嘘つき
「これでいいのか?夢宮鏡華」
感情の変化が感じづらい抑揚のない声が空気を伝う。
<卯月一実>の様子は数分前とは人が変わったかと思うほどに悪くなっていた。
まるで役者が演技を終えスイッチを切り替えたみたいに。まるでテレビのチャンネルをバラエティからニュース番組に変えたみたいに。まるで第二の人格が現れて第一の人格と突然入れ替わったみたいに。
それほど<卯月一実>の変化は劇的だった。
「ええ、そうよ。それにしても…ずいぶんと変わったわね」
だが、その劇的な変化に夢宮は眉一つ動かさず、ただ変化した僕を一瞥するだけ。
そのあたかも知っていたかのような態度に僕は多少の不快感を覚える。
いつも通りならば貼り付けた笑顔で愛想笑いなりなんなりして上手く誤魔化すのだろうが、残念なことに今はそれさえする気分ではなかった。不快な気分を隠さず、むしろそれを示すかのように夢宮を軽く睨みつける。
「驚かないんだな。お前は」
「いえ、少し驚いているわ。そこまでとは思っていなかったから」
淡々と冷たく感想をつぶやく。先ほどまでは見れていた表情の変化が今では嘘のようになくなっているように感じた。
『そこまでとは』ということは、僕が猫を被っていたということに少なからず気づいていたということだろう。
「どうして気付いた?お前の前では大したボロは出してないはずだけど」
それも吉田達みたいに長時間行動を共にしているわけでもない。何なら会話をしたのが今日初めてだ。気付かれる要素が思い浮かばない。
「私、嘘と嘘つきが嫌いなのよね。だから…ただの勘よ」
今、遠回しに俺&僕のことが嫌いって言われた気がしたがそれは置いといて…それだけで当てられるものなのだろうか。
吉田達の前では、去年と属するグループの雰囲気が違うせいか、ボロを出すことが多く、松本以外には気付かれかけているぽかったが。
達観した目の奥に隠している何かを探そうと僕は夢宮をまっすぐに見つめながら質問を続行する。
「さっきの『あれ』はなんだ?」
「『あれ』?なんのことかしら?」
「とぼけるな。俺が声を出せなかったときお前は何か知っているような口ぶりだった…『あれ』はなんだ、催眠術かなにかか?」
迫力もない声音で夢宮にすごむ。それに対して夢宮は口元で「催眠術…」と小さく復唱した後、相槌を打つ。
「そうね。そういう解釈で構わないわ」
「はっきりしないな。誤魔化すのは嫌いじゃなかったのか?」
「誤魔化すのが嫌いなんじゃない。嘘と嘘つきが大嫌いなのよ。それにたとえ嘘だとしても本当のことをあなたにしゃべる義務が私にはある?」
「ないだろうな。でもそれを聞くのは私は嘘をついていますって言っているようなもんだ」
「嘘はついていないわ。私は『そういう解釈で構わない』と言ったのよ。『私が行ったのは催眠術です』と断言した覚えはないわ」
さっきとは打って変わって速いテンポの会話が続く。どちらもよく口が回るためか、ちょっとした口論になっていた。
本屋の店員や客が少々煩わしそうにこちらを見ている。だが、二人とも口論に夢中で気づいていない。
「催眠術じゃないなら『あれ』は何だ?マジックか?心理トリックか?それとも超能力か?」
久しぶりに素に近い状態で話しているせいか、僕もジョークが下手になっているようだと心の中で自嘲する。超能力なんてそんなバカげた都市伝説あるはずもないのに。
この世に神なんているはずもなくて超能力も霊的存在も黒魔術もこの世界には存在しないってこの十七年間で身をもって体験してきたはずなのに。そんなものはとっくの昔に見切りをつけてあの場所に置いてきたはずなのに。
まだそんなものに縋り付いている自分が心のどこかに潜んでいると思うと反吐が出た。
そんな僕の心情も知らずにスラスラ口から飛び出した言葉は音の法則に従って夢宮の耳へと一言一句違わず届く。
夢宮の眉が少しだけ動いた。
「…あなたに話す義務や理由、必要性も感じないわ」
会話のテンポが乱れた。トントン拍子に進んでいた口論がゆっくりとした重い口調によって動きを止める。
夢宮の明らかな様子の変化を怪訝に思うが一度開いた口はそう簡単には閉じない。
「話す義務はなくとも理由と必要性ならある」
「それは何?」
「俺は『あれ』の被害者だ。だから『あれ』が何であろうが知る権利が僕にはある」
「…」
夢宮は何も言い返してこず無言で俯き、唇を噛む。
何か失言を放っただろうかとしてきた会話を思い出すが失言らしい失言は思い当たらない。
ここでいつも通りの俺なら気の利いた言葉や話題の転換を探すのだろうが。生憎、今の僕はそんな言葉を探す気は微塵もわかず、ただ何も言わずに夢宮の次の言葉を待つだけだった。
数秒の沈黙の後、俯いていた顔をゆっくりと上げ、表情を照らす光を遮っていた影を振り払い、口をゆっくりと重々しく開いた。
「仮に…」
そこで一度飛び出しかけていた言葉を抑える。
そして一瞬の躊躇いの後、意を決したように言葉を放った。
「仮に『あれ』が本当に不思議な力だと言ったら…あなたは信じてくれる?」
投げかけた言葉は湿った空気を道に耳のトンネルを通り抜け僕の中で木霊した。
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