弱い意志
「かお、私たちと昼食べるの久しぶりじゃない?」
「そうかなー。まあ、最近はちょっと忙しかったからねー」
主にゆーちゃん(別称:夢宮鏡華)のせいで色々と走り回っていた。だが、前の日曜の勉強会の時にこう言われたのだ。『夕暮さんはもう私と関わらない方がいい』と。何をバカなことを言っているのだと私は思った。これまでゆーちゃんに私のことを思い出してもらうためにどれだけ時間をかけてきたと思っているのだと私は心の中で憤慨する。
でも、ゆーちゃんの目は決して笑ってなどいなかった。真剣そのものでバカにできたものではなかった。その熱に押されて私はあろうことかその忠告を受け入れてしまったのだ。
「はぁ…」
「かおがため息ついてる⁉やばい、病院?保健室?それとも救急車⁉」
「失礼な!私だってため息ぐらいつきますわい!」
「冗談。冗談」とからかい好きな友人たちは笑う。まったくっと私はこの子たちを見ながら思う。決して悪い子たちではない。優しいし、ノリもよく、スタイルも…ってスタイルは関係ないない。
「でまた夢宮関連?」
ただ嫉妬深いのが玉に瑕。
それも特にみい。彼女は男の子でいうところの「愛が重い」タイプの子らしく。結構な頻度で別れたり付き合ったりしている。それは友情関係においても別物ではない。ただ身内にはとてもやさしいのだ、しかし自分や友達に牙をむいた相手には容赦がない。そういうところが彼女のいいところでもあるのだが…
「そ。仲良くなったと思ったんだけど、ちょっと喧嘩しちゃって…また疎遠になっちゃった」
「もーっ、あんなの見限って言いと思うんだけどねー。私は」
また始まった。最近はいつもこれだ。どうやら今期のターゲットは夢宮さんらしい。さすがにちょっと短期間でかまいすぎたかな…とちょっと反省してみたり。
「なにー?女王の悪口言ってんのー?」
突然飛び込んできた声はあまり聞きなれていない声だ。その乱入に私は心の中でチッと大きく舌打ちする。
別グループの人だ。それもクラスではなかなか素行の悪い方の。
まずいまずいまずい。こうなっては収拾がつかない。悪口はウイルスのように感染し、どんどん激化していく。
「ちょ、ちょっと。もうそこらへんに」
止まらない。止まらない。どんどんみんなの口は汚くなって、どんどんみんなの脳内は醜くなっていく。それにみんなは気付かず、頭がハイになって楽しくなり状況は悪化していくばかり、もうそれは私には止められなかった。
ドアを開けようと思った手が止まった。こんな会話が聞こえてきたからだ。
『ってか何?夢宮、女王って呼ばれてんの?ウケる』
『いやーあんなお高くとまってたらそう呼ばれてもしょうがないでしょ』
『あ、あれマジムカつくよね。てかウザイ。ホントウザイ』
私の悪口…そうすぐさま悟った。多分、ここでドアを堂々と開ければそれらは止まるだろう。でも、私はすぐさまそうすることができなかった。恐怖で手が震えてドアに手がうまくかからない。
そうしている間にも私を殺さんとする悪意の数は倍にも増大する。
『『ごめんなさい。今日は用事があるの』ってやつでしょ』
『あはははっっ!エリ、マジそっくりすぎ』
『ねえー。あれはきもいよねー』
悪意からナイフを刺されたように心が痛い。心臓が握りつぶされたかのような感覚に襲われる。不快感と恐怖、不快感と恐怖、交互に私を刺して行って呼吸するのももう辛い。
『マジでホントにさーあいつ…』
『死ねばいいのに』
それはかつて私が父に向かって放った願いだった。こんなにも傷つくものなのかと不快感と恐怖の中に罪悪感も混ざってきてもう対処しきれない。
震える手を鼓舞し、ドアに手をかけると、自分を戒めるように一度大きく息を吐くと手を思いっきりスライドして、ドアを乱暴に開けた。
夕暮さんと目が合った。
そして私はつい静かにこう願ってしまった。
「ここから消えたい」
僕は廊下を駆けた。階段は大きく二段飛ばし。走って走って屋上に行こうとする前に教室前で立ち尽くす夢宮の姿を認めた。
急ブレーキをかけて夢宮に声をかけようとするが彼女はドアを乱暴に開け真っすぐに教室の中を見た。そして一瞬目を大きく見開いた後、
小さく口がこう動いた。
『ここから消えたい』と。
からんからんと夢宮の水筒とお弁当箱だけがその場に落ちる。
彼女の姿はもうなかった。
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