第2話

 内容が頭に全く入ってこない授業が終わり、下校時刻になった。


今日は一人で帰ろうと決めていたので、さっさと荷物を纏めて教室を出ようとしたのだが、そこで担任に呼び止められた。


「今から時間あるか?二者面談をしようと思うんだが……」


これといった用事がない僕は、その申し出を了承した。





担任に連れて来られたのは、生徒指導室だった。だけど何のことはない。進路の話でこの部屋を使う事はよくある事なのだ。


担任は部屋の鍵を開けて僕を招き入れると、ソファーにどっかりと腰を下ろし、僕に向かいに座るように合図した。


「さてと……」


「進路のお話ですよね?」


「ああ。そうなんだが…………」


担任は話し出すのを躊躇っているようだった。早く家に帰りたい僕は、担任に続きを促す。


…だがそれは、失恋で弱り切っていた僕の心をもう一度、更に深く抉るような話だった。


「結城。単刀直入に聞く。志望校のレベルを落とす気は無いか?」


 驚いた僕は聞き返す。


「……どうしてですか。」


僕の学力は申し分ないはずだ。

模試でも良い結果を取っている。

それに、初めて自分で決めた目標なのだ。簡単に諦めたくはない。


……それなのに、何故この人は志望校を諦めろなどと言ってくるのか。


「…お前には、内申点が足りてないんだ。このまま受けても、受験者の中でトップにでもならない限り受からないだろうな…」


内申点。


それは高校受験の時や、大学受験の時によく出る項目だと思う。何故それが足りないのか、僕には心当たりがあった。


 二年生の時、僕は部活で深刻ないじめを先輩から受けた。

その影響で、学校に三ヶ月ほど登校していない時期があったのだ。


「登校日数、ですか。」


僕の呟きを聞くと担任は重々しく頷き、現実と言う刃物を突きつけてきた。


「残念ながら、お前が受けようとしている高校は内申点が特に評価される高校だ。過去のデータを見ても、お前と同程度の内申で受かった人はこの学校には居ない。」


それを聞き、僕は体の力がすっかり抜けてしまった。


腕や脚だけが神経毒に侵されてしまったようにピクリとも動かない。

体は自然と前屈みになり、顔が隠れる状態になった。


「……………」


担任は僕が何か考え事をしていると思ったらしい。黙ってこちらを見ている。


……でも、何か喋りかけてくれた方がよっぽど良かった。


……そして、度重なる負荷に耐えられなくなった、思春期の弱々しい心は、砕け散った。



* * *



メドレーのように映像が移り変わって行く。


(……これは……)


僕は、夢の中にいた。


ここが何処かは全く分からないのだが、ここが夢の中であるという事実だけは理解していた。


そして、目の前を流れ行く映像。まるで川のように、僕の目の前を流れて行く。


…小さな僕が、同い年くらいの女の子にぶたれている映像。


…小さな僕の周りから、一人、また一人と人が離れて行く映像。


…小さな僕に、刺々しい形となった言葉を投げつける子供達の映像。


……僕から、母親が離れて行く映像。


「いやだぁぁぁぁぁぁぁぁ!」


叫んだ。理性の無い獣のように。


「くそ!忘れてたのに!忘れてたのに!」


同じ言葉を何度も繰り返した。

壊れた機械のように。


そして、叫び続ける僕の頭の中に、自身の声が響く。


「本当に、楽しくない人生だね。」


 吐き捨てるように僕の声は言った。


 …そして、"僕達"の独白は続く。


「ねえ……結局、僕は何の為に生まれて来たの?」


知るかよ!僕の意思で生まれたんじゃないんだから!


「嘘だね。僕は答えを出している。」


やめろ!言うな!


「僕は、母親が強姦された時に偶然出来た副産物であり、この世に生まれて来た意味は何も無い。」


………………


「……違うのかい?実の母親に捨てられた、強姦魔の息子さん?」


映像がフラッシュバックする。


深夜、喧嘩する両親。

聞いてしまった僕の生誕の真相。

愛情の無い母親。


無表情に、離れて行く。


「……もう、嫌だよ。……助けて……」


「……僕が僕を認められた時、恐らく君はこの世界での生きる意味を見出すと思うよ。」


 僕の声はそう告げ、同時に奇妙な映像も薄れていった。


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