第6話

ザワザワと、周りの人達が騒がしい。


ガッツポーズをする人、泣き崩れる人、抱き合う人、トボトボと帰って行く人。


これからの人生が決まる合格発表だ。


* * *


「おはよう。」


「おう、おはよう。」


元寄り駅の改札の前で、僕は大輝と合流した。


その挨拶は、既に過去となった入学試験を思い出させる。


…今度は、その結果を見に行くのだ。


「そんな神妙な顔すんなよ!お前の事だし、絶対受かってる!」


と、大輝はそう言うが、自分の心配はしなくても良いのだろうか。

僕がその事を大輝に聞くと、大輝はこう言った。


「お、俺には神のご加護があるからな!だ、大丈夫だ!」


現実逃避をしているだけだったようだ……


そんなやり取りをした後、僕達は電車に乗って受験会場まで向かった。


* * *


「うわぁ………めちゃくちゃ気が滅入る……」


僕達が電車から降りて高校までの道を歩いていると、見るからに沈んだオーラを纏った人と何度もすれ違った。


泣いている人もいれば、ただ俯いて歩いている人もいる。


それを見ると、僕もこうなるのではないかとどうしても考えてしまう。


隣を歩く大輝も、周りを見ないように俯いている。


(いや、僕が弱気になってどうする。)


僕にとっては、レベルを落としたのだから受かるのは当たり前だ。

間違っても、落ちるなどと考えてはいけない。


それからしばらく歩き、校門に着いた。


校門には人はあまり集まっておらず、昇降口の方から喧騒が聞こえてくる。


一歩歩く度に緊張が高まり、ピリピリとした空気を僕達は感じ取っていた。


そして見えてくる昇降口。


その全面ガラス張りの扉は、白い紙によって塞がれていた。


合格者開示開始の時間から既にかなりの時間が経っていると思うが、まだまだ人は無数に居た。


僕は、余計な事は考えずに白い紙に近づき、自分の番号を探した。


「……あった。」


番号は、かなり見つけやすい所に書いてあった。


ほうっ、と溜息が出る。


安心し過ぎて言葉が上手く出てこないのだ。


僕が勝利の余韻に浸っていると、すぐ側から大声が聞こえてきた。


「あった!あったぞ!おい!拓海!拓海はどこだ!?」


「………………」


スッ、と人混みから抜け出て、無言で校門を目指す。


受かったんならいいや。

あれ、まだ騒がしい人が叫んでいる。


……うるさいなぁ。


「あ、あれ?拓海?……あ!こらテメェ!何しらっと帰ってやがる!」


あ、気づいたみたいだ。

此方に向かって猛スピードで走ってくる。


僕は両手を広げて、受け止めてみせる!というように腰を落とし、大輝が来るのを待つ。


大輝は満面の笑みを浮かべて走り寄ってきた。


飛びつかれる寸前で僕は持っていた

リュックサックを大輝に投げつけた。


「拓海―!やったぞ拓海―!」


嬉々とした顔でリュックサックに抱きつく大輝。

側から見ればただの奇人にしか見えない。


僕は記念写真を撮るために持って来ていたデジカメを構えると、連写機能でリュックサックに抱きついている大輝を撮りまくった。


十枚ほど撮ったところで、大輝が気づいた。


「……あれ?これリュックサック……………」


そこで僕は堪えきれずに吹き出した。


「ぶははははっ!大輝!お、お前、面白過ぎ……クククッ!」


笑われた本人は僕とリュックサックを交互に見て、だんだんと羞恥心で顔を真っ赤にしていき、遂にトマトのようになってしまった。


「ち、畜生……恥ずかしい写真を……しかも連写……」



僕がゲラゲラと笑いこけていると、背後から笑い声が聞こてえてきた。


「ふふふっ…………」


…思わず、えっ?という声が漏れそうになった。


何故ならば、僕の耳に届いた声は、

あまりにも涼やかで、かつ可愛らしい声だったからだ。


ゆっくりと振り返ると、そこには一人の少女が佇んでいた。



……思わず、息を呑んだ。



“美しい”という言葉はこの少女の為だけにあるのだ、と錯覚してしまう程、少女はひたすらに美しかったから。


その瞳は、光さえも呑み込んでしまうような黒なのにも関わらず、輝いていた。


その髪は、藍色に見えてしまう程に黒く、しっとりと滑らかだった。


…肌は、穢れなど聞いた事も見た事も無いと言いたげな程白く、透き通っている。


そして、その肢体は美しい曲線を描いていて、肉体の黄金比とも呼べるくら

いの完璧なプロポーションだった。


……この少女は、”美”そのものだ。


僕は空っぽの頭でそう思った。


穴が空くほど見つめていると、少女が僕に向かって微笑んだ。


その微笑みは天使の様にあまりにも整いすぎていて……


1人の女の子を連想させた。


その子は、常に微笑みを浮かべていて………


あぁ、そうだった。


僕はその子に恋してしまったんだ。


……そう。


彼女の微笑みは、早川 飛鳥の微笑みと似ていた。


バチン……、という音が聞こえ、時が再び動き始めた。

脳が再起動を始めたのだ。


僕は、一ヶ月ぶりに感じた、悔しさや悲しみで心臓を素手で掴み取られるかのような感覚を覚えた。


心が悲鳴を上げているのだ。


次に彼女と目があった瞬間、その漆黒の瞳を見て僕は、ある人を思い出した。


…遠い過去、唐突に僕の前から居なくなった人。


(………母さん……)


猛烈な吐き気を覚えた。


今朝食べたトーストが液体物となって喉からせり上がってくる。


目を閉じて鼻で深呼吸をした。


(……落ち着け…落ち着くんだ………)


…と、その時。

僕の耳元で涼やかな声が囁かれる。


「大丈夫?顔色、悪いよ?」


驚いて瞼を開けると、再び少女の瞳と目が合う。


……そこが限界だった。


僕は近くにあった植え込みに駆け込むと、激しく嘔吐する。


内臓ごと体外に出てしまうんじゃないかと思う程苦しかった。


後ろで何か声が聞こえたような気がするが、拷問のような吐き気に囚われた僕には、何を言っているのか分からなかった。


…そして、胃の中が空っぽになり、吐く物が無くなった時、僕は意識を失った。


直前に思ったのは、一ヶ月ぶりに気絶したな、という事だった。

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