本当という名の武器

「仮にあれが本当に不思議な力だと言ったら、あなたは信じてくれる?」


 夢宮は確かにそう言い放った。

 今の夢宮の様子を見て冗談だと受け取れるものがいるのならそいつの目はきっと節穴だろう。大きな穴が空いているに違いない。


 彼女の大きくきれいな瞳からはいろんなものが混ざり合っているのが垣間見えた。試すかのような口ぶりからは想像もできないほど複雑に感情が入り乱れている、そんな気さえした。

 ただ一つの大きなくくりの感情に絞り込めと言われると当てはまる言葉はただ一つ。


『寂しい』


 どう対処すべきか迷った。いつものようにはぐらかすか。世間一般的な切り捨てる反応をするか。それとも偽善的な言葉で話だけでも聞くか。

 そうして案を絞り、先を見据えて思考し、答えを出す。

 いつものように考えうる限りの相手や俺にとっての最善手を偽善で出来上がった口で吐く。


「             」


 声は形と成らなかった。音は冷房が出す人工的な風にさえさらわれる。

 動揺がにじむ。これはまた…

 

「戻ってるわよ」


 淡々と事実を押し付ける夢宮は何がとは言わない。その答えはまた『あれ』が発動したことによって明確となっていたからだ。

 もはや『あれ』が発動したのは、を釘づけ貼り付けたが安易な言動に手を出してしまったのは、必然といえるのかもしれない。

 人間、そうすぐには変われない。誰の言葉か忘れたが的を得ているなと今、初めて共感した。変わったように見えても小さな何かが心や体のどこかに残ってる。「してきたことは消えない」とはよく言ったものだ。

 安易に適当な発言をしようとしていた自分を思い出し真剣な回答を望んでいた夢宮に対して申し訳ない気持ちになる。

 同時に戸惑う。最善手を潰されたことによって案は一切浮かばない。端的に言えば自身としての案、否、返答は空っぽだった。


を言ってくれるかしら」

 

「本当に、思っていること」 

 

 夢宮のその言葉を合図に急かされたように僕の脳は誰かに操作されているかごとく勝手に動き出す。心情をまとめ、感情を探り、打算の類は一切捨て、浮遊していた言葉を集めて繋げて最適解なを頭の中からひねり出す。


 「これも夢宮の言う不思議な力なのだろうか」と心の中で平均的な大きさの一人が言う。その一人に名前を付けるなら『素直』だろう。

「どうせ嘘に決まってる。催眠術なりなんなりしているに違いない」とそこそこ大きなもう一人が言う。こいつにつけるなら『懐疑』だろう。「どうでもいいから早く帰ろうぜ」と言う。とても小さなこいつはきっと『怠惰』だ。

「そんな妄想もういいんだよ。現実を見ろ」と見るからに大きなこいつは『諦観』。

「もっと違う方法があるだろ。またあの時みたいに…」と昔話を掘り返す中くらいのはきっと『後悔』で

「そんなことはもう卒業しないと…」と諭す中の下ぐらいのサイズなのはきっと『人情』で…

 色んな心に住む住人が好き放題に自分の意見を高々に掲げる。時に住人は喧嘩したり、話し合ったりして意見を融合していく。


「ぼくは…」


 徐々に意見はまとまり、最後には意見が統率された。統率した、つまり意見を貫き通した住人は驚くべきことに住人たちの中で一番小さくか弱く見える。しかし手に何かを所持していた。


「僕は不思議な力を…」


 口が半自動的に動く。脳で統率された意見は神経回路を駆け抜け、口の筋肉を動かした。


 統率者は所持していたものを大きく掲げた。


「お前の言うことを信じたい」


 高々と掲げられたものは武器、『本当』という名の武器だった。


「信じてみたい」


 統率者の名は『願望』。小さくか弱い、ただ本当なだけの感情である。




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