失敗
「…こ、こんにちは。夢宮さん」
突然の時の人の襲来で当然のように戸惑ったがそれも数秒前のこと。
俺はさわやかイケメンこと山下の必殺技「さわやかスマイル」を意識しながら自然に?挨拶をした。
「こ、こんにちは。たしか同じクラスの…」
どうやら苦笑されたようだ。やはり「さわやかスマイル」はイケメンにしか許されない禁忌の技だったというのか…
ともあれ名前はともかく顔は覚えてもらっているようだ。<氷の女王>と呼ばれるくらいだから俗世に興味がないタイプの方だと思っていたが案外そうでもないらしい。
「二年三組の
俺はとりあえず夢宮さんに無視されなかったことに心の中で安堵しながら軽く自己紹介をする。
吉田からの依頼を受ける前の俺だったらここらへんでお暇するのだろうが依頼を完遂するためには夢宮さんとは最低限コンタクトは取れるようにしておくべきだ。
「ここの本屋にはよく来るの?」
すかさず話題を提供する。
最初からぐいぐい行って許されるのはイケメンだけ。俺はその事実を生きてきた17年間で嫌なほど知った。かといって何も話さずに無言のままなのは一番ダメ。ということで俺がやったことはただのさわやかイケメンの真似事。しないよりはましだ。
「…暇なときに来るわ。ここなら繁華街から遠くて見つかる心配もないから」
「見つかるって…夕暮たちのこと?」
夢宮さんは黙ってうなずく。
相当嫌がられてるな夕暮。この様子じゃあ夕暮に協力してもらう作戦もやめておいた方がいいのかもしれない。
「そんなに悪い奴じゃないんだけどな」
これは打算とかなしに本心からの漏れ出た言葉だ。実際誰とでも仲良くして見せるあいつを俺は尊敬している。
「知ってるわ・・・だから、やりづらいのよ」
俺の意見を肯定する言葉に少しばかり驚き、同時に後ろについていた独り言のような言葉に違和感を覚えた。
「やりづらい?」
違和感を覚えた言葉を復唱すると夢宮さんはすぐさま(変化が少ないのでわかりにくいが多分)ハッとしたような表情を作る。
「失言だったわ。忘れて」
「あ、はい。わかりました」
俺はその謎の圧に押されて思わず敬語になってしまう。
夢宮さんは先ほどの失言をごまかすように話題を次へと移らせる。
「あなたもここの本屋には来るの?」
「いや…普段はデパートの中にある本屋で、今日はただ雨宿りに来ただけ」
「雨?雨なんか降ってたかしら?」
「さっき降り始めたんだよ。ゲリラ豪雨ぽかったからすぐ止めばいいんだけど…」
「…そう。外では雨が降っているのね」
今の夢宮さんの様子は憂鬱という言葉はあまり当てはまらないような気がした。どちらかというと寂しげや悲しいという感じ。
「雨、嫌いなの?」
「…そうね。嫌い、なのかもしれないわ。少なくとも好きではないわね」
珍しく(俺が見た限りでは)いつもはっきりとした態度の夢宮さんが曖昧な返事をした。
俺はその曖昧な返事の理由がなんとなく気になった。
「どうして雨は好きじゃないの?」
「どうしてって言われたら少し困るけど…しいて言うなら匂い、かしら」
『俺と一緒だ』その言葉が喉から出かかってやめた。理由は夢宮さんのどことなく寂しげな表情を見ていると軽々しくそんな言葉を吐いたらいけないと直感的に思ったからだ。
俺は出かかっていた言葉を寸前で飲み込んで「梅雨はじめじめして嫌だよね」と適当に話を合わせた。
数秒の沈黙。それを破った夢宮さんの声は重く、鐘のように響いた。
「・・・ねえ」
何がいけなかったのか、何が悪くて何がよかったのか、今となってはもうどうでもよかった。ただ一つとしてわかることはこの安直で適当な言動が今から始まる事件の引き金となったということ。
そして後となってわかること。俺は…
「そのふざけた話し方、やめてもらっていいかしら」
<卯月一実>は失敗したということだ。
強い口調でぶつけられた言葉に思わず耳を疑った。
冷房が効いているはずなのに嫌な汗が顔の輪郭をたどっていくのがわかる。顔もこわばり表情は動揺したまま固まっていることだろう。
目の前では夢宮さんが大きな目を鋭くして俺と正面から向き合っている。
何か、何か言わなければならない。
湧き出る焦燥感に押されながら俺はほぼ無意識のうちに弁解の言葉を口に…
「 」
できなかった。
・・・は?
まるで世界から音が消えたように俺の弁解は聞こえなかった。自分では確かに喉を震わせ目の前の相手に向かっていつも通り音を届けたつもりだった。だが、それは他人から見たら口パクをしているようにしか見えないだろう。
もう一度さっきと同じいつも通りの話し方で夢宮さんに話しかけようとする。
「 」
声が…いや、音がでない。声から音が消えて形にならない。俺の口から出てくるのはただの無音。
「聞こえなかったかしら…」
ついに耳がイかれたかと思ったがそれも違うようだ。夢宮さんの冷徹な氷のような声ははっきりと聞こえる。
「そのふざけた話し方をやめなさいと言ったのよ」
夢宮さんのさっきと変わらない言い回しに違和感を感じる。
それは沈黙を保たんとしている俺に投げかける言葉ではなく、俺が口から発しようとしていたいつも通りの話し方に対して投げている言い回しのように感じられた。
それはまるで今、俺の声が形とならないのを知っているような言い回しだった。
「…どういう、いみ、だ…?」
あれ?声が出てる…?
その違和感の原因を解決しようと口から溢れ出た無意識の言葉が形となる。
突然、声が出たり、出なくなったり、俺の声帯はぶっ壊れてしまったのだろうか。
「そのままの意味よ」
いや、違う。
俺の頭の中で導き出された一つの安直な仮説は目の前にいる少女の意味ありげな言動によって否定される。
「 …っ」
問い詰めようするとまた声は音とならず消えてしまう。そのことに途中で気づき舌打ち交じりに中断する。
眼前では夢宮さんがこちらを見透かしたような大きな目で睨む。次に俺がとる行動なんてもう把握している、そんな感じの顔だ。
その見透かしているような感じが誰かを思い出してなんだか癇に障った。
俺は一度大きく呼吸して吐いた。短く深呼吸して体を脱力させる。
力みっぱなしだった肩が脱力したことによりなで肩になり、釘づけていた豊かな表情筋が剥がれ落ちたように消え去って無味乾燥な明るさのかけらも見られないものへと落ちる。生き生きと光っているように見えた目は死んだ魚みたいに輝きをなくし、心なしかまとう雰囲気もLEDから白熱電球程度には暗くなった気がした。
「これで…」
発することができた声は抑揚がなく淡々としていて別人のように変化していた。
自分の口から聞こえる声が耳に入ってきて、若干の嫌気と吐き気を感じながらも俺はそのまま言葉を紡いだ。
「これでいいのか?夢宮鏡華」
俺はいつも通りの仮面を脱ぎ捨て、久しく「素」に近い自分を他人の前に曝け出した。
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