さようなら

「これが…私の罪よ」


 僕は夢宮の懺悔を聞いていた。ぽつぽつと降っていた雨は打って屋根を打つように激しくなり、鳴いていた雨蛙の声は嘘だったかのように聞こえない。


「どう?これでもあなたは私を許せる?私と…関わろうと思える?」


 彼女は自嘲的にそう問う。

 正直、今の話を聞いて自分がどう思っているのかなんてわからなかった。困惑。それが今の僕の感情をまとめた言葉だった。


「正直、混乱してる…」


「そう‥‥‥まあそうでしょうね。今までは自分が加害者側だと思っていたのが、急に被害者側だと言われて、混乱しない方がおかしいわ」


「でも、だからって…何かが変わるわけでもないだろ?お前の『言霊のうりょく』なんて…証明しようがない」


 そうだ。刑事的には何も変わらない。たとえ、あの日、夢宮が父親と大喧嘩しようとも、『死ね』と願ったとしても、僕の父が彼女の父を轢き殺した事実は何も変わらない。だから、どれだけ彼女が叫ぼうとも世間一般的には加害者一家は僕らの方で…


「罪の意識の問題よ。それだけでもあなたのそれはだいぶ楽になるんじゃないかしら」


「…そんな簡単に塗り替えれるもんじゃないだろ。それにさっきの話を聞いている限り、お前は僕がどういう環境にいたかわかっているはずだ」


 一度張り付いたレッテルはなかなか剥がれない。高校で新天地になってようやくそれは剥がれ始めてきたが。いや、塗りつぶししたと言った方が正しいのだろうか。


「ええ。だからこそあなたは私と関わるべきじゃないの」


 そうか彼女は言い切る。嘘を言っているようには見えない。でも、本音で話しているようにも見えなかった。


「それじゃあ、今までありがとう。さようなら」


「ちょっ、ま」


 唐突に別れを告げ屋根の外へと去ろうとする彼女。

 僕はそれをまだ話は終わっていないと止めようと彼女の手首をつかんだ。


「⁉ いたっ!」


 その瞬間、電撃が走ったように僕の右手から痛みを伝える神経系が働く。

 驚いて自分の右手を見ると、手のひらに横一文字の切り傷ができ、そこから真っ赤な液体が溢れ出ていた。


「だから言ったでしょ。


 そして最後に彼女はこう言い残す。


「それじゃあ、私は


 バイバイと僕に胸の前で小さく手を振ったかと思ったら、瞬間移動みたいに、瞬きしたら消えていた。

 ごしごしと瞼を何度もこすって見返すが彼女の姿は最初からなかったようにもう見えない。


 残された僕は、彼女が消えたと同時に太陽の光が差し込んできた曇り空を、ただ見上げるしかなかった。


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