呪い

「別れるって…僕たち付き合ってたっけ?」


 私こと卯月一実の人生に一度たりとも彼女という存在はいたことはい。そう記憶している。むしろ女性に好意を持たれたことすらないのではないか。それほどまでのモテなさっぷりを中学はともかく、高校は遺憾なく発揮していた。さわやかイケメンこと山下に「なんでお前モテないんだろうな?」とも言わしめた男で有名である。無論、その時は無言で平手をかましたが、あっさりとかわされた。あの時は憎たらしかった。


 まあ、そんな僕の苦労話はさておき、僕のまじめな問いを軽いジョークと捉えたのか、夢宮は何だか気の抜けたような表情になったと思ったら、また真剣な表情に戻って言う。


「そういう意図があって言ったわけじゃないんだけど…まあ、意味合い的には間違ってないわ」


 意味合い的には間違っていない?どういうことだろう。一瞬、遠回しな告白かなんかと思ったが、この真剣な雰囲気でそれはないだろう。いや、真剣だからこそあり得るのか?あれ?どうなんだろ?

 彼女は確か「けじめをつける」と言った。それは多分、あんまりよくない意味合いで。

 でも、それを認めたくなくて僕はわざとこの空気を濁すため冗談を言う。それは俗にいう悪あがきってやつで。


「えっと、何それ?遠回しな告白か、何かか?えっとこういう時なんて言えばいいんだっけ?月がきれい


「私には」


 ひときわ大きな声が目立った。悪あがきする男の声や趣のある雨音や恵を歌う蛙の鳴き声よりもその声は一際大きく目立った。

 それには彼女の確かな決意がかすかに見え隠れした。



 それはもう『言霊』を持つ彼女にとって決定的な別れの言葉だった。

 

「な、んで…?」


「関わる」というのがどの程度の範囲にまで及ぶのかはわからないが、この後に出した声が形と成り彼女に届いたのは、きっと神様の慈悲か何かだろう。だって、別れの理由を問うってことは明らかにその人と「関わる」行為だから。

 だからこの時、僕の声が届いた理由はその時の僕にはわからなかった。でもそんなことは気にならなかった。それぐらい僕は必死だった。


だから、


 そんなことない。そう言いたかったけど言えなかった。自分は身も心もボロボロで決壊寸前だって自覚していた。いや、もう決壊しているのかもしれない。あんな姿を曝け出して、見られて、ボロボロじゃないなんて見栄さえ張ることもできなかった。

 それでも抗う。駄々をこねる子供のように必死に言葉を並べて彼女を説得しようとする。


「でも、それはお前とは関係がない。お前と関わったから僕はボロボロになったんじゃない。あれは、僕と家族だけの問題で―」


「私が猫を追いかけて飛び出したから。あなたの父は捕まった」


「違う!父は飲酒して運転したから捕まったんだ、お前とは全く関係がない!」


 つい声が荒げる。意図してないのに。父が必死になって償ってきただろう罪を盗られたような気がして。

 このままでは二度と彼女と関われなくなるような気がして。


「でも私が飛び出さなかったら。バレルことはなかった。そうよね?」


「バレる、バレないじゃないだろ!人の罪を勝手に盗るんじゃねえ、それは僕の父が必死こいて償った罪だ。それを横から」


 その弁解は大きな声で遮られる。今までで聞いてきた中で一番の大きく感情のこもった声によって。それは、その叫びは懺悔だった。


「私が願ったから全部こうなった!」


「ぇ?」


 僕はまだ『言霊』の恐ろしさに気づけていなかった。どうして彼女が人と距離をとるのか、その真意を知らなかったことが、今回一番の過ちだろう。

『言霊』は「放った言葉を現実にする不思議な力」なんかじゃない。


「お父さんを殺したのはあなたの父親なんかじゃない、むしろ罪を盗ったのはあなたの父親」


 もっと正しく正確に表現するならばこれはそんな誰もが欲しがる魔法みたいな力じゃない。むしろこの不思議な力は「呪い」と表現した方が正しかった。

 

「私の願いがあなたの母と私の父を殺した」


 「放った言葉を現実にする呪い」それが『言霊』に関する正しい見解だった。




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