第8話

 あの後色々と話をして、僕達はお互いに遠慮しない程に仲良くなった。そして暫く経った後、ドアがノックされた。


「失礼します。」


 大輝が入ってきた。

 後ろには女性の医師も付いていて、どこか雪菜に顔立ちが似ていた。

美人な医師は僕達を見ると、少しバツが悪そうに言う。


「取り込み中悪いですが、点滴の時間が過ぎたので。もう退院してもらっても構いませんよ。」


 点滴と退院、という言葉を聞いて、僕は不味いことに気が付いた。


 …お金……持ってきてない……


 点滴ならまだしも、一日入院させてもらっているのだ。流石にそんな安い額ではないだろう。


 そんな事態に気がついた時、後ろにもう一人誰かが立っているのが見えた。


「……父さん?」


「おお、拓海。大丈夫か?昨日大輝くんから連絡があって、気絶したとか聞いたんだが……」


 すると、医師は父さんに説明する。


「息子さんの容体は良好ですよ。少し心の方が衰弱していたと確認していましたが……今は、大丈夫そうですね。」


「そうですか。ありがとうございました。」


 父さんはそう言って頭を下げた。

 すると、その医師は慌てた様子で、


「とんでもない!息子さんを気絶させてしまったのは娘です……これくらいの事はさせていただかないと……」


……ん?娘?


僕は医師と雪菜を交互に見て、首を傾げた。

そんな僕を見て、雪菜が説明してくれる。


「私の家は病院をやってるの。お金とかは気にしなくていいよ。」


 雪菜の言葉を聞き、医師はこちらに向かって頭を下げた。


「本当に、娘がすみませんでした。娘の言う通り、お代は結構ですので」


 僕は医師が頭を下げるのを慌てて止めた。


「いえっ、こちらこそすみません。個室を丸々占領しちゃって……」


「いえいえ、むしろ娘と仲良くなって下さって嬉しいですよ。この子、昔から警戒心が強いので男友達がいないんです。」


 意外だ……誰とでもこんな風に接すると思ったけど……


「お母さん!あんまり私の事喋らないで!」


「はいはい。…あ。後、雪菜とコレになったら教えて下さいね?」


「お母さん!!」


「…はーい。私は退散しますよ。ごゆっくり。」


「……俺も外で待ってるぞ。」


「父さんも先生と話してくるから。」


 そう言って、みんなは病室から出て行ってしまった。


(……真面目な人かと思ったら違った……)


 雪菜を見ると、少し顔を赤くして俯いてしまっている。

 両手を膝の上で組み、そわそわと動かしている事から推測するに、恐らく恥ずかしいのだろう。


……とりあえず、適当に話を振るか。


「…お母さん、面白い人だったね。」


「…いつもあんな感じなの。もう本当に恥ずかしい………」


「そ、そうか……まぁ、それは置いといて。意外だったよ。男友達がいないなんて。」


 すると雪菜は少し俯いて言った。


「拓海は、私を見て何も思わない?」


 いや、そんな訳ないだろう。


「凄い美人だな、とは思うよ。」


「そ、そう。ありがとう…………それでね?私、この容姿のせいで中学時代にずっと告白されていたの。」


 それは理解できる。

 こんなに美しく、更に性格も良い美少女がいるのだ。モテない筈がない。


 僕は続きを促した。


「それでね?一度私に告白してきた人に聞いてみたの。『どうして私の事を好きになったの?』って。」


「そしたら?」


「その人は、『前話しかけて貰えたから』

って言ったの。……正直、なんでそんな事でって思ったけど、それを聞いた私は、私が何か行動するだけで男子達に影響をあたえてしまう事に気付いたんだ。…だから、これ以上勘違いされないように、男の子とは仲良くしないようにしてるの。」


 僕は納得しながらも、同時に疑問を抱いていた。


「ねえ雪菜。」


「何?」


「なんで告白を受けないの?気に入った人とかいたんじゃない?それとも好きな人が居たとか?」


 すると、雪菜は何故か顔を苺のように真っ赤にしてしまった。


「ひ、秘密なのっ!それは秘密っ!」


 焦ったように言ってくる。

 そうか……秘密なら聞かない方が良いか。


「…わかった、もう聞かないから。雪菜は男子を勘違いさせない為に仲良くしない。これで良いんだろ?」


「そ、そう。仕方なくやってる事なんだ……」


……確かに、仕方がないとは思う。


 普通の思春期の男子とは、すぐに女子が自分に対して恋愛感情を持っていると勘違いしてしまう生き物なのだ。雪菜の対応は正しいと言える。


(……まあ、友達を作るとか作らないとかは個人の自由だしな。僕も大輝以外友達いなかったし。)


 疑問が一応晴れた僕は、そろそろ病院からお暇することにした。


「それじゃあ、僕はそろそろ帰るよ。ありがとう、色々と。」


「もう帰っちゃうんだ………私の方こそありがとうね。」


「うん。」


 僕達が病室のドアを開けて廊下に出ると、スマホを弄っている大輝と目が合った。大輝はスマホを振りながら近づいてくる。


「よう、大丈夫そうだな。」


「ああ。ありがとな、わざわざ病院まで来てくれて。」


「おう。あ、お前の親父さん、下で待ってるから早く行こうぜ。」


「了解。雪菜も行こう。」


 すると、雪菜は大輝の方を見て何か言おうとしていた。


「……あの、九条君。」


「ん?」


「今日はありがとう。」


「あぁ、別に良いよ。俺としても拓海となんて嬉しいし。」


「……何の話だ?」


「拓海には関係ないな。」


「拓海には関係ないの!」


「そうですか……」


 二人してこうも言い張られれば、関係あることだと思ったりしてしまうだろうに……


 …でも、あんまり知りたがりなのも良くないし、“好奇心は猫をも殺す”とも言うしな。


 きっと、僕には関係ないのだ。


 そう無理やり自分を納得させ、この話題を忘れるように努めた。





 階下に降りると、父と雪菜のお母さんが話し込んでいるのが目に入った。


「父さん、準備出来たよ。」


「…ん?ああ、拓海か。ちょっとそこで待ってろ。……じゃあ、そういう事で良いんですね?そちらの了承は得たという事で。」


「勿論です。こちらとしても嬉しい限りですから。」


「……分かりました。それじゃあ、ここらで御暇させて頂く事にします。」


「はい。また詳しい事は後ほど。」


 ニヤニヤと、あたかも何かを企んでいるかのような表情で話す二人。少し会話した後、父さんはこちらに来た。


「待たせたな。行こうか。大輝君も。」


「はい。」


 どうせ何の話をしていたのかは教えてくれないのだろう、と思った僕は、何も聞かない事にした。


「じゃあ、またね雪菜。次は……」


「合格者説明会があるよ。そこでまた会おうね!」


「ああ……そう言えばそうだったな。」


 よく覚えているものである。…というか、覚えていない僕がおかしいのだけど。


「じゃあ、そこでまた。雪菜のお母さん……じゃなくて、月城さんも。本当にありがとうございました。」


「良いのよー。義母さんって呼んでも。」


「ははは………」


 字も何か違う気がするし、何より隣の雪菜の表情が凄い事になっている。

 僕は曖昧に笑って流すと、病院を後にした。


 帰りは、父さんが乗ってきた車に乗って帰る事になった。


 病院でしっかりと眠っていたはずなのに、車内では何故か寝てしまった。起きてからまた疲れたのだろう。


 次に目が醒めると家に着いていて、既に大輝は車を降りた後だった。


 父さんは何故か車のエンジンを止めずに運転席に座っている。僕が寝起きの顔でぼうっと眺めていると、父さんが喋り出した。


「なあ拓海。雪菜ちゃんとは仲良くしておけよ。」


「え?どうして……」


「どうしてもだ。ちゃんと毎日話して、学校でも一緒に居てやれ。」


 そんな父さんの言葉は、まるで雪菜がどこか遠くに行ってしまう運命にあるかのように言っているようにも見えた。

 少し不安になる。


「……あ、勘違いするなよ?今後引っ越したりとかしないからな?俺が言っているのは……あ、やっぱり駄目だ。教えられない。」


 杞憂だったようだ。

 というか、美少女と育んだ時間が儚く消えるって、どこの悲恋小説だよ。普通ハッピーエンドだろうが。後味悪いだろうが。


…いや、それよりも今の父さんの言葉が気になる。


「さっきのは何?気になるんだけど。父さんが言ってることって?」


「だから、駄目だって言ってるだろ。こればかりは教えられん。」


……滅茶苦茶気になる。


 その後も家で父さんに色々な手を使って聞き出そうとしたのだが、情報は全く得られなかった。


…どうやら、父さんは本当に教える気がないようだ。


 あまり深追いし過ぎるのも良くないと思い、僕は引き下がった。


 その日、ベッドに入ると、今日見た雪菜の美しい動作や表情が脳裏に浮かんで、中々寝付けなかった。

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