更に体に良くて、これで百円。」


おお、僕のよりも二十円も安い。今度買ってみようかな…


 そんな風に僕達が清涼飲料水販売企業のまわし者みたいな事をやっていると、アナウンスが鳴り、目的の電車がホームに滑り込んできた。


 僕達は既に飲み終わったパックジュースをゴミ箱に捨て、電車に乗り込んだ。

 再度アナウンスが流れた後、ドアが閉まり、電車が動き出す。


「……やっぱり、ここら辺であの高校に行く奴は居ないか……」


 車内には、僕達以外に制服を着ている人は居なかった。

 それから電車に揺られること三十分。


 途中の駅でちらほらと同じ制服を着た人達が乗車し、僕達は高校の元寄り駅に到着していた。


『○○駅です。お降りの際は、電車とホームの隙間にご注意ください。』


「…やっと着いたな。」


「相変わらず遠い……」


 ぐちぐちと文句を言いながら電車から降りた。改札にICカードをタッチして、駅から出る。ここからまた二十分歩かなければならないなんて……

 溜息を吐いて、僕達は高校に向かって歩き出した。


 二人で通学路を歩いていると、僕達を追い越した人たちが進路の話で盛り上がっているのが聞こえた。


「……そういえば、うちの学校は倍率が低いから、落ちた人が少ないらしいな。」


「へぇ……初めて聞いた。」


「あ……後、これは人伝に聞いた話なんだが……守山は落ちたそうだ。」


「そうなのか……」


 うーむ……


 僕が守山を良く思ってなかったのは事実だし、色々言われた時に、畜生!落ちろリア充!みたいな事を思ったりした事もある。


 だが、本当に落ちてしまったとなると……


「……何と言えば良いのか分からないな……」


「……まあ、嫌いな奴だからといって、本当に落ちてほしいとは思ってなかったしな。」


 守山は市内にある男子校に通う事になるようだ。

 レベルが落ちるといっても、そこの一番頭の良いコースなので然程変わらないとは思うが。


 それに、その高校には僕の中学校からかなりの人数が行ったと聞いている。


 だから、まあ大丈夫なんじゃないか?


 守山の話題でしんみりとした空気になって沈黙が続いていたが、遂に校門が見えてきた。三十分前だけあって、人はまだ疎らだ。

 敷地内に入って行くと、何やら騒がしい場所がある事に気付いた。でも、そこは受け付けの場所ではなく、自転車置き場でもない。


「あそこに何かあるのか?」


「行ってみようぜ。面白そうだから。」


 好奇心で僕達はその場所に行ってみる事にした。





 その場所に近づいて行くと、騒ぎの原因が見えてきた。誰かが跪いている。


「一目惚れしました!俺と付き合って下さい!」


「ごめんなさい。」


「そ、そんな………」


 今度は別の人が跪いた。


「なら俺と!俺と付き合って下さい!!」


「ごめんなさい。無理です。」


「う、うう……」


「「……………………」」


 ……あ、五体投地している人がいる。


「女神よ!僕は貴方に何を捧げ---」


「いえ。何もいらないです。」


「な、なんと……」


「「……………………」」


……もうお分かりかと思うが、騒ぎの中心は雪菜だ。

 どうやら、雪菜を見た男子が次々とノックアウトされ、告白して即座に斬られる居合斬り地獄が発生しているようだ。


 既に地面に転がっている男どもは十人以上。

 何故斬られると分かっていて突っ込んでいくのか。

 自分の前の奴を見て学ばないのか。

 雪菜のうんざりした表情を見て結果が分からないのか。


 ……雪菜が男子と仲良くならない気持ちが何となく分かるような気がする。

ここまでとは思っていなかった。


「…えげつないな」


「…そうだな。俺たちが……特にお前がここに居たら色々と不味いような気がする。」


「……逃げるか。」


「……ああ。」


 そんな死亡フラグ満載の会話をした僕達が無事に逃げられる訳がなく、こちらを見た雪菜と目が合ってしまい……


「……あ、拓海?…やっぱり拓海だ!」


 気づかれてしまった。


「……逃亡可能の確率は?」


「……限りなくゼロに近い。だが、ゼロではない!」


 僕達は無謀とも呼べる逃走を図った。


「あ、ちょっとなんで逃げるの!?」


 後ろを見ると、雪菜は陸上部も顔負けの素晴らしいフォームで走ってくる。

 周りにいた人達の視線は、雪菜の美しい走り姿に釘付けだ。


 逃げている僕達はというと……


「後方に高エネルギー反応あり!パターンblue!天使と確認!」


「了解!総員、地対空迎撃戦……ではなく、退避ぃ!」


 軽めの中二病を発病しながら逃げ惑っていた。


 全力で逃げたのだが、雪菜の身体能力は異常に高く、半年も体をまともに動かしていない貧弱な僕達は直ぐに捕まってしまった。


「はぁ……はぁ……拓海ぃ?」


「逃げちゃダメだ……逃げちゃダメだ…逃げちゃダメだ逃げちゃダメだ……」


 必死にあの呪文を呟く僕。

 三番目の少年の気持ちが少し理解できた。


 …と、そこで雪菜が周りを見回す。


「………あれ?九条君は?」


 僕も隣を見るが、大輝は居ない。

 と、いう事は……


「………裏切り者………」


 どうやら、知らぬ間にフェードアウトしたようだ。


 ……後で何か奢らせる。


 僕が裏切り者に対する制裁を考えていると、雪菜が笑って近づいてきた。素直に怖い。


「…それで?どうして逃げちゃったのかな?理由は大体分かるけど。」


 分かるなら言わせないでください……


「……あそこで声を掛けるのは自殺行為だろ……」


 寧ろ、あそこで固まってしまう奴は危機管理能力が足りないと思う。


 …というか、雪菜さんマジ怖い。


「……まあ、それはいいとして……パターンblueって、どういうことかな?」


「そのネタ引きずるの!?」


 白けるぞ!?


「んー?」


 雪菜は心がポカポカかつヒヤヒヤするような素敵な笑顔を浮かべている。


 ……いや、このネタもうやめようぜ…


 そんな事を考えていると、雪菜の背後から、居なくなった筈の大輝がヒョッコリと顔を出した。


 見ると、何か口パクで言っている。


 何々……?


(さきいってるぞ、がんばれよ)


 ……あいつには楽ドナルドのビッグ楽!を奢らせよう。


 そんな思いを込めた視線を浴びせると、大輝はニッコリと笑って何処かに行ってしまった。


 ……さてと…………


「雪菜さん?さっきの事は不可抗力という事でお願いします。」


「…と………で………」


 雪菜は何やら小声で呟いている。


「……雪菜?」


「…何でもない。行こっか。」


 ……あれ?


「…許してくれるの?」


「だって、不可抗力なんでしょ?」


 不可抗力です!


「…うん。そうです。」


「なら、別にいいよ…………あ。」


「え?」


「…やっぱり、許してあげない。」


「……何か僕にしろと?」


 雪菜は満面の笑みで頷いた。


「そう!物分かりが良くて助かるよ。」


「………それで?何をしろと?」


「あ……えっとね………それなんだけど……」


 おかしな事に、雪菜は急にモジモジし始めた。瞳を泳がせて、両手を前で組んで体をユラユラと揺らしている。


蒼く見える程に黒いセミロングの髪も、体と一緒になびく海藻のように揺れていた。


 素直に感想を言うと、可愛い。


 今どんなお願いをされても受け入れてしまいそうなくらいには。


 ……と、そこで雪菜が覚悟を決めたかのような顔になった。

 一体何が来るのかと身構える。


 一拍置いて、雪菜は言った。


「こ、今週の日曜日!私と一緒にお出かけしなしゃい!」


「な………」


 噛んだ……噛んだぞ!?

 一体どこまで僕を悶えさせれば気がすむんだ!雪菜!しかも命令がお出掛けって!


 ………ふぅ。深呼吸だ。

 七割まで息を吸って……吐いて。


 ……よし。


「良いよ。荷物持ちだろ?」


「そ、そう!荷物待ちをして欲しいの!」


 雪菜は噛んだことには触れてこない。

 羞恥心で顔を赤くはしているが。


「……そ、それでね?待ち合わせとか、決めなきゃいけないから……その………」


「ああ、スマホね。了解。」


 雪菜が言おうとしていることを察して、僕はスマホのメッセージアプリを起動させる。


「はい、QRコード。」


「ありがと……」


 雪菜は、恐らく僕のアカウントが表示されているであろう画面を見て、嬉しそうに微笑んだ。


 僕も雪菜のアカウントを見てみる。


 そのプロフィール画像は、青い大空の写真だった。


 超絶美少女のアカウントが追加された、非常に価値あるスマホを感慨深げに眺めていると、


ピコン!


 メッセージが届いた。バナーに書かれた差出人は、”SETSUNA”だった。 内容を見ると、


[よろしく!雪菜です!]


と書いてある。

本人は目の前にいるが、一応返信はしようと思い、


[よろしく、拓海です]


と返しておいた。


「ちゃんと届いたね。」


「ああ。………あ、もうすぐ説明会始まる。」


 スマホのデジタル時計を見て、時間が押していることに気づいた僕達は、会場になっている体育館に急ぐ事にした。

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