決別の決意
「それがどうかしたの?」
正直この返答は予期していたものと同じだった。だから僕はあらかじめ用意していたという詰め方で行かせてもらった。
「お前の不思議な力っていうのは『放った言葉が現実になる』…これで正解か?」
「ええ。正解よ。ちなみに私はこの不思議な能力のことを日本文化になぞらえて『言霊』と呼んでいるわ」
『言霊』日常的にはあまり使われない言葉だが、何かの書籍で呼んだことがある気がする。声に出した言葉が、現実の事象に対して何らかの影響を与えると確かそんなニュアンスのことだった気がする。まさに今の状況にピッタリだ。
「それにしても早かったわね。もう少しかかるものだと思っていたのだけれど」
「あのタイミングで偶然、未確認の彗星が現れるなんてそれこそ天文学的確率だ。それならまだお前の仕業だといわれたほうが合点がいく」
未だにその『言霊』とやらを否定する感情は残っているけれど。彼らは一番大事にすると決めた本心じゃない。それを伝えるためにこう付け加えた。
「それに僕は約束を守る男だからな」
冗談交じりにそう言った。でも『言霊』が発動しなかったのは僕の本心が少なからず組み込まれていたからだと思う。
「そう」と夢宮は興味がなさそうに生返事をし、ぼそぼそと小さく口を動かした。僕はそれに気づかない。
「用は済んだのかしら?それなら早く教室に…」
「用ならまだある」
僕はすぐに退去を促す夢宮を見据えて今日血眼になって探していた理由の一つである、もう一つの要件を叩きつける。
「お前、なんでクラスのやつと距離をとるんだ?」
その質問ははっきりとした口調で問われたためかやけにきれいに響いた。
それは僕が最初から抱えていた単純な疑問であった。なぜ夢宮鏡華は周囲から距離をとるのか、それは吉田からやや強引に命じられた依頼を完遂するための重要なポイントであり、一個人としても気になることでもあった。
「…ただ人付き合いが苦手なだけよ」
嘘…ではないのだろうが、理由はそれだけではないと半ば確信する。その確信は昨日の放課後の僕と今日の夕暮とでは対応の差がありすぎるところからきていた。
「本当にそれだけか?」
僕はすごむように夢宮の本心を問い詰める。
夢宮は冷え切った眼差しをこちらに向ける。空気が凍り切ったようにこちらに沈黙を強要する。この空間でふざけた言動は許されない。
「…あなたに言う必要はないわ」
昨日と同じパターンだ。彼女は義務と理由と必要性、ついでに権利、それらを重視する傾向がある。彼女は論理的なのだ。もっと詳しく言えば彼女は論理を好み、それに従う。生真面目な検察官のようなイメージ。
「僕は昨日、恥ずかしい本心を丸ごと吐き散らかした。だからお前にも本心を吐き出す義務があり僕には聞く権利がある」
夢宮は僕に鋭い眼光を向ける。よほど触れてほしくない案件だったらしい。
だが僕はそれを理解しても容赦せずにどかどかと土足でそこに踏み込む。どうしてそこまでするのかは自分でもよくわからない。ただ何かが僕の背中を押す「やりたいようにやれ」とこれももしかしたら『言霊』の力なのかもしれない。
「あなたに話したからって何も変わらない」
夢宮は投げやり気味にそう言い放つ。そして僕を再度睨みつける。それは確かに決意がこもった目だった。寂しさと悲しみが隠し味に加えられている、そんな決別の目。
彼女の『言霊』の能力が本物なら仮に彼女が僕に理由を話してもそれで状況が変わることは決してない。だから私にはもう関わるな、そう言外に言われた気がした。
そこまで突き放されると僕も意見を折れざるを得なかった。
「…わかった。そこまで言うならもう聞かない。だけど、お前を心配してくれている奴も相当数いるってことを忘れんなよ」
夢宮はそんな先輩からのアドバイスにも反応しない。ただ分かりきったような瞳でこちらを見ているだけだった。それが少し前に見た鏡の中の瞳と重なって不快になる。
その不快な感情を収めるようにポケットに忍ばせておいたスマホが震える。どうやら通知が来たようだ。昼休みも残り少ない、急いだほうがいいかもしれない。
「用は済んだのでしょう?なら早く教室に戻ってもらえないかしら?」
僕は言葉のままに足を動かす。振り向きもせずに真っすぐに。ただし早く早く前へ前へと歩こうとする足をいなしてゆっくりと歩く。
ポケットの中からスマホを取り出し、ある通知を確認して、それに応じた操作をする。
そこから僕はドアの前まで歩くとゆっくりと振り向いた。そこには律義にご飯も食べずにこちらを見送る夢宮の姿が目に入る。
「なあ夢宮」
抑えきれずに笑みがこぼれる、それはまるでいたずらが成功した時の子供の顔。
「僕はもう聞かないとは言ったけど、状況を変えないとは言ってないんだよな」
夢宮の目が開かれる。それを見て僕は不快が愉快へと変わった。
ドアを勢いよく開く。風でポニーテールがよく揺れた。
「…‥‥ふぇっ?」
スマホを耳に当てながらよくわからない奇声を放つ夕暮薫がそこにいた。
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