第5話
「拓海、受験票持ったか?」
何度目だ、と苦笑しながらも僕は返答する。
「持ったよ、筆記用具も電車の時刻表も。」
僕の返答に頷いた父は、僕の背中をドン!と叩いて言った。
「行ってこい!今までやってきた事を全部ぶつけろ!」
とにかく熱い言葉だったが、父の励ましは僕の心に響く。
「うん。ありがとう。………行ってきます。」
「行ってらっしゃい!」
玄関のドアから出た僕は、後ろを振り返って小さいとも大きいとも言えない一軒家を眺めた。息を一つ吐くと、白い靄となって空に昇って行く。
それをチラリと見た僕は、やるぞ、と呟いて元寄りの駅へと自転車を走らせた。
*
「おっす。おはよう拓海。」
「おはよう大輝。」
「覚悟が決まったみたいな顔しやがって。」
「覚悟は決まったからね。
”これはもう受かるしかない”って。」
「大層な自信がおありで。」
大輝はそう言うと、ニカっと笑った。
それは、かつて部活の最後の大会前に見せた笑顔と同じ笑顔だった。
(……大輝も覚悟決まってるじゃないか……)
大輝も同じなんだな、と思い、僕は大輝に珍しく熱い言葉を掛けた。
「じゃあ、勝ちに行くとしますか。」
「おう。」
改札を潜り、電車に乗った。
受験会場の高校までは下見で行ったことがあったのだが、やはり遠い。
試験開始の三十分程前に僕達は会場に着き、受付を済ませておいた。僕と大輝の受験時のクラスは違うようだったので、
「また会おう」
とふざけ合って別れる。
試験前の良いリラックスになったと思う。
それから試験時間まで、僕は持ってきたノートを見返していた。
*
「それでは、試験………始めっ!」
監視教官の指示の元、試験が開始される。
解答用紙に名前を濃く書き、問題を解き始めた。
* * *
「やめ!筆記用具を置いて、解答用紙を回収!」
最後の科目が終わった。
……手応えはあった。
後は、自分の実力を信じるだけだ。
一年間続いた軛から解放された僕は、思いっきり伸びをする。
*
「やっと終わったぁ!」
「終わったなあ。」
高校の校門で合流した僕と大輝は、試験が終了した解放感と、少しの倦怠感に酔いしれていた。
今まで頑張って勉強してきただけあって、その達成感は他には代え難い物がある。
「何処行く?どっか食べに行くか?」
「そうだな……カラオケとか行きたいな。」
「お前から誘うなんて珍しい…………よし、歌って全部発散するか!」
「ああ。」
その日は、今までの不自由だった時間を取り戻すかのように遊びまくった。
「…ただいま。」
僕が帰ってくると、父はそわそわした顔で聞いてくる。
「おお!お帰り。どうだった?」
「……手応えはあった、かな?」
正直に感想を言うと、父は満足そうに頷いた。
「そうか!受かると良いな。」
「うん。」
そして、僕は風呂と歯磨きだけを済ませて死んだように眠った。
久しぶりの安眠だった。
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